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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第九話 命令

 淡々としたダリオの冷たい声だけが、部屋には響き、重たい空気が広がっていた。


「先にヨアくんたちには伝えたが、君たちには一度、教会まで来てもらわなければならない。上からの命令でね。今回の一件について、色々と事情を聞きたいそうだ」

「色々と……それって俺たち全員、ですか?」

「そうだ。難しいことは考えずに、聖都に観光に来るつもりでいればいい。君たちもタダで旅行ができていいだろ」


 最後は軽く言っているように聞こえるのに、どこか胸の奥がざわつく。今は優しいダリオではなく、騎士団のダリオの顔だからなのか。


(行きたくない)


 その思いが胸を満たす。どうにかならにのか、最後の足掻きに問い返した。


「ダリオさん……行かない、という選択肢は?」


 俺が口にした瞬間、ダリオの表情が強張った。部屋の空気がきしむように張り詰める。その沈黙が、答えを突きつけてきた。拒否権など最初からないのだと。ヨアを見ると静かに首を振った。俺が寝てる間に話はついていたのだろう。諦めてダリオを見て、頷いた。


「……わかりました」


 するとダリオはすぐに申し訳なさそうな顔に変わった。彼は仕方なく仕事をしているんだ。わかっているが、憤りを感じる。


「……すまないな、カイ」


 ダリオの声は低く、しかし押し込むように強い。俺の返事を待たずに会話を続ける。


「明日の朝には出発しようと思う。それまで休んでくれ」


 その言葉にアッシュが眉を潜めて反応する。


「はあ? カイは目覚めたばかりだぞ」

「ああ、承知している」


 ダリオは淡々と言葉を吐いた。それはまるで事務作業のように。


「だが我々には時間がない……。代わりと言っては何だが、馬車を用意した。それで許してくれないか」


 捲し立てる調子が、この場に異論を許さぬ圧力を帯びていた。これはあくまでも教会が主体なのだと、わからせてくる。俺らに意見などないのだと。


「……じゃあまた明日だ。セルジオ、行くぞ」


 ダリオは踵を返し、ドアへ向かうのをヨアが呼び止めた。


「ダリオさん」

「なんだ?」


 振り向かずにダリオは答えた。その声はとても硬いような気がする。それを気にする樣子もなく、ヨアは静かに言葉を放った。


「俺はあなた達を信頼していません」


 鋭い顔をしているヨアに、俺は思わず息をのむ。ダリオは最後まで振り向かず返事をした。


「……ああ」


 ダリオが出てった後、セルジオは真っ直ぐに俺を見つめ、申し訳そうに謝って来た。


「すまないな、カイ。俺たちじゃどうすることもできないんだ」

(こいつはほんとに誰なんだ)


 その姿は、ほんとに別人じゃないかと疑ってしまう。俺は苦笑いしながら返事をした。


「わかっていますから……」

「……ありがとう……あと……あの時は、すまなかった」


 セルジオは言いにくそうに謝ったが、瞳には誠意がこもっているのがわかった。今度は、自然と笑顔になり、微笑み返した。


「もう気にしてません。だから……気にしないでください」

「ありがとう……よかったら今度手合わせをしてくれ」

「はい、俺でよければ」


 俺は手を出し握手を求めると、満面の笑みで、セルジオは両手で握り返してくる。その後嬉しそうにセルジオは部屋をでていった。

 気にしてない……いや、本当にそうだった。自分でも驚くほどに。


「そんなに嫌な人でもないのかな……」


 思わず漏らした独り言を、アッシュが拾う。


「でもな、手のひら返しが一番信用ならねえぞ」

 

