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第4章・裏 重なる気持ち①


 ミュリエルへの気持ちをはっきりと認識できたギルベアトは、なんとかして接触を図ろうと図書館へと向かった。

 彼女に会ったらどう声をかけるかなんて、考えていない。いちいち考えているから遅れてしまうのだ。時には欲求のままに動いてみるべし。

 気合を入れて図書館の中を一通り探してみるも、ミュリエルの姿は見当たらない。

 寮へ行ってわざわざ呼び出したりしたら、きっとミュリエルは迷惑がるだろう。先生に呼び出しを喰らうなんて、ラインハルト様は一体何をしたのか? などと、周りから変な詮索をせれてしまうことはギルベアトも望んでいない。ここが教師と生徒という間柄の難しいところだ。

 仕方なく準備室の方へと戻ると、ヨハンの他に女性の声が聞こえてくる。

 ギルベアト目当てで女生徒が押しかけてくることもあるので、ヨハンには追い返すように言ってあるのだが、一体誰だ?

 部屋の中へと入ると、ギルベアトが探していたミュリエルの姿がそこにあった。


「ラインハルト?」


 ヨハンの前でミュリエルが泣いている。「あ、先生」などと呑気に言っているコイツは、ミュリエルに何をしたんだ?

 まさかきつい言葉で追い返そうとしたんじゃないだろうな、とヨハンを睨みつけると、ミュリエルが「違うんです」と否定した。

 ミュリエルの手元を見ると、ギルベアトがいつか貸したハンカチが握られていた。

 これを返しにきてくれたのか?

 なんで泣いているのかは分からないが、とにかくミュリエルの心を落ち着かせることが先決だ。

 気を利かせたヨハンが部屋から出ていくと、ギルベアトは砂糖たっぷりのミルクティーを入れる。

 昔ミュリエルがミルクティーに、引くくらいの砂糖を入れていたのを思い出したから。虫歯になるからいけませんと、乳母によく叱られていた。

 今は嗜好が変わってしまったかもしれないが、とミュリエルの方を盗み見ると、少しずつ口に含んで飲んでいる。

 

 さっきの涙の意味を本当は聞きたい。

 でも、ギルベアトはあまり話術に優れていない。

 不快感を覚えさせずに、話を引き出す自信を持てないギルベアトができることと言ったら、待つことくらいだ。話したくなければ、そのまま帰ってもいいし。

 そうしてしばらくストレートティーを飲んでいると、ミュリエルが口を開いた。


 「……私、シュヴァイニッツ先生に御礼と、それから謝りにきたんです」


 香水を気に入ったというミュリエル。やはり、捨ててしまわずに贈ってよかった。こうしてわざわざ御礼を言いに来てくれるほど気に入る香水を作ってくれたルテには、後でもっと礼をするべきかもしれない。

 さらにミュリエルは、あの日イヴォンヌを一緒にいたギルベアトを見て勘違いしてしまったことを謝ってきた。誤解が解けてよかったと胸を撫で下ろすギルベアトは、ミュリエルがもう一つとんでもない誤解をしていることに気がついた。


「先生とアースティン先生とが学院近くの街で買い物をしているところを見てしまったことがあって。今回もまた別の女性と、だなんて早とちりを」


 あいつのせいか!!!!


 つい数時間前、ギルベアトに説教を垂れていたアースティンが、ミュリエルの不機嫌の原因だったのかと合点がいった。

 確かに自分の婚約者が他の女性と買い物に出かけたり、親しげに話していたら気を悪くする。しかも気心の知れた男同士なので、小突いたり、肩に腕を回されたり、色々としていたかもしれない。そう考えると、ミュリエルが怒るのも無理はない話だ。

 ミュリエルにだけは、きちんとアースティンの真実を話しておけばよかったと悔やまれるが、元はと言えばあいつが悪い。紛らわしいしややこしい。しかも、ミュリエルには絶対に必要ない豊胸薬で手を打とうとしているし。

 アースティンを部屋から出して片付けたところで、ミュリエルが可愛いことを言い出した。


「私みたいなガキ、先生は相手にしてくれないんだって拗ねてしまったのが」


 これほどの魅力を兼ね備えておきながら、なんでまた? とギルベアトには不思議でならないが、人の心は分からないもの。「私を誘ってくれたら良かったのに」と言ってさらに可愛いを上塗りしていくミュリエルを、まともに見れなくなってきた。


 このまま悶絶している場合ではない。これはチャンスじゃないか!


「ラインハルトさえ良ければ、今度俺に服を見立ててくれないか」


 そう聞いたギルベアトにミュリエルは二つ返事で了承してくれた。

 こんなにも簡単な事だったのかと、今更ながら思う。

 やはり、ここまで話がこじれた原因は、アースティンのせいばかりとは言えないようだ。

  

 そうしてミュリエルと二人で出掛ける日がやってきた。

 ずっと他人行儀に「シュヴァイニッツ先生」と呼ばれていたことが気になっていたギルベアトが名前で呼んで欲しいと頼むと、ミュリエルはほんのりと頬を染めながら昔のように「ギル様」と読んでくれた。

 あの頃はなんとも思わなかったのに、今はこうして呼ばれるだけで体温が上がったような感じを覚える。

 ミュリエルにも頼まれて「ミュリエル王女」

と呼ぶと、すかさず「王女」はとって欲しいと言われた。

 ただ王女の部分をとって言うだけなのに、なんでこんなにむず痒いんだ。


 そうこうしている内に服屋に到着して、ギルベアトの服選びが始まった。

 流石はキラキラ現役女学生。アースティンとはまた違った視点でギルベアトの服を選んでくれる。何よりありがたいのは、ファッションセンスのないギルベアトでも楽に服選びができるよう、着回ししやすいアイテムをチョイスしてきてくれる点だ。ミュリエルは本当に気が利く。

 一通り服を選んでもらったギルベアトだったが、なにか物足りない。

 ありとあらゆるシーンに対応出来るよう、それなりの量の服や小物を選んでもらったはずなんだが……。

 自分の着ている正装を見て思い付いた。

 そうだ、ミュリエルのドレス姿を見たい!

