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第1章 婚約者との再会①


 王城の謁見の間にて「褒美は何が良いか」と聞かれた男は、恭しく礼を取りながら王にこう答えた。

 

「ミュリエル王女を下さい」

 

 この男ヘンドリク・シュヴァイニッツは、国々を焼き尽くそうとしていた火竜を倒した英雄である。

 この大陸には数百年ごとに竜が出現し、何時どこで生まれるのか謎が多い。一説には大陸に魔力が一定数溜まると生まれ、土の中から誕生するのだと言われている。今回現れたのは火を吹く竜、火竜だった。


 この火竜は50近い国々がひしめく大陸の中でも、特に広大な領土を持つユガール王国の一角で猛威を振るった。国境という概念などない火竜は、ユガール王国に隣接する他の数カ国の地にも容赦なく牙を向き暴れ回る。

 人々は抵抗し火竜を倒そうと手を尽くすのだが、ほとんどが無駄死にに終わり、街は焼き尽くされ焦土と化そうとしていた。

 火竜の中の魔力が尽きるまでこの殺戮は続くのだと人々が絶望する中、火竜が現れた地と丁度真反対の所に領地を構えるヘンドリク・シュヴァイニッツが騎士団を連れて駆け付けてきた。

 氷の魔法を得意とするヘンドリクは騎士達と共に火竜と死闘を繰り広げ、三日三晩に及ぶ戦いの後に見事、勝利を収めたというわけだ。


 多くの街が壊され、焼き尽くされてしまったが、本来ならば被害はもっと甚大であったはず。火竜が出現したと聞きすぐに出兵を決め、更に火竜を倒したヘンドリクとその騎士団は自国からのみならず、他国からも英雄と称賛された。

 そうして凱旋してきた英雄に、ユガール王国の国王は彼が持つ爵位を上げて公爵とし、更に褒美を遣わすと言う。欲しいものは何でも申すようにと言われ、かの男が答えたのが「ミュリエル王女を下さい」だった。


 この予想外すぎる返答に、謁見の間は静まり返った。


 勝利の褒美に姫を下さいと君主に願い出るシーンは、ままある事で珍しくはない。

 だがこの男には既に妻がおり、君主の娘もまだ生後一年にも満たない赤子がいるだけ。だからその場にいた誰も予想だにしていなかった。ヘンドリクがまさか、王女を欲しいと願い出るとは。

 

 驚く王夫妻と臣下達を見て、ヘンドリクは自分が言葉足らずだったことにようやく気がついた。

 

「ああ、いえ。私にではありません。息子のギルベアトにです」

「あ……ああ! そちの息子にか!」

「ええ、ええ、もちろんそうです。ミュリエル王女が息子の婚約者となれば、私も妻も安心できるというものです」

「うむ、もちろん良いだろう。我が娘が英雄の息子と結婚することに何の異議もない。なあ、王妃よ」

「はい、もちろんですわ。陛下」


 婚約を決められた当の本人たちがどう思っているかはいざ知らず、両家の父親や母親は良い縁談が結べると喜びあっている。


 こうして第一王女ミュリエル・ラインハルトと、公爵家の長男ギルベアト・シュヴァイニッツの婚約が結ばれたのだった――。


 

 ――それからおよそ20年後。

 

 ミュリエルは夏の長期休暇を終えて、王立学院へと戻ってきた。

 10代後半から20代前半の王侯貴族の子女が5年通うこの学院で、ミュリエルは今年がいよいよ最後の学年となる。

 18歳で成人し婚姻も可能となるのだが、多くの学生は卒業を待ってから結婚するのが普通だ。婚約者のいるミュリエルも多分に漏れず、独身のまま学生生活を送ってはいるけれど、それもあと1年で終わるだろう。


 休暇中、王城で過ごしていたミュリエルを学院の寮へと送り出す際、母にこう言われた。


『来年卒業したら、いよいよ結婚ね!』

『……ええ、そう……ですね』

『学校生活も忙しいでしょうけど、卒業してからの方がもっと大変よ! まずは結婚式の日取りを決めて式とパーティーに必要なものの手配をしないとね。誰を招待するのか、これはとっても重要よ? それからドレスや装飾品をオーダーして、招待状を送って……』

 

 曖昧に相づちを打つミュリエルに、母は娘を元気づけるように続けた。


『そんなに不安がらなくても心配ないわ。あなたの婚約者は魔塔で、それはもう素晴らしい成果を上げていると聞いているもの。最後に会ったのは彼がまだ成人したてくらいの時だったけれど、今はきっと素敵な大人の男性になっているわよ』