 彼の言葉に、思わず笑いがこぼれた。彼なりの心配の仕方に心が軽くなる。


「アッシュ……ありがとな」


 なぜかお礼を言いたくなった。照れたように鼻をかくアッシュが、ぶっきらぼうに返す。


「なんだよ、気持ち悪い……。――そうだ、丁度いいからカイが寝てる間に話してたこと、共有しとこうぜ」


 妙に含みのある声音のアッシュがヨアの方を見て強く頷く。その行動に、ヨアは大げさに溜息を吐く。その様子は、いつもの丸投げ作戦だった。


「はぁ……いつものように俺から説明するよ」


 ヨアがベットの近くに腰を下ろすと、アッシュはベッドに腰掛けた。彼らの話を聞くには、俺が眠っている間に、エイラのことを根掘り葉掘り詰められたらしい。特にリゼットがエイラに興味を持っているようだ。


「結局伝えたのは、『カイが記憶喪失のエイラを連れてきた』ってことだけ。……遺跡で、急に現れたなんて話は伏せておいた。もし、異種族と疑われたら、教会に異端者として連れてかれる可能性があるから」

「……そうか。ヨア、ありがとう」


 思っていたよりも話は重かった。この国では二十年前、王の命令で人間以外の種族は異端とされ、討伐の対象となり戦が起こった。王が代わって、その戦は収まったが、その思想はまだ根強く残っている。「異種族が見つかれば密かに消される」それは教会の仕業と噂されていた。それはただの噂話ではなく、日常に潜む現実だった。

 だからこそ、ヨアはあえて嘘をついたのだ。ヨアの機転に感謝しながらも、胸の奥に重いものが沈む。


「なあ、ヨア、俺の考えは……甘かったのかな?」


 問いかけの余韻が、重く場に落ちた。エイラの面倒をみると決めたのに、すぐこんなことになり迷いが生まれる。そんな俺の弱さを、二人も察しているようだった。

 ヨアが眉をひそめ、低く告げる。


「……ああ、そうかもな」


 鋭い瞳とぶつかり、息が詰まる。その突き放した言い方に反論できずに沈黙していると、アッシュが場を和ませようと声を上げた。

 

「で、でもさ……最後にエイラを助けたのはカイじゃないか。だから、気にすんなよ!」


 アッシュの言葉をヨアはすぐに冷たく切り捨て、容赦なく静かに俺を責め立てる。


「助けた後倒れたら意味がないだろ。次に脅威が現れた時、誰も守れないじゃないか。その度に立ち止まるぐらいなら、最初から辞めたほうがいい」

「ち、ちが……」


 胸に突き刺さるような正論。言い返せず、布団を握りしめてうつむいていると、まだ追い詰めるようにヨアが言葉を重ねる。


「教会に預けるのも、一番いいのかもしれないよ」


 少し間を置いて、ヨアは続けた。その言葉は、俺の心には静かに響く。


「素性を隠せば、普通に保護してもらえるはずだ」


(教会に預ける……。そうすればヨアが言ったように、エイラは安心して暮らせるかもしれない。――でもそれでいいのだろうか?)


 すぐにその問いに返事ができないのは、迷っているからだ。


(俺はどうしたい?考えろ)


 俺の答えないのを、答えだと思ったのか、ヨアは話を進めた。


「……黙っているってことは、カイもそれでいいんだな?」

「嫌だ!」


 思わず叫んでしまった。その勢いにアッシュが目を丸くしている。俺も自分の声に驚いた。その返事が気に入らないのかヨアは鋭い眼差しで、詰め寄ってくる。


「じゃあ、もしエイラがまた狙われて……その時お前が倒れたらどうする?誰が守る?」


 喉が詰まる。頭の中に、倒れて動けなかった自分と、無防備なエイラの姿が浮かぶ。考えるほどに、ヨアの言葉が正しいように思えてしまい、拳が震えた。ヨアはとどめのように低い声で言い放つ。


「お前だけじゃエイラは守れない」


 冷たい言葉に喉が詰まったように言い返せなかった。ヨアの言葉が胸に突き刺さる。


(わかっている……それでも、俺はあの子を手放したくない)


 その思いが、俺を締め付けた。



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