第2章 私の知らない彼③
「それではこれから、チーム別対抗競技会のチーム分けをしていきます。みなさん一枚ずつクジを引いて、何チームだったか先生に教えてくださいね」
5年生を担当している学年主任の女性教諭に呼びかけられて、生徒たちは次々とボックスに手を入れてくじを引いている。
年に一度、学院を上げての大行事『チーム別対抗競技会』の季節がやってきた。全学年・男女混合の全10チームに別れて、強さや技術を競い合う。
ミュリエルは2年生の時に優勝したことがある他は、全て4位以下だった。最終学年の今年は、もう一度トロフィーを手にしたい。
チーム分けのクジを引くと、すかさずレイナードが見に来た。
「何チームだった?」
「ええと、これは……グリフォンですわね」
紙を広げると、ライオンの身体に鷲の頭部がくっ付いた生き物が描かれていた。
レイナードも同じ模様が描かれた紙を見せてくる。
「僕、くじ運がいいみたい。またミュリエルと同じチームだ」
ダンスのくじ引きでは驚いたが、こちらは全生徒を10のチームに分けるので同じチームになったとしても不思議では無い。まあ、かなり確率は低いけれど。
「ミュリエル様! 私もグリフォンです!! 良かったぁ」
「わたしも!」
「わぁ、みんなも? よろしくね」
よく一緒にいる友達うち何人かも同じチームになれて一安心する。最終学年だから下級生を引っ張っていかなくてはならないし、人懐っこいレイナードと同じチームなのも心強い。
「あらセイデン様、ミュリエルと同じチームになってしまったの?」
イヴォンヌが、可哀想とでも言いたげに近付いてきた。
「やあ、そう言う君は何チームだったんだい?」
「わたくしはユニコーンでしたの。ミュリエルとは確か2年生の時にわたくしと同じチームで優勝して、それ以外はあまり振るわなかったんじゃなかったかしら?」
「なら今年は2度目の優勝を目指せばいい。ねえ、ミュリエル」
「ええ、そうね。頑張りましょう」
レイナードのおかげで、イヴォンヌの嫌味もあまり気にならない。彼には何度もこうして救われている。
「ダンスのペアといい、今回のチームといい、気が合うもの同士一緒になってよかったわね。お互い頑張りましょう」
ふんっ、と鼻息も荒くイヴォンヌは自分のチームへと戻って行った。
こうして始まった競技会。
本番までは1ヶ月半ほどあるが、すぐに動き出さないと間に合わない。誰がどの競技に出るのか決めて練習しなければならないし、刺繍に至っては本番に作品を提出するので図案が決まり次第、早速作成にとりかかっていく。
競技会は学校行事だけれど授業内に練習時間というのは設けられていないので、休み時間や放課後を使って各チーム練習をするしかないのがまた大変なところ。普段の学業に支障をきたさないようにしつつチームを優勝に導くのは、毎年のことながら難しい。
普通チームを引っ張っていくのは最上級生になるのだが、グリフォンチームのリーダー役はやはりレイナード王子。他国の人間にみんなが付いて行くのか、他の最上級生男子から不満が出ないのかと色々考えてしまったが、全て要らない心配だった。さすがは王子と言うべきか、レイナードは人当あたりの良さとカリスマ性を発揮して、一気に人心を掴んだのだ。
一方ミュリエルも、この国の王女としてレイナードに任せてばかりはいられない。競技は基本的に男子と女子に別れるので、女子チームの牽引役として、そして全体を引っ張るレイナードの補助役として動いている。
そんな慌ただしい毎日を過ごすミュリエルだったが、一つ気がかりだったことを解決するために、今朝は早くに寮を出て学校にやって来た。
ノートの入った大きめの手提げ袋を持って校内を歩いていると、演習場を通り過ぎる時に、ヒュッという空を切る音が聞こえてくる。
誰かが朝練でもしているのかしら?
競技会の為に、男子生徒が早朝練習をしているのだろうと演習場を覗いたミュリエルは、剣を振っていた人を見て「あ……」と声を漏らした。
ギル様だったのね。
こんなに朝早くからトレーニングしているなんて、知らなかったわ。
ギルベアトが剣を振るたびに、朝日で氷の粒がキラキラと輝いている。きっと剣に氷魔法を付与しているからだ。
幼い頃はギルベアトが騎士達と手合わせしているのを見たこともあったが、再会してからは教師としての姿しか見てこなかったので、今のミュリエルの目には新鮮に映る。
しばらくその姿に見惚れていると、くるりとターンしたギルベアトと目が合ってしまった。
「……ラインハルト?」
「お、おはようございます、シュヴァイニッツ先生」
朝方はだいぶ涼しくなってきているのに、余程激しく体を動かしたのか、ギルベアトの首筋には汗が流れ落ちて、服も汗で濡れて染みになっている。
男子学生たちも武術の授業の後はこんな感じなのに、ギルベアトだと妙に色っぽい。見てはいけないものを見てしまったかのような気分になったミュリエルは、思わず目を逸らした。
「トレーニングなさっていたのですか?」
「あ、ああ。身体がなまるといけないからな」
「……」
「……」
別にギルベアトに用があった訳じゃない。もう立ち去ろうかとした時、ギルベアトの方から話しかけてきた。
「チーム別対抗競技会はセイデンと同じチームになったのか?」
「ええ、そうです。レイナード様がチームを引っ張ってくれて、とても良い雰囲気で練習に取り組めておりますわ」
いきなりレイナードを指定して聞いてくるなんてなんだろう、と不思議に思いつつも答えると、ギルベアトが僅かに眉頭を寄せた。
「それでよく一緒にいるのか」
「え? あ、はい。そうですね」
もしかして、ヤキモチを焼いてくれているの?