 学校では制服だし、パーティードレスを着ているところは見たことがない。

 早速ミュリエルのドレスも選ぼうと提案すると、「楽しくないから」と断ってきた。


「私髪の毛の色が派手なので」 

「ミュリエルの髪は元気の出る色でいいよね。好きだよ」


 ただのオレンジ色というよりは、オレンジと赤の中間、ブラッドオレンジのような色。ただ黒いだけの髪色をしたギルベアトは、カラフルなミュリエルの髪色が好きだ。

 思ったままを口にすると、途端にミュリエルが真っ赤になった。


 え? え??


 ミュリエルほどの美人なら、てっきり褒められ慣れているのかと思っていた。イヴォンヌを褒めても、「ありがとうございます」とか「嬉しいです」と言うだけで、こんな反応をされたことはない。

 思わぬミュリエルの表情に、思わず赤面してしまう。

 

 なんでこんなに可愛いんだ!!

 

 こんなことなら惜しむことなく、本音を口にしてしまえばいいのだと悟ったギルベアトは、ミュリエルが着替える度に褒めた。もちろんお世辞抜きで。

 照れながらも嬉しそうに着替えてきてくれるミュリエルは、さながら妖精のようだったが、最後に着たドレスだけはいただけなかった。

 黒いドレスは色味が抑えられている分、ミュリエルの元々持つ魅力を最大限に引き出し、さらに黒いレースから覗く滑らかな素肌が、男の想像力を掻き立ててしまうこと請け合いだ。

 このドレスに合わせてヘアメイクやアクセサリー、靴まで揃えたら……。考えただけで恐ろしい。

 ミュリエルの衝撃的な姿を前に、ギルベアトの悪い癖が出た。

 

「そのドレスは絶対にダメだ」

「え……そんなに変ですか?」

「変とかそういう問題じゃない。そんな格好で卒業パーティーに出るなんて言語道断」


 若い男なら尚更、ミュリエルに魅了されてしまうに違いない。

 しかも卒業パーティーのエスコート役はセイデンときた。絶対にそのドレスを着るのは阻止せねば。

 ギルベアトの考えなど知る由もないミュリエルは、結局最初に着た赤いドレスに決めた。

 ミュリエルが採寸や細かい装飾の相談をしている時、ギルベアトの元へ店員がやってきた。


「ラインハルト様が最後に着たドレスの事で、シュヴァイニッツ様にお伝えしたいことがあるのですが」

「どうした?」

「シュヴァイニッツ様の反応を見て、ラインハルト様は大変気落ちしてらっしゃるようでした。似合わなかったのだと」

「似合わない? そんなことないだろう。よく似合いすぎて怖いくらいなのに」


 困ったように笑った店員は首を軽く振った。

  

「先程の言い方ですと、シュヴァイニッツ様の意図はラインハルト様に上手く伝わっていないかと思います」

「――!」

「余計なお節介かとは存じますが、後でフォローを入れておいた方が宜しいかと」

「……ありがとう、そうするよ」


 店員が機転を利かせてくれなかったら、ギルベアトはまた大きなミスを犯すところだった。

 帰りの馬車でギルベアトが黒いドレスのことを話すと、やはりミュリエルは勘違いしていた。


「ギル様に直接拒絶されるのが怖くて、逃げてばかりで」

「俺が君を拒絶するなんて、そんなことあるわけないよ」


 出会ってから今まで、ミュリエルを拒絶したことなどあっただろうか?

 なぜそんなにも自信なさげにするのか。その訳をミュリエルは「……私、まだ引きずっているんです」と言って切り出した。

 ギルベアトの成人祝いをしに、家へ遊びに来てくれた日のことを。

 正直に言えばギルベアトは、ミュリエルが話した内容をさほど覚えていない。気に留める必要も無いほど、あまりにありふれた会話だったから。

 まだ二十代にもなっていない男同士の雑談などその程度。当時のギルベアトはミュリエルが、まさかこんな大人の女性に変貌を遂げるとは思いもしなかったのだ。

 ミュリエルを女性として見ることが出来るのかその時は甚だ疑問であったし、妹感覚で接してきた。

 まさかミュリエル本人が聞いているとは思わず、軽い気持ちで受け答えしたギルベアトの言葉に傷付いていたなんて。


 ギルベアトがミュリエルを未だに妹感覚で見ているとしたら、こんなに胸がはち切れそうなほど、激しく鼓動を打たないだろう。

 少し触れ合ったそばから、もっと強く抱き締めたいなんて思わないはずだ。


 ミュリエルが何かを言いかけたところで、タイミング悪く馬車が目的地に着いてしまった。


「ミュリエル、俺は君との婚約を解消したくない。卒業したら一緒に父の領地に来て欲しい。結婚してくれないか」


 考えすぎたり、言葉足らずだったり。

 ギルベアトはいつもミュリエルに、上手く気持ちを伝えられない。

 だからストレートに自分の気持ちと、ミュリエルにして欲しいことを伝えた。すれ違いなど起きないように。


 実は同じことを言おうとしていたと言ったミュリエルは、セイデンとの仲も終わったと説明してくれた。真面目なミュリエルのことだから、きっと苦しんだことだろう。

 とはいえこれで、やっと堂々とミュリエルの婚約者を名乗れる。こうなったら教師という立場なんてどうでもいい。ギルベアトは教師である前に、ミュリエルの婚約者なのだから。

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