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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第四話 決意

 急に現れた正体不明な少女と森の道を並んで歩いている。正確には少し後ろを歩かせていた。ちらりと斜め後ろを盗み見る。


 名前しか覚えていないエイラと言う少女は、現実のものとは思えない。――あの光りとともに現れたこと、記憶がないこと、そしてこの静かな森の中で、まるで夢の中のように歩く姿。


(人間……だよな?)


 何より彼女は、綺麗だった。整った顔立ちに、どこか儚げな雰囲気がある。それが余計に俺を緊張させる。ぱちっと目が合い、慌てて前を向き直した。

 確信はできない。もし魔物だったらどうしようかと思うが……けれど、それでも――この子を放っておくことはできない。考えても答えがでない。


(……まあ、なんとかなるか)


 二人の間に気まずい沈黙が続く。町までは、まだ少しかかる。俺は耐えきれずに、エイラに喋りかけた。


「君は、どこからきたの?」


 エイラは一瞬戸惑った顔をして、首を横に振る。


「……わかんない」

「あ……そっか。名前以外、覚えていないんだったよな」


 エイラはすまなそうに立ち止まり、うつむいた。


「ごめんなさい……」


 その様子に俺も慌てて立ち止まり、彼女の顔を覗き込む。


「謝らなくていいよ。そんなつもりで言ったわけじゃないからさ」


 エイラははっとしたように目を見開き、一歩、後ずさった。


「ごめん。驚かせた?」


 エイラは両手を前に出して、ぶんぶんと振った。


「だ、大丈夫です」


 大丈夫そうには見えないが、これ以上言葉を重ねては、かえって萎縮させてしまいそうだ。

 また沈黙になる前に、なんとか言葉をかける。


「……そう、なら、行こうか」

「……はい」


 俺たちは再び歩き出した。

 だが、森にはまた静寂が戻った。風の音、草のざわめき、遠くで鳥が鳴く。そのすべてが、気まずい沈黙をより際立たせていた。


 俺は、小さくため息をつき、夜空を見上げる。木々の隙間から、白い月が顔を覗いていた。


(記憶を失ったことなんて、俺にはない……)


 もし俺がエイラの立場だったら、と考えると、それは底の見えない孤独だろう。一人きりで耐えるなんて、想像するだけで胸がざわつく。

 

(何かエイラの為にできないだろうか……父さんならきっとどうにかするんだろうな)


 父は村の守り人だった。村の誰かが困っていれば、必ず手を差し伸べた。いや、村人でも、通りすがりの旅人でも――相手が誰でも、笑顔で助ける。そんな父を尊敬して、俺は大好きだった。


「……なあ、エイラ。もし君さえよければ……記憶を取り戻すの、手伝ってやろうか?」


 言った瞬間、自分でも驚いた。考えるより口から漏れる。静かな森に、その言葉がやけに響いた。


(何言ってんだ、俺……)


取り消そうかと迷った、その時――


「……ありがとうございます」


 柔らかな声が返ってきた。振り返ると、月明かりの下でエイラが微笑んでいた。

 ずっと不安げにうつむいていた彼女が、初めてまっすぐ俺に目を合わせ笑っているのを見て、時が止まったように感じた。


 ふと父が言った言葉を思い出す。

 そんなにもなぜ困っている人を助けるのか、一度聞いた事があった。その時父は、いつもの笑顔で答えた。


『あはは、そんな大した理由はないぞ。一つあげるなら助けた人の笑顔を見たいからかな』


 エイラとは会ってからの時間はまだ短いはずなのに、その笑顔が胸の奥を温めていく。

 それと同時に父のあの言葉がなんとなくわかったような気がした。


「お、おう。……まかせとけよ」


 急に照れくさくなって、声がどもってしまう。

 再びエイラに視線を戻す。不安を抱えながらも嬉しそうに笑うその顔を見た。


 ――俺は、決めた。

 エイラは、俺が面倒をみる。


「俺はカイ。よろしくな、エイラ」

「……カイさん」

「カイでいいよ」

「はい……よろしくお願いします、カイ」

「あと、敬語じゃなくていいよ」

「は…うん、よろしく、カイ」


 その後また沈黙になったけど、今度は嫌じゃなかった。


 森を抜け町に入ると、石畳の道を進み、町の中心に向かう。まだ夜は浅いので、町は明るく人々の声で賑わっていた。エイラを見ると、きょろきょろして、落ち着きがない。初めて見るみたいで、不安と驚きが混じっていた。