僅かに鼓動が早くなる。
「気になるのですか?」
「いや、その……彼とは少し、距離が近すぎるんじゃないかと思ったんだ。君は俺と婚約している訳だし、変な噂が流れたら君だって困るだろう?」
「そういうシュヴァイニッツ先生は、随分とおモテになっているみたいですけれど。いつも女学生に囲まれて。授業外でも教えているみたいじゃないですか」
自分のことを棚に上げて、私が困るですって?それならあなたはどうなのよ!?
早くなった鼓動の原動力は今や、苛立ちに変わってしまった。
「あれはただ教師として生徒に教えているだけだ。教えて欲しいと言われれば、応えてやるのが教師の勤めだろう?」
「それならアースティン先生はどうなのですか?よく親しげにお話されていますけど」
「アースティン?ああ、あいつは魔塔出身で一緒に働いていたことがあったから、というだけだ」
あいつ?あいつと呼ぶほど仲がいいの?!
頭にさらに血が上る。
「俺の話はどうでもいい。ダンスの授業でも彼とペアを組んでいるみたいだし、彼とは少し距離を置いた方が……」
「レイナード様とはくじ引きでペアを組むことになったんです!競技会でもくじ引きでした!私に何か落ち度がありますか?」
俺の話はどうでもいいなんて、なんでそんなことを言うのよ!?イヴォンヌにはして、何で私にはあなたの話をしてくれないの?
鼻の奥がツンとする。泣きそうになってきた。早くこの場を離れたい。
「いや……ない」
「お分かりいただけた様でしたら、私はこれで失礼致します」
ミュリエルは踵を返すと、演習場から逃げるように走り去った。
もうギル様なんて知らない!無神経男!!
心の中で悪態をつきながら走っているうちに、校舎にたどり着いた。
息を整え、涙をハンカチで拭って身なりを整えると、ミュリエルは近くに見えた下男に声を掛ける。
気分は最低だけれど、用は済ませないと。
「ねえ、そこのあなた。少し聞いてもいいかしら」
「はい、何か御用でしょうか?」
「ヨハンという下男を知らないかしら?」
「ヨハン……?」
「葡萄酒のような赤黒い髪をした、15、6歳の子よ」
「ああ!あいつなら多分、魔法学室の辺りを掃除していると思いますよ」
「良かった、辞めさせられてはいなかったのね」
魔法学室……。今はあまり近づきたくないのに。
それならギルベアトが来る前に早く用事を済ませてしまった方がいいと、ミュリエルは下男にお礼を言って先を急ぐ。
今はまだ、走る生徒を怒るような教師たちは来ていない。階段を駆け上がり魔法学室へと行くと、目的の少年は教室のテーブルを拭いていた。
ヨハン――魔法学の講義を盗み聞きしていた彼だ。
「ねえ」
「ふぇっ?!あ、はいっ!」
こんな朝早くに生徒が来るとは思っていなかったのだろう。素っ頓狂な声を出して驚いている。
「ちょっとお願いしてもいい」
「何でしょうか」
「これもう要らないから、あなた処分しておいてくれる?」
そう言うとミュリエルは、大きな手提げからノートの束を引っ張り出す。
「これ……」
「内容を覚えるために、授業のノートを更に書き写したの。面倒だからあなたが処分しておいて」
ノートの束をヨハンの胸元に押し付けて、無理やり受け取らせた。
「煮るなり焼くなり、好きにして。でも私、努力しているところは人に見せたくないから、こっそりと捨ててよね」
ミュリエルが言いたいことを理解したのか、ヨハンの瞳に光が刺した。
「……は、はい。分かりました!ありがとうございます!!」
「なんであなたがお礼を言うのよ。私が頼みごとをしたのに」
「あ、そっ、そうですね。確かにお引き受け致しました」
「じゃあね。仕事、サボっちゃダメよ」
「はい!!」
分かってくれたわよね?
チラリと後ろを振り返ってみると、ヨハンは早速ノートを捲って中身を見ている。
もうっ、仕事はサボるなってさっき言ったばかりなのに。
仕方のない子ね、と思いつつもクスリと笑いがこぼれる。
ギルベアトとの事は最悪だったけれど、少しだけ気分のいい朝になったのだった。




