第2章 私の知らない彼④
競技会まであと1ヶ月を切り、生徒たちの練習にも俄然、気合いが入っている。
ミュリエルたちグリフォンチームが昼の休み時間を利用して、楽器演奏の練習をしていると、近くの教室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちょっと!あなた何回同じところ間違えてるのよ?これでもう4回目よ?!」
「す、すみません」
「謝るくらいならもっと練習してきて。みんなの足を引っ張ってるって分かってるの?」
「はい……」
女性のすすり泣く声が聞こえる。
怒鳴り声の主は恐らく……ではなく、間違いなくイヴォンヌだ。
彼女は毎年チームを優勝に導くだけあって、練習は非常に厳しい。ミュリエルも2年生の時に同じチームになって、イヴォンヌに散々言われた記憶がある。
「みんな、練習を続けましょう」
怒鳴り声にびっくりして手を止めていた生徒たちが、ミュリエルの掛け声で我に返った。それぞれ楽器を持ち直して演奏をやり直す。
4年生の子のハープが何度か音をはずしたので演奏を止めると、泣き出しそうな顔で謝ってきた。
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ。もう一度いきましょう」
演奏を再開させようと、指揮をしているミュリエルが手を挙げた所で、今度はクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「ミュリエルも災難ねぇ。その子とは去年同じチームだったけど、楽器演奏がてんでダメで大変だったわ。ピアノもハープもフルートも、ぜーんぶよ?」
扉の縁に背を預けて、イヴォンヌがせせら笑っている。
私をなじりたいが為に、他の子を傷付けるなんて……!
「まあ指導しているのが大した才能もない人じゃあねぇ。上手くなりようもないわ」
人がいちばん気にしている所を、イヴォンヌはグリグリと抉り出してくる。そんなことはミュリエルが一番わかっているのに。
「シュッツェが指揮した方がいいんじゃない?ミュリエルよりよっぽど音楽の才能があるわよ」
3年生の女の子がビクンっと肩を震わせた。シュッツェはまだ3年生だけど、イヴォンヌの言う通りこの中で一番楽器演奏に優れている。
「……確かにイヴォンヌの言う通りだわ。シュッツェ、あなたに指揮を任せましょう」
学年云々を考えている場合じゃない。勝つためには適切な配置をしなければならなかった。悔しいけれど、イヴォンヌの指摘は最もだ。
「でも……」
「みんなも、そして私も優勝を手にしたいの。まだ3年生のあなたには荷が重いかもしれないけど、お願いできるかしら。ね?」
困ったように周りの生徒を見回していたシュッツェだったが、やがてゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
「ありがとう」
「でも全体の指南役はラインハルト様がするべきです。私は演奏技術には自信がありますが、まとめる力はありません。皆さんもそれでいいですよね?」
「もちろんです!」
「異論ございませんわ。そもそもラインハルト様に不満を持ったことなんてありませんもの。ねえみんな?」
「ええ、ハルマン様の言う通りよ!」
誰からともなく拍手が沸き起こった。こんなに暖かい気持ちにさせてくれるみんなには感謝しかない。
「みんな……ありがとう」
滲み出てくる涙を拭くミュリエルの後ろで、イヴォンヌが舌打ちをした。
醜く顔を歪めてミュリエルを一瞥すると、自分のチームの方へと戻ったのが分かった。また酷い怒鳴り声が聞こえてきたから。
その日全ての授業を終えたグリフォンチーム一行は、それぞれバスケットを片手に演習場へと向かう。
男子学生を応援しに来ていたのはグリフォンチームだけではなかったようで、イヴォンヌも既に演習場に来ていた。
こちらでもイヴォンヌは腕組をしながら、剣術の練習をするチームメイトに声をかけている。
「ちょっと今の何?!もっと攻めなさいよ」
「その程度でへばってるの?」
「あなたそれでも副騎士団長の息子なの?そのままじゃ親の顔に泥を塗るわよ!」
本人は激励しているつもりなのだろうが、練習をしている男子学生たちは困惑顔だ。いかにも「剣を握ったこともない人に言われたくない」と、顔に出ている。
一応学院の中では身分による優劣は付けないことになってはいても、王の姪であるイヴォンヌに不服を訴えられる者はいない。
ユニコーンチームの方は気の毒だけど、放っておくしかない。
応援に来ましたとグリフォンチームの男子学生たちに声をかけると、レイナードが真っ先に「ありがとう」と手を振って応えてくれた。
「あらミュリエル。みんなで来たの?随分と余裕なのね」
「たまにはお休みもしないと。それにみんなだって男性たちを応援したいもの」
ユニコーンチームはイヴォンヌだけ男子学生の様子を見に来ていて、他のチームメイトは練習をしているらしい。先程演習場へ来る途中で、刺繍をしている生徒たちを見かけた。
