第六話 闇
虚無の教団――虚無神ネブラを生き返らせることを目的とした秘密教団。かつて光の信仰に敗れ、歴史の闇に葬られた存在だが、今も密かに活動を続けている。それはこの大陸で、誰もが知る「常識」だった。
ヨアは少し驚いた表情をして、ダリオに聞く。
「でも……そんな武力組織ではなかったはずです」
「そう、昔は無害な教団に過ぎなかった。しかし数十年前――教団に「総導師」と呼ばれる存在が現れたんだ。そして、その頃から教会が牙を向き始めた」
世間でそんな事が起こっていたなんて知らなかった。俺は思わず言葉が漏れる。
「……初耳です」
「教会が必死に隠してたからな。……でもそれも最近は厳しくなってきた。奴らの活動が活発になって、民にも被害が出始めたんだ」
「それは……どうしてなんです?」
「それは教団側に力が集まって来たんだよ。カイは教会の五人の守護者がいる組織は知っているか?」
「はい。聖王に使える組織〈ヘリオス・シンク〉ですよね」
ダリオは満足そうに頷いて、話しを続けた。
「そう。あの方たちはとても強い。〈ヘリオス・シンク〉があるから今の平和は守られていると言っても過言ではない。でも、彼らの力と同等が敵に回れば……どうなるかわかるか?」
「……戦がおきる」
自然に頭に浮かんだ言葉を口にだすと、周りの空気が固まった気がした。
「そうだ。最近彼らにも五人の守護者をつくり、組織ができた。名を〈ネザリオン〉。組織が完成したことで、今まで小競り合いですんでいたことが、いつ大きな争いに発展してもおかしくない状態になっている」
「なるほど……でもまだ大きな戦いはないですよね」
(流石に戦になれば、俺でもわかる)
「ああ、そうならない為に、俺たちは極秘に任務を行なっているんだよ」
黙って聞いていたヨアが突然話に入ってきた。その瞳は鋭くダリオを睨んでいる。
「そこまで話して……俺たちは大丈夫なんですか?」
「……ああ、すまない。気をつけよう」
二人の間にだけ通じるようなやり取りをする。空気が重い。俺たちの誰かが、その話を外に漏らすわけもないのに、ヨアは気にしすぎだと思う。ダリオが信頼して話してくれているのかも知れないのにと思うと、ため息がでた。
その後ろでリゼットは険しい顔でこちらを強く見ていた。彼女もダリオの独断に苛立っているのかもしれない。
そのとき、不意に首筋の後ろがチリ、と焼けるように熱を帯びた。剣の柄を持ち、反射的に周りを見渡す。何か見られていたような気がする。
(……何も変わりはない。気のせいか?)
そんな疑問が脳裏をかすめた瞬間――ティアナの叫びが鋭く響いた。
「エイラ!!どうしたの!?」
振り向けば、エイラが震えながらしゃがみ込み、ティアナに支えられていた。慌てて駆け寄ると、彼女は頭を抱え、小さく繰り返し呟いていた。
「……くる……闇が、くる……」
その様子に驚きながらも声をかける。なにか思い出しているのかもしれない。
「エイラ!エイラ、大丈夫か?何か思い出したのか?」
何も答えないエイラに手を伸ばそうとした瞬間、背中に氷の爪でなぞられたような感覚が走る。次の瞬間には、全員が反射的に武器を構えた。
その緊迫した空気の中、何もわからないリゼットが戸惑って声を上げる。
「何?何が起こったの――」
「リゼット、黙れ!」
ダリオの鋭い一喝に、彼女は息を呑み、押し黙った。
音が消える――静寂の中で空気だけがざわめいている。
感じるのは、肌の表面を針で突かれているような圧。
(……なんだ?この気配は……)
視界の端に、黒い霧が滲み出すように広がり始めた。
ヨアの方を見ると、彼は顔を強ばかせながら首を静かに横に振った。その瞳は、きっと俺と同じことを思っている。
(今動けば――死ぬ)
誰も動けない。動かない。呼吸さえも抑える。
空気がわずかに揺れた、その刹那――
霧を裂き、漆黒の鎧をまとった騎士が姿を現した。
ただ立っているだけなのに、空間ごと圧し潰されるような重みが襲いかかる。誰もが息を飲んだ。
背後で、セルジオの喉からかすれた声が漏れる。
「……漆黒の騎士…」
その名が空気を震わせた瞬間――ガキィンッ!