 宿屋が見えてきた頃、建物の方からティアナとアッシュが心配そうな顔をして駆けてきた。申し訳なさが胸に広がって、俺は苦笑いする。

 そんな俺を勘違いしてか、いつも元気なティアナも気を使っているようだった。


「あの、ね。カイ……その、気にするなって言っても、無理かもだけど……その、ね……とにかく元気出して!」


 何か言おうとして言えず、最後はガッツポーズで誤魔化した。それを見て返す言葉に困っていると、隣にいたアッシュが、額に手を当てて首を振る。


「……お前、それ、全然慰めにもなってないぞ。やっぱバカ」

「バカとは何よ!じゃああんたやってみなさいよ!」


 目の前でいつもの喧嘩が始まる。でも、その声の裏には、心配の色が滲んでいた。それがとても嬉しく、感謝を伝えたくなった。


「ごめん。心配かけた。……もう、大丈夫だ。ありがとな」


 二人の喧嘩がぴたりと止まり、こっちをゆっくりと振り返る。その様子に自然と笑みがこぼれた。それを見て、二人も嬉しそうに笑う。

 そこへ、ヨアが現れた。彼の視線は、まっすぐ俺の背後にいる人物――エイラへ向けられていた。


「誰だい?その子は?」


 ヨアの言葉に、最初に反応したのはアッシュだった。


「なに……うわぁ、すっげーかわいい子。」


 ティアナも続く。


「ほんと、かわいいー。カイ、誰その子?」

「ああ。紹介するよ。彼女はエイラ。名前以外の記憶がないんだ」

「えっ?記憶喪失なの?大丈夫?」


 彼らの勢いに圧倒されたのか、エイラは緊張した面持ちで俺の背に隠れていた。でもティアナの優しい声に、そっと頷いた。ティアナが心配そうに近寄ると、アッシュも興味津々に尋ねてきた。


「どこで出会ったんだよ、こんな可愛い子」


 俺は手振りを交えながら話し出す。


「いや、遺跡の裏の湖に行ったら、湖からたくさんの光が出てきて……その光が集まってきて眩しすぎて目をつぶって開けたら、突然エイラがいたんだ」

「……相変わらず、カイの話はわかんねえ。なあ、ヨア」

「でも、カイは目をつぶっていたんじゃ、詳しいことはわからないんじゃないの」


 ティアナとアッシュが笑っている横でヨアだけが、一切表情を変えなかった。顔が怖いほど固まっているヨアを目の前にして、よけい言いにくくなった。でも、そうも言ってられないので、ヨアの前にでる。


「あのな……ヨア」

「なんだ?」


 声が硬い。何か怒っているような気がする。


「お、俺、記憶が戻るまで、彼女の面倒を見ようと思ってるんだ!」

「ええ!?」「うそでしょ?」


 先にアッシュとティアナが声を揃えて叫ぶ。

 ヨアは顔を一段と強張らせ、黙ったあと短く言った。


「……カイ、ちょっと、こっちに来て」

「……ああ……ティアナ、悪いけどエイラを頼む」

「うん、わかった。まかせて」


 ヨアが建物の路地へ入っていく。その背中が、なぜか妙に怖かった。俺は黙ってその後をついていく。流れる空気に耐えられず、俺から声をかけた。


「なんだよ、ヨア。こんなところで」


 振り向いたヨアは、真剣な顔をしていた。勝手に面倒を見ると言ったのはいけなかっただろうか。でも、俺の気持ちは変わらない。


「面倒を見るなんて、本気で言っているのか?突然現れたなんてあやしすぎる」

「ああ、俺も始めは警戒してた。でも俺はもう決めたんだ!」

「人一人見るなんて、簡単なことじゃない。それに彼女はまだ人なのかもわからないじゃないか」

「わかっている!俺だって考えた。考えた結果……俺はエイラが何者でも放っておけない。それに、父さんならそうすると思うんだ」

「カイ……」


 ヨアの一瞬顔が歪んだ。父がいなくなった後、必要以上に俺を守ろうとしてくるヨアに気づいていた。それは嬉しいけど、時々、重くもある。そろそろお互い兄弟離れをしてもいいんじゃないかとも思うが、それはそれで寂しくてできない。まだヨアはそばにいてほしい。

 

(だから、ヨアに俺の意思を認めてもらうんだ)


「俺は俺の意思でエイラを助けることにしたんだ……だからさあ、ヨア。迷惑かもしれないけど、しばらく様子見てよ。俺だってできるんだ。父さんみたいに」


 俺の真剣な訴えにヨアは目を見開いた後、諦めたように苦笑いした。


「そうか。反対しても無駄みたいだな。……しょうがない。ああ、わかったよ」

「ありがとう。ヨア」

 

 ヨアの言葉に安心したその瞬間、地面がかすかに震えた。

 すぐに地鳴りのような音が、足元を這うように伝わってくる――。



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