「そんなだからいつも負けるのよ。お粗末なリーダーの下につかなきゃならないチームメイトもかわいそうね」
そう言うとイヴォンヌは男性のチームメイトに「しっかり練習するのよ!」と言って演習場から出て行った。嵐が過ぎ去って安堵したような顔をしているユニコーンチームを見て、レイナードが「やれやれ」と息を吐いている。
「他チームのことながら気の毒になってくるよ。それでミュリエル、みんなが持っているバスケットはなぁに?」
「昨日寮のキッチンを借りて、みんなでクッキーを焼いたんです」
ほら、と言いながらバスケットの中身を見せると、男子学生たちが顔を綻ばせた。
「と言っても、ほとんどをキッチンメイドに手伝って貰いながらでしたが。私たち普段はお料理などしないので」
「すごいサプライズだ!嬉しいよ!早速頂こう」
手分けして配ったクッキーを男性たちがサクサクと音を立てながら食べていると、近くで練習していたユニコーンチームからの視線を感じる。
体を動かしているしやっぱりお腹が空くのよね、きっと。
「ユニコーンチームの方たちもいかがですか?」
「え?!いや……その……」
「遠慮せず召し上がってください。張り切って作ったら、たくさん作り過ぎてしまったんです」
ミュリエルがユニコーンチームの男子学生にお裾分けしようとすると、レイナードが不満げに口を尖らせた。
「ミュリエルは敵に兵糧を与えようって言うの?」
「兵糧だなんて大袈裟ですよ。今は武器を置いているのですから、同じ王立学院の生徒です。そうでしょう?」
「まったく、甘いなぁ。まあそこがミュリエルのいいところか」
「オーケイ」と続けると、レイナードがユニコーンチームに呼びかけた。
「君たちも一緒に食べよう。一時休戦だ!我がチームの麗しいレディたちが心を込めて作ってくれた恵みを、一緒に分かち合おうじゃないか」
「もうっ、レイナード様やめて下さい!そんな言い方をして恥ずかしいです」
確かに心を込めたのはそうなのだけど、あまりに仰々し過ぎる。
でも……やっぱりレイナード様は空気作りが上手ね。
グリフォンチームの顔色を窺っていたユニコーンチームも、これで緊張が解けたようでクッキーを受け取り始めた。
演習場に笑いが満ち溢れる中、外からこっそりとそんな中の様子を伺っている女性が一人――イヴォンヌがダンっと足を踏み鳴らしたことには、誰も気が付かなかった。
クッキーの差し入れもすごく喜んでくれたし、不慣れながらもみんなで頑張って作った甲斐があったと感慨に耽りながら歩いていると、どこかからかハープの音がしてくる。
日もほとんどしずみ薄暗い中まだ練習をしているなんて、どこのチームかしらと見にいくと、教室にいたのはグリフォンチームの子だった。昼間イヴォンヌからなじられたあの4年生の生徒だ。演習場へ応援に行ってそのあとは解散時したのだが、まだ学校に残って練習をするつもりらしい。
「フレンゼル、まだ練習していたの?」
「ラインハルト様……!は、はい。わたしが下手なばっかりに、皆さんにご迷惑をおかけしておりますので」
ミュリエルも他の人に負けないよう、よく自主練している。なんの才能にも恵まれなかったから努力で補うしかない。足を引っ張りたく無いと言う気持ちもよく分かる。
「迷惑だなんて思っていないわよ。でも努力をするのはいいことよ、付き合うわ」
「あっ、ありがとうございます!」
「この曲は細かいリズムの刻みが多い上に、レバー操作も複雑だから難しいわよね。私がピアノを弾くから」
ピアノとハープとの掛け合いもあって美しい曲だが、その分ハープが失敗するとなかなかに目立ってしまう。
二人で一緒に練習をしていると、別の部屋からも楽器の音がしてきた。フレンゼルと顔を見合わせて誰が演奏をしているのか見にいくと、女学生がフルートを吹いている。それも、半分泣きべそをかきながら。
「一人で練習しているの?」
ミュリエルが声をかけるとようやくこちらの存在に気がついたようで、ハッと顔を向けてきた。
「え、あ、はい」
「ラインハルト様、この子は私と同じ4年生です」
昼間泣き声が聞こえてきたあの子です、とフレンゼルから耳元で説明が付け加えられた。
「そうなの。フレンゼルのお友達なら一緒に練習しない?フルートもいたら丁度いいわ」
「え……でも私、ユニコーンチームですし……」
「いいじゃない。こういうのは、お互い切磋琢磨して上手くなるものよ。もちろんどうしても一人で練習したいなら、無理にとは言わないけど」
「ルイーサ、ラインハルト様なら大丈夫よ。チームが別だからなんて細かいことお気になさらないし、怖くないから。ね?」
迷っているルイーサにフレンゼルが促すと、こくんと頷き返してくれた。
「はい、それではご一緒させてください」
またレイナード様に怒られてしまいそうね。
これがミュリエルの性分なのだから許して欲しい。
この日はグリフォンチーム二人とユニコーンチーム一人という、イレギュラーな組み合わせで練習をしたのだった。




