第4章 重なる気持ち③
ギルベアトと外出する日を迎え、ミュリエルは朝からずっと落ち着かない。
正確にいうと朝からではなく、ずっとだ。昨晩は何を着ていこうかクローゼットの前で散々悩み、今朝もこれで本当にいいのかと再び悩んでしまった。
やはりギルベアトには大人の女性として見られたくて、コテコテの装飾が施された服はやめて、上品なデザインの服を選んだ。
髪の毛もきちんとセットして、メイクに変な所はないかもう一度チェック。最後にギルベアトからプレゼントされた香水を吹きかけて寮を出た。
「シュヴァイニッツ先生、ごきげんよう」
約束の時間より少し早めに寮を出たつもりだったが、ギルベアトの方が先に来て待っていた。
確かにギルベアトは手持ちの服が少ないようで、学院にいる時と同じ服装をしている。
正直、もったいない。
スタイルもいいし、何を着てもきっと似合うのに、ワンパターンなんて宝の持ち腐れ。
俄然、やる気が出てきた。ミュリエルは心の内側で、静かに闘志を燃やす。
「待たせてしまったでしょうか」
「いいや、俺も今来たところだよ。行こうか」
馬車に乗ると、2人だけの空間になってしまった。
カタカタと車輪の回る音だけが車内に広がる。
「…………」
「…………」
どうしよう。
こんなに緊張する無言の空間は初めてだわ。
心臓の音がやけにうるさい。
向かい合って座っているせいで、目線もどこへやったらいいのか。
視線を彷徨わせると、不意にギルベアトと目が合ってしまった。恥ずかしいからと言って、さすがにここで目を逸らすのは頂けない。
「あのっ……シュヴァイニッツ先生はどのような服がお好みですか。好きなお色とかあれば参考に、教えて欲しいのですが」
「名前で……」
「はい?」
「昔のように名前で呼んでくれないか? ここは学院の中ではないし、プライベートな時間だから」
「な、名前……ですか」
今ここで呼び直すの?改まると余計に緊張する。
「ギ……ギル様」
「うん」
嬉しそうに返事をしてきた。それならとミュリエルもギルベアトに提案する。
「ギル様も私を名前で呼んで下さい」
「いいよ、ミュリエル王女」
「王女は付けないでください。外で身分が知られると面倒ですので」
「え……」
ギルベアトが途端に焦った顔になった。仕返しした気分。早く呼んで下さい、と見つめると、ギルベアトが気恥しそうに言った。
「ミュリエル」
「はい」
意味もなく名前を呼びあって、何だか可笑しくなってくる。どちらからともなく「ぷっ」と吹き出して、笑いが漏れ出てきた。
「俺の好みの服か……。正直、それすらもよく分からないんだ。服装とか無頓着過ぎて」
「それではお店に着いたら、一緒にギル様のお好きなものが何なのか探しましょう」
「一緒に探すか。いい響きだね」
「ですから沢山、試着して頂きますよ」
人が着る洋服選びが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
服屋に着いてからミュリエルは、店員と一緒になって次々とギルベアトに服を試してもらう。
「こちらの光沢のあるグレーの生地なんて如何でしょうか」
「そうね。でももう少し明るいグレーはないかしら」
「それならこちらに御座いますよ」
仕事着の他にも、外出着やパーティー用の服等など。小物も含めてどれも真剣になって選んでいると、試着を終えたギルベアトが試着室から出てきた。
「どうかな」
本当に、何を着せても似合ってしまうので、選択肢が多くて困ってしまう。
外出用の少しラフな服でもだらしなくならず、格好良く決まってしまうし、ましてやこんな正装用の服だと尚更に。
「凄くよく似合っています。こういう小物を付けるともっと素敵になりますよ」
「お客様はどの服も良くお似合いになるので、思わず色々と着せてしまいたくなりますね」
「ええ、本当に」
店員とギルベアトを褒め合っていると、当の本人は「うーん」と考え込んでいる。
疲れてしまったのかしら?
もう十着近く試着してもらっている。
「お疲れになりましたよね? 私ばかりはしゃいでしまって」
「いいや、楽しいよ。ただミュリエルも、一緒に服を買ったらどうかと思って。もうすぐ卒業パーティーがあるだろ? その時に着るドレスを買うといい」
「いいお考えですね! 女性用の服もすぐに御案内致しますよ」
店員が嬉々として案内してくれようとするが、ミュリエルは首を振った。
「わ、私は結構です。選べる服の種類もそんなに多くないので、楽しくないですよ」
「なんで?」
「ほら、私髪の毛の色が派手なので」
ミュリエルのオレンジ色の髪は、着る服の色を選ぶ。大抵白か、瞳の色に合わせたグリーン。あとはゴールドやシルバーくらい。
「ミュリエルの髪は元気の出る色でいいよね。好きだよ」
「え……」
好きと言われて、思わず赤面してしまった。
髪の色よ! 髪の色だから!!
