第2章 私の知らない彼⑤
チーム別対抗競技会当日。
男女それぞれ1日ずつ、計2日間に渡って競技が行われた。
男性チームはレイナードが活躍してくれたこともあってユニコーンチームに僅差で2位に付けていたが、女性チームが足を引っ張る形となってしまった。結局、総合順位は3位という結果に。
「私たちが不甲斐ないばっかりに……申し訳ないです」
「男性たちが頑張ってくれたのに」
しょんぼりとして肩を落とす女性陣に、男性陣たちが優しい言葉を掛けてくれる。
「女性チームだって頑張っていたことは知ってるし、謝んなって!」
「俺たちも大差をつけて首位に出ていれば良かったんだけどなぁ。まあ反省すべきところは反省して、次に活かそうぜ!……って言っても、5年生は最後なんですよね、今年で」
「結果としては3位だったし、もちろんさっき言っていたように反省するべき点はあるけれど、でも私はこのチームのみんなと一緒に戦えて良かったわ。とても良い仲間に出会えたもの。他の5年生のみんなもそう思うでしょ?」
ミュリエルが聞くと大きく頷き返してくれた。
「ええ、本当にいい思い出が出来ました」
「ラインハルト様の言う通り、凄くいいチームだったな!」
グリフォンチームが和気あいあいと大会の終わりを迎えている中、こっそり楽器演奏を一緒に練習したルイーサと目が合った。
表立っては御礼を出来ないので、口パクで「ありがとうございます」と言っているみたいだ。
「さっきルイーサと話したんですけど、優勝して嬉しい気持ちよりも、終わってほっとしている気持ちの方が強いそうですよ」
フレンゼルが耳元で教えてくれたので、なんでユニコーンチームがグリフォンチームと対照的な雰囲気になっているのか納得がいった。みんな疲れ切ったような顔をしている。
やっぱり私は、周りの人に恵まれているわね。
改めて自分の境遇に感謝しつつ、チーム別対抗競技会は幕を閉じたのだった。
大きな行事が終わり、学院生活は通常に戻った。
忙しさと緊張から解放されて一息ついていた頃、レイナードから一緒に街へ出かけてほしいと誘われた。
『国にいる妹へ、この国の物を何かプレゼントを贈ってあげたくてさ。一緒に選んでくれないかな?』
そんな風に頼まれては断れるはずはない。それに、レイナードとより親密になるチャンスだ。
演習場で会ったあの時以来、授業以外でギルベアトとは会わないようにしている。目に入るたびにイライラしきて、平常心ではいられなくなってしまうから。
レイナードと一緒にいた方が楽しくて、心穏やかでいられる。ギルベアトのことなんてもう考えたくない。
さて、今日はどんな服を着て街へ行こうかとクローゼットの前で考えてみる。
オレンジ色の髪は似合う服の色が限られてきてしまうので、白や黒の服が多く色合いが寂しくなりがち。小さい頃は気にせずきていたが、間違ってもパステルブルーやピンクは似合わない。カラーのある服を選ぶとしたら、瞳の色に合わせたグリーンかもしくは赤系統。
結局白のブラウスにターコイズ色のワンピースを合わせたミュリエルは、それに合わせて靴やアクセサリーなどをコーディネートして、待ち合わせしている寮の前へと向かった。
「お待たせしました」
「いや、僕も今来たところだよ。準備ができているようなら行こうか」
「はい」
レイナードはしっかり馬車を用意しておいてくれていた。手を差し出されて車に乗り込むと、ゆっくりと馬が歩き出す。場所は学院すぐ近くの街ではなく、少し離れている街をレイナードが選んでくれた。二人きりでいるところを誰かに見られるのではないかと心配するミュリエルの気持ちを、慮ってくれたのだ。
それにしても、向かい側に座ったレイナードがじっと見つめてくるので落ち着かない。
「あの……どうかされましたか?」
「あぁ、ごめん。制服姿じゃないミュリエルが新鮮で、つい見入っちゃた。すごく可愛いよ」
「あ……ありがとうございます」
レイナード様ってほんと、褒め上手な方ね。誰かさんと違って。
……誰かさんって誰よ。もう考えなくてもいいんだから。あんな人。
頭の片隅に浮かんだ『誰かさん』をかき消して、レイナードとの会話を楽しんでいるうちに、あっという間に目的の街へと着いた。
「妹さんに贈るプレゼントは、どのようなものにするのか大体決まっているのですか?」
「うーん、昔はぬいぐるみをあげれば喜んでくれたんだけど、流石にもう喜ばれないかな」
レイナードの妹は15歳なのだそう。ミュリエルもこの歳になってもぬいぐるみを見て可愛いとは思うけど、プレゼントとして贈られるとしたら子供扱いされているのかと勘繰ってしまうかもしれない。
「そうですね、ご年齢的にはもう少し大人びたもののほうがいいかもしれません。私が妹さんの年頃だった時は、背伸びして大人っぽいものを身につけていました」
ミュリエルもあの頃は、ギルベアトに少しでも大人に見てもらおうと、あえて胸元の空いた服やハイヒールを履いてアクセサリーも艶やかなものを選んでいた。今思うと頑張っている感満載だったと思う。今では自分に似合うもの・似合わないものが分かってきたけれど、結局ギルベアトにはそんなミュリエルの努力など、関係なかったようだ。たいしてミュリエルのことなど見てくれないのだから。
