第2章・裏 俺の知らない彼女①
ギルベアトが王立学院に着任してしばらく。だいぶ教師の仕事に慣れてきた。
女学生との会話にも慣れてきたとは思うのだが、肝心のミュリエルとはまだ全然話せていない。
他の女学生たちのようにミュリエルの方から接触してきてくれたら、などと思うのはさすがに都合が良すぎるか。かといって『特別扱いは出来ない』なんて言ってしまった手前、無闇に声をかけられずで。
ほんと、しょうもない。
アースティンと翌日の実習内容について話をしたその後、ギルベアトは学院内への図書館へと向かった。図書館の蔵書が、自分が通っていた頃とどの程度変わっているのか確認しておこうと思い立ったのだ。
しばらく広い館内を見て周っていると、偶然にもミュリエルが勉強しているところに遭遇した。
一人、か……?
周りを見ても、一緒に勉強しているらしき人は見当たらない。ミュリエルはいつも人に囲まれているので、一人きりでいるのはレアなのだ。
棚の本を探している振りをしながら、しばらくミュリエルの様子を伺っていると、何度もため息をついて本を読んでいる。そうしている内に、とうとう諦めたように項垂れてしまった。
これはミュリエルに話しかけるチャンス!
勉強の話なら得意だ。なんなら雑談よりも数倍。
ミュリエルの席の前に座ると、直ぐこちらに気が付いた。どこか分からないのかと聞くと、専門外だからと断られてしまったが。
確かにミュリエルからしたら、魔法しか出来ない男と思われていても無理はない。実際、世捨て人の如く研究に打ち込んでいたのだから。
「これでも一応、この学院を首席で卒業したんだが」
他意はなく、ほかの教科もそれなりに出来るアピールをすると、ミュリエルが顔を真っ赤にして謝りだしてしまった。怒っていると勘違いさせてしまったらしい。
余計なことは言わず「いいよ」とだけ伝え、ミュリエルが読んでいた本の内容を見ると、意外なことに政治学の勉強をしていた。
ノートの方も見ると細かくメモ書きが添えられていて、努力の跡が伺える。
政治学をここまで熱心に学ぶ女学生はそうは居ない。素直に感心してしまった。
「教えようか?」
「いえ、結構です」
にべもなく断られ絶句すると、これにもミュリエルは慌てたように付け加えた。
自分で調べた方が頭に残るから。その理由にもギルベアトは感心した。
分からないことはすぐに聞きに来る生徒が多い中、彼女は自分なりに答えをみつけようとしている。ただのキラッキラ女子ではなかったのだと思い知らされた。
それでも何かしらミュリエルの力になりたいと考えたギルベアトは、棚から本を見繕って渡すと、今度は断られることなく受け取って貰えた。
勉強に集中したい人に、これ以上話しかけたら邪魔になる。取り敢えず話しかけることには成功したのだし、今日は大人しく退散しよう。
気になった本を何冊か借りてから魔法学準備室へと戻ろうとすると、例によって女学生が教室の前でギルベアトを待っていた。
イヴォンヌ・エスタリ。またこの子か。
授業外でギルベアトの元へ来る女学生は多くいるが、その中でもイヴォンヌは特に頻繁にやってくる。
「あ、先生!」
「俺を待っていたのか?」
「はい、お聞きしたいことがありまして」
当然の如く準備室の方へ入ろうとするイヴォンヌ。
ドアノブに手をかけたので、ギルベアトはスッと手を伸ばしてドアを押さえた。
勉強熱心なのは結構だがだんだん図々しくなってきている上に、その勉強姿勢にも疑問符が付く。こちらが熱心に説明をしても一通り聞くだけで大した質問があるわけでも、意見するわけでもなく。いつの間にかお茶を入れ始めて雑談にすり替わっているのだ。
始めは会話の練習相手になるし、まぁいいかと目を瞑ってきたが、ついさっき本にかじり付いて勉強するミュリエルを見たせいで、いつもより余計に苛立ってしまう。
「先生?」
「何を聞きに来たんだ」
「あ……ええと、先週お話しされていた転移魔法の魔法陣とその式についてもっと聞きたいのですが」
転移魔法について書かれた本ならいくらでも図書館にある。なんなら棚一つでは足りないくらい、いろんな人がいろんな角度から取り上げた本が並べられているはずだ。
「少しは自分で調べてみたらどうだ」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。
いつも優しく受け入れてくれるギルベアトの態度が一変していることに、流石のイヴォンヌも気づいた。目元に涙を滲ませて見上げてくる。
「ご、ごめんなさい。先生が優しく教えてくださるのでつい、甘えてしまいましたわ」
生徒を泣かせるとか、めんどくさい事になった。
「いや、聞きに来るのが悪いと言っているんじゃない。自分で調べた方が君のためになると思い、つい、強く言ってしまった」
そう言うとギルベアトはドアを開け、準備室の机に置いてあった本をサッと取ってきてイヴォンヌに渡した。
「その魔法の事ならこの本を読んでみるといい」
苛立ちが隠せなくなってきて、早くイヴォンヌを追い返したかったギルベアトは、手っ取り早く自分の本を貸したのだ。途端にイヴォンヌの表情がパァッと明るくなる。
「この本……とても貴重なものとお見受けしますが、お借りしてもよろしいのですか?」
「君を信用して貸すよ。大切に扱ってくれ」
「はい! もちろんです」
「俺はまだ仕事が残っているから失礼するよ」
――あぁ、疲れる。
準備室に入ったギルベアトは前髪をかき上げた。
正直、ギルベアトにとって学院での評価などどうでも良い。教師の仕事に就きたかったわけではないし、臨時で雇われているだけ。
大事なのはミュリエルからどう見られるか、だ。出来れば『仕事のできる男』に見られたい。生徒を泣かせてしまうような横暴な人とでも思われたら、それこそ一大事。
ミュリエルが勉強していた姿を思い出しつつ、ギルベアトは図書館で借りてきた本を置いたのだった。