 大人の男性……。

 そのワードに、ミュリエルはグッと下唇を噛む。


『新年度に備えて色々と準備がありますので、そろそろ行ってまいります』

『ええ、行ってらっしゃい!』


 卒業後は楽しいイベントが待っていると言わんばかりの母に送り出され、ミュリエルは逆にテンションが下がった。


 あと1年。あと1年で終わってしまう。


 15年前、ギルベアトが他国へ遊学に出てから彼とは一切会っていない。それどころか手紙のやりとりすらしたことはなかったので、ミュリエルの婚約の事など、実はみんな忘れているのではないかと期待していたくらいだったのに。

 流石は母。きっちり覚えていた。

 遊学先で魔塔にスカウトされたギルベアトは、そのまま魔塔で研究をしているらしい。

 もう30をとっくに過ぎた年齢だもの。魔塔で恋人のひとりやふたり、いるかもしれない。 

 私みたいな()()の事なんて、忘れちゃってるわよ。


 重いため息をつきながら始業式が行われるホールへと入ってしばらく。学院長が長々と新年度の挨拶を始めた。

 隣の女生徒は『淑女たるもの、いついかなる時も品格を保ち優雅であれ』という学院の格言を実行しようと、必死に欠伸を噛み殺している。

 早く終わらないかな、と誰もが思い始めた頃、学院長がようやく「最後に」と言葉を結んできた。


「それでは最後になるが、リーデル先生が復帰するまで魔法学を担当して下さることになった先生を紹介しよう」


 さあさあ、こちらへ。と舞台袖に向かって学院長が手招きしている。

 昨年度まで魔法学を教えていたリーデル先生が、夏季休暇の間に妊娠したらしい。当初は出産直前まで頑張るので、その間に新しい教員を探してきて欲しいとの事だったが、つわりが酷くそれどころではなくなってしまったという説明を学院長がしていた。

 リーデル先生が産後、教師に復帰するまでの間に魔法学を教えてくれる人を急遽探してきたとの事だったが、一体どんな人が現れるのだろうかと、舞台袖から現れる人物に皆の注目が集まった。


 コツ、コツ、と革靴のヒールが床にあたる音がする。

 続いて現れた男性に、みんな――主に女生徒が息を呑んだ。


 濡れたカラスの羽根のように、艶のある黒髪。少しだけ長めのその髪は後ろでひとつに括られ、こぼれ落ちた横髪が頬に流れている。

 サファイアをはめ込んだかのような碧い瞳で場内に集まった生徒達を見回すと、ミュリエルのところでその視線が止まった。


「あの方って……」


 間違いなくこちらに目を向けてきている。

 ドクドクと心臓が激しく鼓動を刻む中、新任教師が自己紹介を始めた。


「リーデル教諭が不在の間、魔法学を教えることになりましたギルベアト・シュヴァイニッツです」


 シュヴァイニッツの名を聞き、ホール内が一気にザワめく。


「シュヴァイニッツって、公爵家の?」

「20年前に火竜を倒したあの英雄の家だよな」

「ご子息は公爵様に負けず劣らずの、魔法の使い手だって聞いたわ」


 周りの生徒たちが小声で話しているが、耳に入ってくるだけで頭には入らない。

 彼に会うまであと1年、あると思っていたのに。

 心の準備がまだ整っていなかった。


『女として見れるか分からない』


 頭の中でギルベアトの声が響く。

 今壇上で挨拶をする、あの声で言っていた言葉だ。


「ミュリエル様、聞こえていますか?」


 友達に肩を叩かれて、ミュリエルはハッと我に返った。


「えっ? あ、なに?」

「始業式が終わりましたよ? それから学院長が呼んでいます」


 ほら、と言われ視線を学院長の方へ向けると、一人の青年を連れてこちらへ来るところだった。


「学院長、何か御用でしょうか」

「ミュリエル王女に紹介したいと思いましてね。こちらはネミラス王国のレイナード王子だ。1年間我が校に留学することになったのだよ」


 レイナード……。確かネミラス国王にいる3人の息子のうち、3番目の王子だったと記憶している。ネミラス王国はこの国と隣接する国のひとつで、国土こそユガールの足元にも及ばない広さだが、海沿いに細長く面している為大きな港が幾つもある豊かな国だ。

 少し癖のあるフワフワの栗毛をした青年は、人懐っこそうな笑顔を向けて挨拶をしてくれた。


「レイナード・ディルク・セイデンと申します。王女と共に学べると聞き驚いたと同時に、大変嬉しく思います」

「私もです。どうぞ1年間よろしくお願い致します」

「これから学院内をご案内しようと思っておりましてね。案内役をミュリエル王女に頼みたいのですが如何ですかな?」


 同じ王族どうし、親交を深めやすいだろうという取り計らいなのかもしれない。

 ミュリエルはもちろん「光栄ですわ」と答えて了承した。

 

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