言った当の本人も、ミュリエルの反応を見て顔を赤く染めている。
「うふふ、これではお客様も断れませんね。婦人服の方も御案内致しますね」
「ああ、よろしく頼む」
店員がドレス売り場に案内してくれた。色とりどりの見本が置かれ、目に鮮やかな色彩が飛び込んでくる。
それでもミュリエルの目が行くのはやはり、お決まりの白やグリーンの方だ。
白地に草花の刺繍のされたドレスを見ようとすると、ギルベアトが店員と相談し始めた。
「髪の色に合わせて赤や黄色はどうだろう」
「ええ、同じ系統の色を合わせるのも宜しいかと思います」
「あ、赤や黄色ですか? 少し派手では……」
ミュリエルが絶対に選ばない選択肢だ。
ただでさえ髪の色が目立つのに、更に色を盛ったらやり過ぎ感が出てしまう。
「そうかな? 着てみるだけ着てごらん。さっきミュリエルが俺に言っていただろう。ただの試着なのだから、臆せず何でも着てみたらいいって」
色んな系統の服を選んでくるミュリエルにギルベアトが戸惑っていたので、先程彼に言った台詞だ。それを言われてしまうと何も言い返せない。
「そうですね。そしたらこちらのドレスを……」
「これなんてどうかな。ミュリエルによく合いそうだよ」
「そ、それですか?!」
ミュリエルが手に取ろうとしたのは赤の中でも茶色がかったボルドーだったが、ギルベアトはもっと鮮やかな赤を選んだ。
「いいから着てごらんよ。さあ」
ギルベアトは真っ赤なドレスを店員に渡した挙げ句、ミュリエルの背中を試着室の方へと押してくる。さっきまでファッションのことは分からないと言って着せられるがままだったのに、突然積極的だ。
仕方なくドレスに着替えたミュリエルは、試着室から出てギルベアトの前に立った。
「いかがですか。やっぱり少し、派手過ぎではないでしょうか」
「いいや、ミュリエルの魅力がより引きたっていいと思うよ。華やかで、思わず目線が惹き付けられてしまう」
「そ、そうですか?」
お世辞だと強く自分に言い聞かせないと、気がおかしくなっちゃいそう。
レイナードに褒められてもこんな気分にはならないのに。
「ええ、本当に良くお似合いですよ! 瞳の色に合わせてグリーン系のアクセサリーも良いですが、落ち着かせたいということでしたら、パールやダイヤモンドのような色味のない物を合わせると宜しいかと思います」
「確かに、それなら私にもチャレンジしやすそうです」
他にも着てごらんと言われて、今度はミュリエルが着せ替え人形になった。
普段着ないイエローやマーメイドラインのドレスなどを試していく。着替える度にギルベアトが褒めてくれるものだから、すっかり調子付いていたら、最後に着たドレスの反応にミュリエルは戸惑う。
「そのドレスは絶対にダメだ」
「え……そんなに変ですか?」
真っ黒なドレスはここ最近の流行り。これまでだと黒は不吉な色として嫌煙されてきたのだが、逆に新鮮だということで注目されている。
店員に、オレンジ髪がよく映えるから黒もいいかもしれないと言われて着てみたが、見た瞬間にギルベアトに眉根を寄せられてしまった。
「変とかそういう問題じゃない。そんな格好で卒業パーティーに出るなんて言語道断」
「そんなに……ですか。それでは着替えてきます」
ギルベアトの黒髪みたいで、黒いドレスもいいかもしれないと思ったのに。あまりにもキッパリと言われて肩を落としながら試着室へと戻ると、店員が「うふふ」と微笑んだ。
「お客様は余程愛されていらっしゃるのですね」
「え?」
「恐らく似合わないという意味で言ったのではなく、似合いすぎるから着て欲しくないと言ったんだと思いますよ。変な虫が寄ってきてしまいますからね」
さっきのはそんな意味だったの? 都合の良すぎる解釈では?
落ち込むミュリエルに気を利かせてくれたのだと察して頷き返すと、店員が背中の紐を解きながら更に続けた。
「男性から見ると黒いドレスは少し刺激が強いんですよ。妖艶に見えますからね。お客様が御召になったドレスで一番よくお似合いでしたから、間違いありません」
「そうだといいんですけど」
もし本当に店員の言う通りだったとしたら。そんな期待を心の隅ではしてしまう。
元の服に着替えてから改めてミュリエルが選んだのは、一番最初に着た赤いドレス。
いつも選ぶのとは真反対の色味ではあるが、フリルやレースの部分などは白いので、チャレンジしてみてもいいのではないかと思えた。
何よりギルベアトがすごく気に入ってくれていたし。
装飾部分やスカートの広がり具合など、細かい手直しをお願いし、さらにミュリエルの身体に合わせたものを作って貰う手筈となった。




