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第4章 重なる気持ち②


 このままでいいわけ無いわね……。


 今度の休日にギルベアトと買い物へ行く約束をしたミュリエルは、裁縫の先生の話を聞きながらも、レイナードとの関係について考えていた。

 今回の裁縫実習は、ハンカチに刺繍を施すというもの。


「卒業まで残りわずかとなりましたね。そこで今回は総まとめとして、ハンカチに刺繍をして貰おうと思います。皆さんなら説明しなくても、もうご存知でしょう? 刺繍をしたハンカチを男性に渡すというのは、特別な意味があるということを」


 貴方のそばに、私を常において欲しい。


 そんな願いを込めて女性は男性のために刺繍を施し、ハンカチをプレゼントする。

 いわば女性からの愛の告白。


 生徒たちが少し頬を赤らめながら頷く様子を見て、先生がにっこりと笑った。


「縫った後誰に渡すのかは皆さんの自由です。さあ、5年間の集大成ですよ! 心を込めて縫って下さいな」


 どんな絵柄にするか、まずはデザインを考えなければならない。

 生徒たちがそれぞれ花や鳥、イニシャルなどの絵を描く中、ミュリエルは紙にキノコの絵を描いていく。


『見ろ! アオユキタケだ!』


 そう言って喜ぶギルベアトの顔を思い出した。思わずクスリと笑ってしまう。

 ギルベアトの趣味はよく知らない。好きなものも知らない。だから、ミュリエルが唯一知っている彼の喜ぶものを刺繍する。


「やだっ、ミュリエル。何よそれ」


 デザイン画を描き終えたイヴォンヌが、ミュリエルのデザイン画を覗き込んで眉をひそめた。


「何って、アオユキタケよ」

「アオユキタケ? そんな青白いきのこの刺繍なんて悪趣味すぎでしょ。貰う人の気持ちも考えたら? セイデン様が可哀想よ」

「……」


 ハンカチに刺繍すると聞いた時真っ先に思い浮かんだのは、レイナードではなくギルベアトだった。

 もう自分を騙しきれない。

 

「そう言うわたくしは、シュヴァイニッツ先生にあげようと思っているのよ。先生の瞳の色に合わせて青い蝶にしてみたの」

 

 聞いてもいないのにイヴォンヌが誰にあげるのか言いながら、デザイン画を見せてきた。美しい蝶と花の絵、それから自分のイニシャルが描かれている。かなり細かく繊細な模様なので、デザイン画通りに仕上がれば、見事な刺繍になるだろう。

  

「ミュリエルは最後の最後で、この科目の順位を落とすのね。ま、わたくしには関係ないけど」


 イヴォンヌの言う通り、奇抜な絵柄を選んだりしたら評価を落としてしまうかもしれない。

 でもそんなこと、ミュリエルにはもうどうでもいい。

 ギルベアトはそんなちっぽけなことなど、きっと気にしない。もっとずっと広い視野で、物事を捉えてくれる人だから。

 

「ええそうよ。あなたには関係ないのだから、放っておいて。私、集中したいの」


 ミュリエルがキッパリと言い切ると、イヴォンヌは他の人には聞こえない大きさで舌打ちした。


 イヴォンヌと比べる必要なんてない。彼女がどんなに素晴らしい刺繍をしても、この気持ちが揺らぐことはない。大切なのはそこに気持ちを込めることだもの。



 ◇◆◇



「ミュリエルから話があるなんて、珍しいね」


 放課後、ミュリエルはレイナードを呼び止めた。教室には他に、誰もいない。

 ギルベアトと出掛ける前に、彼にはきちんと気持ちを伝えなければ。街中で異性といるギルベルトを目撃してミュリエルが傷付いたように、レイナードを傷付けてはいけないから。


「僕もちょうど、ミュリエルに話があったんだ」

「レイナード様もですか?」


 ミュリエルが話を切り出すより前に、レイナードに先を越されてしまった。「何でしょうか」と聞くしかなくなったミュリエルに、レイナードは優しく微笑みかけてくる。


「卒業まで残りあと僅か。もうすぐ僕は、国に帰らなきゃならない」


 嫌な予感がして、ドクドクと心臓がのたうつ感覚がする。


「ミュリエル、僕と一緒にネミラスへ来てくれないかい?」


 やっぱり……。

 胃袋がギュッと縮んで胸が苦しくなるけれど、避けては通れない道。レイナードの誘いに乗ってしまった自分が悪かったのだ。


「……レイナード様、ごめんなさい」

「ミュリエル?」

「私、あなたと一緒には行けません。散々振り回して、酷いことを言っているって分かっています。でももう、レイナード様との結婚は考えられないの」

「もしかして、シュヴァイニッツ先生とよりを戻す気? 僕が何も気づいてないなんて思った?」


 レイナードの表情に怒気が混じっている。怖くて仕方がないが、彼の怒りは全て受け止めなければ。


「先生は関係ありません。婚約は解消されてしまうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」


 ギルベアトとどうなるかは、ミュリエルにも分からない。いくら勘違いしていたからといって、これまでのことを全て水に流して、なんて都合がよすぎる。ましてや他の男性との結婚まで仄めかしたのだから。このままギルベアト側から婚約解消されても、文句は言えない。


「シュヴァイニッツ先生との婚約が解消されたら、私は笑い者になるでしょう。私の犯した間違いですから、どんな誹謗中傷も甘んじて受けるつもりです」

「じゃあなんで……!」

「レイナード様と一緒にいると、どうしても私は未来を思い描けなくなってしまうの」


 このままレイナードと結婚したら、ミュリエルの心はきっと死んでしまう。

 抜け殻みたいになって、ただレイナードの隣に座っているだけの木偶人形に。


「それってどういう意味? 僕に何か足りないというのなら言って欲しい。ミュリエルの為ならなんだってするよ」


 静かに首を振り返すと、レイナードはハッとした顔をした。

 

「まさか、君に法案提出をやめろって言ったこと、まだ根に持っているのかい?」 

「私とあなたとでは、価値観が違いすぎた。ただそれだけです。レイナード様に落ち度はありません」


 レイナードにとってはたいした理由ではないかもしれない。けれどミュリエルにとっては人生を大きく左右する問題。自分の価値観をねじ曲げて殺さなさなければならない。

 ギルベアトを好きになっていなくても、遅かれ早かれ、レイナードとは上手くいかなくなっていただろう。

 

「そんなの納得出来ない!」


 両肩を思いっきり掴まれて痛みが走った。


「ごめんなさい、本当に」


 謝ることしか出来ない。

 泣くのはズルいと分かっているから、ぐっと奥歯を噛み締める。


「……ミュリエルは僕を嫌いになったわけじゃないんだね?」

「そんなことは決してありません。ただ夫婦として共に過ごすことは、考えられないというだけです」

「そう……分かった」


 肩を掴んでいたレイナードの手の力が抜けた。


「僕は君を諦めないから」


 それだけ言い残すと、レイナードは教室を出て行った。


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