火花と共に剣と剣が噛み合った。
俺の全身を撃ち抜くような衝撃が走る。
「……えっ」
後ろでセルジオが戸惑いの声を上げる。
俺は咄嗟に彼を庇い、迫りきた黒い刃を受け止めていた。
(……間に合った)
あの一撃は確実にセルジオの首を狙っていた。
重い刃を押し返した直後、黒い霧の奥から、嬉しそうな男の声が響く。
「へえ……これ止めちゃうんだ。すごいねぇ」
異様に軽やかに響く声と同時に、霧がゆっくりと薄れ月が見え始める。漆黒の騎士が後方に飛び、その背後から黒いフードを被った男が現れた。
「こんにちは……いや、夜だからこんばんは、かな」
男は片手をひらひらとあげて挨拶し、ゆっくりとフードを外す。そこには、月光に照らされた銀灰色の髪が揺れ、整った顔立ちをしている男が微笑んでいた。
その美しい顔は、優しそうに見えるが瞳は深い漆黒に近く、本当の感情が読めないくらい整っていた。男は見た目とは違い、まとわりつく印象は、深淵を覗くような恐怖を孕んでいた。少し飄々とした喋り方が、あやしさを倍にしている。
誰もが警戒をとかず口をつぐむ中、最初に言葉を発したのはダリオだった。
「誰だ!」
ダリオの声は鋭いが、わずかに震えていた。
「初めまして。私はアケラス。こちらはラウエル。あっそうだ……彼は「漆黒の騎士」と言った方が早いかな」
彼は自己紹介をして、くすくすと笑い出した。場に合わない笑い声だけが広場に響く。
「ふふ、そんなに怖い顔をしないでくれよ。ただ、私は”雫”をもらいに来たんだ」
(”雫”……?)
警戒しながら初めて聞く言葉を疑問に思っていると、ダリオが険しい顔で口を開いた。
「……断ったら?」
「もう関係ないかな。ここにあるし」
アケラスが手を掲げると、そこにリゼットのポーチが載っていた。みんなが息を飲んだ。彼はなにも動いてはいないから。慌てて腰に手をやるリゼットが絶句する。
「えっ!?なんで……!」
「驚くことでもないよ、お嬢さん。じゃあね」
アケラスはあっさりと会話を切り上げ、用はすんだとばかり背を向ける。――その瞬間、空気が裂けた。
ガンッ!
再び漆黒の騎士が迫り、俺は全身に痺れるほどの衝撃を剣から受ける。
(くそっ……受けるだけしかできない)
その音に去りかけたアケラスが、面白そうに振り返る。
「……それも、止めるんだ。凄いね、きみ。でも次は無理かな。……戻っていいよ」
嬉しそうに漆黒の騎士に命令をすると、剣をしまいアケラスの隣に戻った。
俺の腕は痺れ、力が抜けかけている。悔しいが、アケラスの言うとおり次は無理だった。
「面白いものが見れたから、今日は殺さないであげる」
気まぐれに、俺たちの生死を決める。悔しいがこの場を支配しているのはアケラスだった。
彼は微笑み手のひらをかざすと、目の前の地面に赤い魔法陣が浮かび上がり、光りだす。
「でもこのまま去るのも味気ないから、お土産を置いていくよ。でも、もしかしたら死んじゃうかも知れないけど、頑張って。……じゃああとは、楽しんでね」
そう言い残し、漆黒の騎士と共に霧の中に去っていく。
残されたのは、魔法陣から現れる大きな影。
(楽しんでか……ふざけんな)
姿が見えると、みんな武器を構え直して息をのむ。
影は人の倍程の大きさで、無数の目がぎょろりとこちらを見ている。
それは――滅多に姿を現さぬ上級虚獣「ネザレア」だった。




