第八話 目覚めた後
俺の寝ているベッドの横で、エイラとティアナが肩を震わせている。
「「……カイ……ほんとに、よかったぁ……!」」
(こ、これは……どうしたらいいんだ……)
ふたりの涙に戸惑いながらも、二人の元気な姿に心の底から安堵する。泣いているのは、俺のせいだとわかっているが、それでも、誰か助けてほしいと思ってしまう。
だが部屋には俺と、この泣いているふたりだけ……。頬をかきながら、何か言葉を必死で探すが、気の利いた言葉なんて思いつかない。仕方がないので、ありふれた言葉を口にする。
「も、もう……大丈夫だから。そんなに泣くなって」
そう言って視線を向けると、ティアナはともかく、エイラまで顔をくしゃくしゃにしていた。そのエイラの姿に、いい意味で違和感をおぼえる。
(すごく感情が出るようになったな)
初めて出会ったときは、まるで感情を知らない人形のようだったのに。
今は、泣いているのが――こんなに人間らしい表情を見せている。それが、ただ嬉しかった。
(……とはいえ、この空気、いつまで続くんだ)
困り果てていると、ドアが開いて水桶を抱えたヨアが入ってきた。その後ろからにやにやしているアッシュが顔をのぞかせる。
「そりゃ三日も寝てたら心配するっしょ。なあ、ヨア」
「それはそうだけど、これ……なんとかしてくれよ」
「“これ”とはなんなのよ!」
俺の言葉に反応して、ティアナが顔を上げ、いつもみたいにぷりぷりと怒る。
それを見て、アッシュはおかしそうに笑った。
「そんなに泣いてると、顔がぶちゃいくになるぞ」
「はあ? 泣いてても私は可愛いわよ!」
「何その自信!」
二人のやり取りに、エイラが思わず吹き出す。
「ふふ……」
ティアナがジト目を向け、エイラに詰め寄る。
「エイラ、何笑ってるのよ」
「だって、さっきまで泣いてたのに、もう怒ってるんだもの」
「それはアッシュが悪いの! ねえ、エイラ。私はどんな時も可愛いわよね?」
「うん。ティアナはどんな時も可愛いよ」
「でしょ」
「うわぁ、エイラちゃん無理に言わなくていいからね」
「ちょっと〜っ!」
友達のようにわいわいと騒ぐ声が、部屋の空気を柔らかくする。その様子を驚きながらも、微笑ましくて見ていると、その少し離れた場所で水桶を置いたヨアと目が合う。俺を見るヨアの瞳は、まだ心配をしていた。
今朝、目覚めた時、俺が最初に見たのも、ヨアだった。
ヨアは窓辺に立っていて、柔らかな朝の光に照らされていた。俺がヨアを呼ぶと、彼は振り向いた瞬間――顔を歪め、声もなく涙を流した。
その姿を見たとき、俺の胸を満たしたのは、安堵よりも罪悪感だった。起きて最初に出た言葉は――「ごめん」だった。
「……三日も寝ていたんだよ」
ヨアは困ったような顔をしていたが、声は穏やかだった。けれど、その奥に静かな怒りが滲んでいるのがわかる。長い付き合いだから、そういう時の声の震えを知っていた。
「三日……? 嘘だろ。……みんなは、無事なのか?」
思わず身を起こすと、ヨアは小さくため息をつき、呆れたように肩を落とした。
「全員、無事だよ……」
そこで一瞬、言葉が途切れた。何かを言いかけて、彼は視線を伏せる。他にも言いたいことはあったんだろう。その優しさに胸の奥が締め付けられた。ヨアには悪いと思いながらも、俺は小さく息を吐いた。みんな無事――その安堵が、静かに身体を満たしていく。
「ヨア、本当に……ごめん。それから……ありがとう」
「……ああ。生きててよかった」
そう答えた彼は、俺の頭をそっと撫で、疲れた笑みを浮かべた。目の下には濃い隈が刻まれている。寝ずに俺を看病してくれていたのだろう。 その温もりに、心の底から救われる。この兄に、俺はいつまで経っても頭が上がらない。
三日も眠っていたと聞かされて驚いたが、身体は少しだるい程度で、特に異常はなかった。
寝ているあいだ、エイラの世話はティアナがしてくれていたらしい。彼女の気さくな性格に助けられてか、エイラも人の輪に溶け込み始めていると聞くと嬉しかった。
二人は泣くだけ泣いて、「お腹が空いた」と言って食堂へ行ってしまう。部屋には、俺とヨア、アッシュだけが残された。さっきまでの賑やかさが嘘のように、静かな部屋になる。
俺とヨアとの間に流れる空気を知ってか、アッシュが気まずそうに口を開いた。
