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第3章 離れる心②

 政策案を作るのってこんなに大変だったのね……。


 絶対に貴族会議へ提出してもらえるよう頑張ろう! と決意して取り掛かったのはいいものの、いざやってみるととんでもなく骨の折れる作業だった。

 こんなことがしたいと言うのは簡単だが、やるとなるとお金がかかる。その費用はどのくらいで、そのお金をどこから調達してどう回すのか。費用に対して効果はどうか。その政策実現のためにどれほどの人員を必要とするのか。考えなければならないことは山ほどある。


「ここ数年の予算と実績は……あったわ、これね」


 政策案を作成する5年生だけは、重要資料が保管されている図書館の書庫へ入ることが許されている。

 席へ戻り、国の予算と実際に何にいくら使われたかが記された資料を眺めていると、レイナードがひょこっと現れた。隣の席に座って筆記具を取り出している。


「ミュリエルは今日も勉強?」

「ええ。レイナード様も?」

「そう。たまにはミュリエルを見習って真面目にやらないとね。課題がたまってきちゃってるよ。ミュリエルはどの課題をやっているの?」


 そう言ってレイナードは、ミュリエルが取り組んでいる課題について色々と書き記した紙を手に取ると、すぐに顔色を変えた。


「これ……もしかして政策案を出すやつ?」

「私も出してみようかと思って」

「なんで?」

「なんでって……」

「必須の課題じゃないでしょ、これ」

「そうだけど……」


 必須ではないけど、出すのも自由。

 提出者のうち、ほぼ全員が男子学生だとしても、女学生が出してはいけないなんて規定はない。


「ミュリエルが頑張り屋で勉強熱心なのは知っているよ。そういう君を応援したいって思ってる。だけどこの課題は学問ではなく実践だ」

「そうよ。だから取り組んでいるの。将来を見据えて」


 ミュリエルだって遊びでやっているんじゃない。

 本当に実現させたいから、こうして案を練っているのだ。


「将来をって、こういうのは男の仕事だろう?」

「女は政治に口出しするなって言いたいの? 私も民のことを考えてはいけないの?」

「ミュリエル、よく考えて。君には君のやるべきことがあるって言っているんだ。民のことを考えるななんて言ってないよ。ただやり方が違うんじゃないかい?」

「私が間違っているってこと?」


 大きな声を出しすぎた。

 図書館にいた生徒たちの注目がこちらに集まる。


「ミュリエル……少し頭を冷やそう」


 レイナードがまるで、諭すように頭を撫でてくる。


「確かに間違っているなんて指摘をされたら誰だって頭にくるよ。だけど君みたいな聡明な人なら、少し冷静になって考えれば僕の言いたいことを理解できるはずだ」

「女主人としての役割を蔑ろにするつもりなんてないわ。ただ私は……」

「ほら、ミュリエルはやっぱりきちんと分かっているじゃないか。女性の重要な仕事は家の中を円滑に回すこと。つまり夫婦仲も良くないと。ね?」


 あぁ……レイナード様は口出しして欲しくないって言っているのね。

 重たくて暗い何かが心に広がる。

 けれどレイナードと人生を共にしていくなら、ここはミュリエルが折れなければならい。レイナードを選択したのは他でもない、自分なのだから。


「……今日はもうお終いにします。資料、片付けてきますね」

「わかってくれて嬉しいよ」


 こんな時、男に生まれてきていたら。なんて考えてしまう。

 お茶会やパーティで色んな人と交流するのは好きだし、楽器を演奏したり縫い物だって楽しいって思う。

 家計と使用人を管理するのだって嫌なわけじゃない。

 ただもっと、こうしたら国が良くなるんじゃないか、民の暮らしが良くなるんじゃないかって一緒に考えたいだけなのに。


 相手が望まないことをするべきじゃないわね。

 そういうのは余計なお世話と言う。


 借りていた資料を全て片付け終えたミュリエルが、カバンの中に作成途中だった立案書を入れると、レイナードがミュリエルの手を引いて、頬に唇を寄せてきた。


「また明日」

「ええ……また明日」



 ――何をしよう。


 心にぽっかりと穴が開いてしまったように、何もやる気が起きない。

 何をしても、結局これも無駄になるんじゃないか。そんな風に思えてしまう。

 何週間もそうやって過ごすうちに、休日の過ごし方もわからなくなってしまった。いつもなら勉強するか、友達をお茶をするか、もしくは街へ出かけるのに。

 元気がないミュリエルを励まそうと気を遣ってくれるのがわかるから、友達とは今日は会いたくない。

 かといって勉強はもっとしたくない。


 窓の外を見るとよく晴れていて、心地の良さそうな天気だ。

 気分転換に外の空気でも吸って散歩でもしようかなと、ミュリエルは寮を出た。

 

 行き先なんてない。

 ごちゃごちゃした場所を散歩するのは嫌だったので、ミュリエルの足は街ではなく、自然と森林の方へと向く。

 学院のすぐ近くには学院所有の森があって、男子学生の戦闘実習や魔法薬学の材料採集などで使われている。今日は休日なので人気は全くない。


 風で木々が揺れる音、小鳥のさえずり、小川から聞こえる水の音。

 少しだけ、気分が落ち着いてくる。


 何も持たずに出てきてしまったことを思い出したら、途端に喉が渇いてきた。先ほどから水の流れる音が聞こえてくるので、近くに川があるはず。と音を頼りに歩いていくと、思った通り木々の間から川が見える。

 さらに近づいていったミュリエルは途中で足を止め、そして、思いがけない人物と目が合ってしまった。


「ラインハルト……」

「ギル様……?」


 馬に水を飲ませていたのか、ギルベアトが下馬した状態で川にいた。

 まさかこんなところで会ってしまうなんて――!

 逃げ出してしまいたいが、いつもギルベアトから走って逃げている気がする。冷静になれと自分に言い聞かせて足を踏みとどまらせた。

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