「やっぱりベタだけど、アクセサリーかな」
「アクセサリーはいくつ持っていても困りませんから。間違いなく喜んでくださいますよ」
レイナードが気に入った宝石店に入り、どれがいいのか選んでいく。
妹さんはレイナードに容姿がそっくりとのことなので、どれが似合うか想像しながら迷うこと1時間。やっと決まった。
店員にラッピングをお願いして待っている間、二人で店内を見て回っていると、レイナードが指輪の入ったショーケースの前で足を止めた。
「これ、試着してもいい?」
「もちろんでございます」
「ミュリエル、手だして」
言われた通り右手を出すと、「違うよ」と笑われた。
「こっちの手」
ミュリエルの左手を取ったレイナードに、そのまま試着用の指輪を嵌められた。それも、薬指に。
驚いて声も出ないミュリエルにレイナードが笑いかけてくる。
「よく似合うよ」
これは、どう反応したらいいの?他にもはめる指ならたくさんあるのに、あえて左手薬指を選ぶなんて……。
いいえ、ここは素直に喜ぶべきだわ。
ミュリエルもレイナードとの将来を考えているのだから。もっと踏み込まなくては。
「ありがとうございます。レイナード様も試着なさってはいかがですか?」
「いいね。ミュリエルが嵌めてよ」
ミュリエルが店員に男性用の指輪を渡されると、レイナードが手を出した。当然の如く左手を出されて、心臓がバクバクと音を立てる。
まだギルベアトと婚約しているのにこんな事をしていいのかという気持ちと、レイナードを取るべきだという気持ちと。
レイナードは手を出したまま待っている。店員からも「まだかな」という視線を感じて、ミュリエルは意を決して薬指に指輪を嵌めた。
――ものすごい罪悪感。
ただお互いの指に指輪をはめるだけの行為が、こんなにも重いだなんて。
早鐘を打っていた心臓が、今度はぎゅっと縮むような感覚がした。
「どう?似合う?」
「ええ、とっても」
婚約を解消したら、もっとちゃんと笑えるかしら?
次に指輪を嵌めるときは幸せな気持ちになりたい。
「お客様、ラッピングが終わりました」
プレゼントのラッピングをしていた店員に呼ばれて、ミュリエルは急いで指輪を外した。ここで指輪を買おうなんて提案をされたらと思うと、怖かったのだ。
「レイナード様、出来たそうですよ。どんな仕上がりか見てみましょう」
「うん、そうだね」
レイナードも指輪を外して付いてくる。
良かった。変な空気にならなくて。
ラッピングされたアクセサリーは、そのままネミラス王国へと届けてもらうことになった。
無事にプレゼント選びも終わって店を出ると、少し離れたところの店が賑わっている事に気がついた。レイナードも興味津々にそちらを見ている。
「あそこのお店なんだろう?知ってる?」
「いいえ、初めて見る店ですわ。以前私が来た時は文房具を売る店でしたが、違うお店がオープンしたようですね」
「せっかくだから覗いていこうよ」
レイナードに誘われて店の近くまで寄ってみると、香水を売る店だった。店内からいい香りが漂ってきている。
そのまま中に入って色々な香りを嗅がせてもらう。
「どれもすごくいい香りだわ。それにボトルデザインもすごく素敵」
「人気なのも頷けるね。二階は個室になっていて、店主が顧客の希望する香りを調香してくれるらしいよ。完全予約制な上に紹介状がないといけないみたい。どうする?」
「どうするって、ここで身分を利用する気はないわ」
自国の王女と他国の王子が同時に来店して希望すれば、まず間違いなく2階に通してくれるとは思う。でもふらりと気まぐれに立ち寄っただけなのに無理を言うなんて、迷惑な話だ。
ミュリエルが否定すると、レイナードも「だよね」と頷き返してくれた。
「今日はこちらに並べてあるものから選んで買って行ってもいいかしら?」
「もちろん。ミュリエルに合いそうな香りは……」
一緒に香水を選んでいると、レイナードがフッと顔を上げて固まっている。
「どうかされましたか?」
「いや……ミュリエルは見ない方が……」
そんな言い方をされたら余計に気になってしまう。
レイナードが見ていた方に視線を向けると、思わず持っていた香水瓶を落としそうになった。
店の窓の外には背の高い黒髪の男性。そのすぐ側には金髪ストレートの女性がいた。
黒髪の男性はもちろんギルベアトで、女性はイヴォンヌだ。
アースティン先生の次はイヴォンヌだなんて信じられない。
人には婚約者がいるからレイナードと距離を取るように言っておいて、自分はまた違う女性とデート?
「レイナード様はここで待っていてください」
さっき指輪を嵌めてもらって罪悪感を感じた自分が、あまりにも馬鹿らしい。そんな必要は全くもってなかったのだ。
丁度いい機会じゃない。ハッキリさせてしまった方が、お互い気を使わなくてもよくなる。
店の外に出たミュリエルは、腕をイヴォンヌに絡み付かれているギルベアトの前へと歩みを進めた。




