第3章 離れる心①
年が明け、卒業まで残すところあと半年近くとなった。
授業の方もいよいよ卒業に向けて総まとめをする時期となり、課題が大量に出されている。
中でもみんな――といってもほぼ男子学生なのだが、力を入れて取り組んでいるのが『政策案を作成する』というもの。
分野を問わず何かしらの政策を考えて、立案書を作成し提出するのだが、その中から優れた政策案として選ばれると、王城で行われる貴族会議に案として提出されるのだ。もちろんそのまま政策として可決される可能性だってある。
実際、過去にいくつかの案が採用されて政策として実現しているし、発案者は要職に着くことが約束される。
この課題は5年生全体に出されているが選択制なので、女学生はまずやらない。でもミュリエルは提出するつもりだ。そのために図書館へ行っては資料をかき集めて案を練る。周りで同じく資料集めしているのが男子学生ばかりでも。
そうやって毎日を過ごしていたある日、授業が終わっていつも通り図書館へ行こうとすると、友人達に呼び止められた。
「ミュリエル様、誕生日おめでとうございます!!」
「「「おめでとうございます!」」」
パチパチと拍手をされて、次々とミュリエルの手にプレゼントが乗せられていく。
そうだったわ。私今日、誕生日だったのだっけ。
「ありがとう、みんな。それにこんなに沢山プレゼントまで頂いちゃって」
このところ政策案を考えるのに没頭していて、すっかり自分の誕生日のことなど忘れていた。この嬉しいサプライズに思わず涙ぐんでしまう。
「あー! みんなに先を越されたかぁ」
レイナードが残念そうにおでこを抑えている。
「セイデン様もプレゼントを渡しにきたのですか?」
「もちろんだよ。誕生日おめでとう、ミュリエル」
「レイナード様、ありがとうございます。覚えていてくださって嬉しいです」
留学してきてすぐの頃に誕生日を聞かれて答えたことがあったのだが、覚えていてくれたとは。
レイナードが綺麗にラッピングされた包みをミュリエルに渡した。
「もちろんだよ。僕の大切な人の特別な日を忘れるわけないでしょう?」
「わぁ」「大切な人ですって」と友人たちから声があがった。
「お熱いですね」
「見ているこちらまでドキドキしちゃいます」
レイナード様はほんと、お上手な方だわ。
女性が喜ぶこと、喜ぶ言葉を全て体現してくれる。
一つ一つ包みを開けると、茶葉や化粧品、文房具などミュリエルが好みそうなものを吟味してくれたのが分かる品が入っていた。改めてみんなにお礼を言うとレイナードがサッとプレゼントを腕に抱えた。
「プレゼント僕が寮まで持っていくの手伝うよ」
「ありがとうございます」
「ミュリエル様、良いお誕生日を」
「ええ、でもまた夕食の時間にね」
「あ、そうでしたね」
誕生日だろうがなんだろうが、平日の夕食は寮でとる決まりだ。特別なご馳走はない。
寮の前でレイナードと別れて自室へと入ったミュリエルは、腕にどっさりと抱えた荷物をテーブルへと置いた。
「こんなに沢山、使うのが楽しみだわ」
改めて貰った贈り物をじっくりと見ながら荷物を整理していると、まだ開けていない包みがひとつだけあることに気がついた。
「あら? こんな包み貰ったかしら」
見覚えのないラッピング。一つずつ開けて、一人ずつにお礼を言ったはずなのに。
あ、そうだわ、と気がつく。
手紙などの届け物は、部屋を掃除してくれる下女が置いていってくれるのだ。
「これは誰かからの届け物ね、きっと」
リボンを解いて中から出てきたのは、カッティングが美しい瓶に入った香水。
中に一緒に入っていたメッセージカードを見てミュリエルは目を見開いた。
「え……ギル様から……?」
カードにはただ『誕生日おめでとう』というメッセージとサインだけ。
「なんでプレゼントなんか」
もしかしてこれまでのお詫びのつもりかしら。
だとしたら必要ない。ミュリエルだってレイナードと恋仲になったのだから。
澄んだ雪解け水のような見た目に惹かれて、ハンカチに香水をシュッとひと拭きすると、凛と澄んだ香りが広がった。まるで冬の清らかな空気のよう。
「……いい香り」
改めて瓶のラベルを見るとスノードロップの絵が描かれている。スノードロップの花をイメージしたか、実際に香水の中に配合されているということだろう。
でもなぜこれは、馬蹄?
ボトルネックには馬蹄型のチャームがかけられている。
馬蹄はラッキーモチーフだから、よね。何をいちいち考えているのだか。
『ギルさま、あそこにたくさん咲いているお花はなんていうのですか?』
『ああ、あれはスノードロップですよ。冬の時期に咲く珍しい花です』
澄んだ冬の森の空気。揺れる馬の背。ミュリエルの背中にピッタリとくっついたギルベアトの温もり。そして、地面近くに咲く小さな白い花……。
「公爵邸のスノードロップ……」
香水の香りを嗅いだせいなのか、ミュリエルの中に眠っていた記憶が突然甦ってきた。
ずっと小さかった頃のことなのですっかり忘れてしまっていたが、確かに公爵邸へ行った時にスノードロップの花を見た。ギルベアトの馬がかっこよくて、乗ってお散歩したいとせがんだのだ。
王城の庭園は言うまでもなく綺麗で好きだったけれど、森の奥でひっそりと咲くその白い花の佇まいが凛として、綺麗だと思ったのを覚えている。
「なんで」
彼の真意が分からない。
なぜこんなものを贈ってきたのか。
深い意味なんてないかもしれない。たまたま自分の記憶と照らし合わせてしまっているだけかもしれないのだから。
やっと……やっと忘れられそうだったのに。気持ちを切り替えられると思ったのに。
授業以外では全くギルベアトと会う機会はないし、課題が忙しくて考え事をする暇もなかったから、ギルベアトのことを考えてしまわずに済んでいたのに、こんなプレゼントをしてくるなんて。あの人はいったいどこまで人の気持ちを引っ掻き回せば、気が済むのだろう。
ミュリエルはメッセージカードをぐちゃぐちゃに丸めると、屑籠の中に押し込んで捨てた。