「でもさ……よくあの攻撃から助かったよな。正直、もう駄目かと思ったよ」
「ああ……俺も駄目だとおもった。でも、なぜかネザレアが急に止まったんだ」
俺が言うと、アッシュも頷く。
「だよな。あの瞬間に起きたことといえば……エイラちゃんが叫んだぐらいだよな。まさか言うことを聞いたとかないよな」
冗談ぽく言うアッシュだったが、ヨアはそれを肯定した。
「……それだ」
ヨアの声が低く響いて、俺は思わず眉をひそめる。
「それって……どういう意味だよ」
「エイラの言うことを聞いたのかも……あの化け物が止まったのは、彼女に何かあるからかもしれないな」
「そんな言い方、ないだろう!」
気がつけば声を荒らげていた。ヨアの言葉は普通の状況分析だ。でも、エイラがまるで”危険な存在”のように聞こえて……胸がざわめく。「お、おいおい!」アッシュが慌てて間に入る。
「ヨアは可能性を口にしたんだ。エイラちゃんを悪く言っているわけじゃないよ」
「……」
唇を噛む。エイラを連れてきたのは俺だ。守ると決めたのも俺。結局、危険にさらした。ヨアに八つ当たりしてるだけだって、わかってる。
黙っていると、ヨアが謝ってきた。こういうときはいつも先に折れてくれる。
「……ごめん。考えなしに言った」
「こっちこそ熱くなった……ごめん」
互いに息をつき、短い沈黙が落ちる。変な空気の中で、アッシュが無理やり明るさを取り戻すように口を開いた。
「そ、それよりさ。最後のカイの技、なんだったんだ? 俺、見たことないぞ」
「俺もわかんないんだ。剣がいきなり光り出して……動けなかった身体が急に軽くなって。気づいたら身体が勝手に動いていたんだ」
「ははっ、そんなの聞いたことねぇよ。でもな、お前が倒れた後――違う意味ですげぇ光景だったんだぞ。なあ、ヨア」
「……ああ。言葉にするのは難しいが……」
ヨアの言葉を遮るように、ばん! と勢いよくドアが開き飛び込んできたのは、荒い息使いのセルジオだった。
「カイ! 目を覚ましたって聞いたぞ!」
「……セルジオさん?」
その勢いに目を丸くするが、呼び捨てにされたことにさらに驚いた。そんなことはお構いなく、セルジオは話をする。
「そんな他人行儀じゃなく、セルジオでいいよ。俺もカイって呼ぶから」
目の前にいるのは、数日前の食堂で冷たい視線を見せた人が、別人のようにまっすぐな笑みをこちらに向けていた。戸惑って二人に助けを求める視線を送るが、アッシュもヨアも苦笑いを返すだけだった。
「それにしても、オーラを使えるなんて大したもんだな。最後の一撃も……見惚れたよ」
「……ありがとうございます」
「年も近いんだ。敬語はやめよう」
「え、あ……はい」
ぐいぐいと距離を詰めてくるセルジオに押され、言葉を選ぶ余裕もない。気持ちがついていかない中、彼は急に真剣な顔をして、唐突に切り出した。
「なあ、カイ。聖堂騎士団に入る気はないか?カイの実力だったら俺が推薦状を書くよ」
「……えっ?」
突拍子もない言葉に、頭が追いつかない。だが、向けられた視線は真っ直ぐで、数日前まで一緒にいた彼とは違い、なぜか好奇心に満ちている。その勢いに困っていると、
「おい、セルジオ。いきなりすぎるだろ」
低い声が割って入り、ドアの方に目を向けるとダリオが立っていた。
「すまないな、カイ。食堂でティアナから君が目を覚ましたと聞いてね。すぐ来たんだ」
安堵をにじませた声で言いながら、彼はふっと笑った。
「遅いですよ、副隊長。カイの実力を目の前で見せられて、勧誘しない手はないでしょう?」
「まったく……君は本当に突っ走る」
ダリオは肩を諌めると、困ったように眉を下げた。
「……でもな、気持ちはわかる。セルジオだけじゃない。私も――君の力を見た以上、見過ごせない」
「いや、その……あれは俺にもよく分からなくて……」
言葉が喉につかえた。ダリオは軽く笑い、肩をすくめる。だが、次の瞬間、その目の奥に笑みは消えていた。 真剣な視線が、まっすぐに俺を射抜く。空気が変わるのがわかった。背筋が自然とこわばる。あまり良くないことを言われる――その予感は的中する。
「カイ、君たちを……教会に招待する」
その声音は、先ほどまでの柔らかさをどこかに置き去りにしたようだった。




