第4章・裏 重なることのない気持ち
なんでまた、あの女が選ばれるの?
ギルベアトにハンカチを渡せなかったイヴォンヌは、寮の自室へ帰ってくるなりクッションを壁へ投げつけた。壁にかけられていた絵画にボスンっと当たると絵が揺れた。
イヴォンヌはミュリエル・ラインハルトという人間が嫌いだ。
いつから嫌いになったのかは思い出せない。でも、幼かった頃は負の感情を抱いていなかったと思う。他の親戚と同様に、ただの従姉妹という風にしか思っていなかった。
同い年の従姉妹ということで何かと比べられがちだったイヴォンヌは、徐々にミュリエルの凡庸さに気付いていった。
容姿も勉強も芸事も、イヴォンヌがミュリエルに負けたことは無かったし、ましてや劣るところなど何1つない。
母と父はイヴォンヌがミュリエルより出来が良いと、それは嬉しそうに褒めてくれたものだ。
わたくしはミュリエルより勝る、優れた女性。
それなのに……。
周りにいる人は皆、ミュリエルに集まる。
ミュリエルは常に人に囲まれていた。
同年齢の子は仕方がない。だって出来のいい人間といると、どうしても劣等感を感じてしまうから。
けれど年下から頼られるのはなぜ?
より優れた人を頼った方がいいに決まっているのに。きっと馬鹿なんだわ。
それなら年上から可愛がられるのはどうして?
イヴォンヌには「すごいね」と言って褒めるだけで終わり、結局ミュリエルの方へ行ってしまう。
王女のご機嫌取りをして、王へ取り成して貰おうって魂胆ね、きっと。
馬鹿ばっかり。
それならこちらからみんなに合わせてあげましょうと、譲歩したことなら幾度もある。
最近だったらチーム別対抗競技会。ミュリエルがクッキーの差し入れをしていたので、イヴォンヌは新品の武器をチームメイトの為にそろえてやったのだ。
ど素人が作ったクッキーなんかよりも余程喜ばれるだろう。そう思って父に頼み、用意させたのに。
意気揚々と武器をチームメイトの元へと持っていったイヴォンヌは、微妙な空気に包まれた。大喜びされるどころか困惑顔をされ、受け取ってくれない。あそこでギルベアトが来てくれなかったら、危うく恥をかくところだった。
ミュリエルよりも上等なものをプレゼントしてもいつもこう。結局イヴォンヌのところへ残るのは、いい物をくれると味を占めた人だけ。
ミュリエル、ミュリエルって、王女というだけでみんな寄ってたかってあの女のところへ行く。
だから母からシュヴァイニッツ先生がミュリエルの婚約者だと聞いた時、ありえないと思った。なんでミュリエルなんかと?
理由を聞いて納得した。イヴォンヌがまだ生まれて間もない頃、この大陸を竜が襲ったらしい。その時竜を倒した英雄ヘンドリクが、褒美として息子の婚約者として王女を欲したと。
イヴォンヌが生まれてすぐの話ならミュリエルもまた、まだ赤ちゃんの時だ。将来どんな女性に成長するかなんて、まだ分からない。分かっていたら、間違ってもミュリエルを大切な跡取り息子にだなんて申し出なかったはず。
ミュリエルは王女という肩書きだけで、シュヴァイニッツ家の次期当主の花嫁の座を得ようとしているのだ。
それに対してイヴォンヌは、まだ誰かと婚約を交わしている訳では無いものの、一番有力だと両親から言われているのがラース伯爵の息子。
一度だけパーティーで会ったことがあるが、冴えない男だった。
ギルベアトとさほど変わらない年齢なのに、あの違いはなんなのか。オジサンくさいし、話す時ニヤついた顔で見てくるのが気持ち悪いしで、名家ではあってもあんな男、生理的に無理。
冴えない王女と婚約させられているギルベアト。そして、冴えない男と婚約させられそうになっているイヴォンヌ。
不幸なこと、この上ない。
地位も名誉もあり、かつ有能なギルベアトなら、イヴォンヌを分かってくれる。
そしてギルベアトもまた、彼自信を理解できる優秀な女性が必要なはず。
ミュリエルなんかと結婚するより余程いいって、気付かせてあげなくちゃ。
ギルベアトはアースティン教諭と仲が良さそうだが、貴族の出ではないし、あんな胸が大きいだけのオバさんなど敵ではない。
どうやってミュリエルを引き剥がそうかと考えていると、レイナードの動きに気が付いた。
ミュリエルを狙っている?
だったら好都合とレイナードに近づくと、やはり彼もミュリエルが王女だからと近づいてきた中の一人だった。
レイナードは現在、二人の兄と王太子の座を掛けて競い合っている。兄二人に勝つために、レイナードはミュリエル王女の在籍するこの学院に留学してきたのだ。
この国ユガールの周りには、いくつもの小さな国が存在する。
レイナードの故国ネミラスもそのうちの一つに過ぎない。
ネミラスは豊かな港にいくつも恵まれた土地なので、ユガールとしては是非ものにしたいのだが、周りの小国同士で手を組んでいる為に、いくら大国といえども迂闊に戦は仕掛けられない。
だからと言ってネミラスが安心などしていられるはずもなく、いつ襲われるか分からない恐怖があるのだろう。
ユガールの王女を人質として欲しい、というわけだ。
ユガール側にももちろん利益はあるわけで、海の向こう側の国々との交易品を多く取り扱うネミラスとのコネクションを、痛手なしにより強固なものにできる。
そんな国益のかかっている、ユガール唯一の王女ミュリエルをレイナードが連れて帰ってきたら……。
レイナードは間違いなく、王太子の座に大きく近づくだろう。
レイナードとイヴォンヌの利害が一致した。
イヴォンヌはミュリエルの中のレイナードの好感度を上げるように立ち振る舞い、レイナードがミュリエルを落としやすくなるようにしてあげたというのに、あの王子は、あと一歩のところでしくじったのだ。
ミュリエルと政策案を出す課題のことで揉めたらしいけど、そんなの好きなようにやらせて、結婚してから黙らせてしまえばいいのに。
ガリっと爪を噛んだイヴォンヌは、「そーうだっ」と手のひらを叩いた。
「いいこと考えたわ」
ギルベアトがミュリエルに失望してしまう、いいシナリオが頭に浮かんだイヴォンヌは、早速男子寮へと向かったのだった。




