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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第三話 月の下の少女

 宿に入ると、リゼットは自分の部屋へ向かい、ダリオとセルジオは俺たちと一緒に町の食堂で食事を取ることになった。


 席に着くと、ダリオの気さくな性格がすぐに場を和ませる。聖王騎士団第四部隊の副団長という肩書からは想像できないほど、冗談を交えながら話す彼に、俺たちも自然と打ち解けた。

 一方、セルジオは終始無言で、黙々と食事を口に運んでいる。若い騎士らしい鋭い目つきと整った顔立ちだが、どこか棘がある空気をまとっていて、話しかけづらい。


 話題が進み、俺は騎士団の試験に落ちた話をダリオに打ち明ける。次の試験のアドバイスがもらえたらいいな、という軽い気持ちだった。

 だが、その瞬間、セルジオが鼻で笑うように声を漏らした。


「へぇ、三回も落ちて、まだ諦めないのか……根性だけはあるんだな」


 声色は柔らかいが、皮肉の刃は鋭く、その場の空気が一瞬で冷えた。みんなの食事の手が止まる。


「セルジオ、そういう言い方はやめろ」


 ダリオが低くたしなめると、セルジオは悪びれる様子もなく話を続ける。


「いや、純粋に感心しているんですよ。ただ……可哀想だな、と思って」


 その言葉には薄っすらとした嘲りが混じっていた。俺の中に、苛立ちが湧き上がってくる。少し声が震えそうになるのを押さえながら聞き返す。


「何が、可哀想なんだ?」


 セルジオは、まるで待ってましたとばかりに口角をわずかに上げた。


「ああ……気づいてないんだ。本気で。そっか」

「セルジオ!!」


 ダリオが声を荒げるが、セルジオは止まらない。わざとらしく肩をすくめながら、残酷な事実を口にした。


「ダリオさん言ってあげないと可哀想じゃないですか。そんな夢見て」

「やめろ、セルジオ」

「聖堂騎士団は、実力だけじゃ受からないって」


 その言い方に引っかかり、セルジオに尋ねる。


「……他に何か必要なのか?」

「そんなの決まっているだろ。由緒ある家の出か、貴族からの推薦状。それが最低条件なんだよ」

「推薦状……」


 その言葉の意味を理解するまで時間がかかった。でも容赦なくセルジオは追い詰めてくる。


「だから、個人で受ける平民は、最初から落ちると決まっている。試験なんて、形だけ。三回も受けて……気づけなかったのか?」


 その瞬間、完全に俺の思考が止まった。音が遠のき、周囲の会話が霞んでいくような感覚。信じたくなくて、ダリオの方を見やると、彼はただ無言で目を伏せていた。それが肯定を物語っていた。


(嘘だろ……俺の夢は始めっから無理だったなんて……)


 目の前が暗くなる。長い年月頑張ってきた夢は、一瞬で儚く消えてなくなった。膝に置いた拳に力が入る。心臓の音がでかくて、周りの音が聞こえない。ぐるぐると自分自身が回っているみたいだ。


 ばん!いきなりアッシュが机を叩いて怒鳴った。


「お前何!?何様なの?こいつが一生懸命してることを、けなして楽しい?」

「はあ?お前こそなんだよ。俺は親切心で教えているんだろうが」


 アッシュが俺の代わりに怒っている。


「親切心?言い方があるだろ!それともカイにビビってるのか?」

「は?……何が言いたい?」


 少し苛立ちだしたセルジオに、ティアナもくってかかった。


「弱いやつほどよく吠えるって言うもんね。あんたなんてね、カイの足元にも及ばないんだから」

「だからさっきからお前らなんなんだ?こいつが俺より強いっていうのかよ?笑わせるな」


 今度はヨアがセルジオを鋭い視線で睨み、低い声で言った。


「カイはお前より強いよ」


 セルジオの肩が揺れたような気がした。

 みんなが俺を庇ってくれている……沈んだ気持ちがちょっとだけ軽くなる。

 居心地が悪くなったセルジオは俺を睨みつけた。


「こいつが俺より強いなんてありえねえ」


 言葉を崩したセルジオはそう言い、席を勢いよく立つ。


「四回目、無駄になんなくて良かったな」


 捨て台詞のように吐いて部屋に戻っていくセルジオの後ろから、アッシュとティアナは煽るようなポーズをして、ヨアは静かにお茶を飲んでいる。俺はそれを唖然として見ていた。

 

(自分より怒っている人を見ると、怒れないってほんとなんだな)


 そんなことを思っていると、ダリオがいきなり立ち上がり頭を下げた。


「……すまない。うちの若いのが、無神経なことを言った」


 その声には、申し訳なさと、どこか諦めにも似た疲労が滲んでいた。この人は本当にいい人なんだと思う。


「ダリオさんのせいじゃないですから、それに教えてもらわなきゃ、たぶん4回目も受けてただろうし…………ごめん、少し外に出てくる」


 俺は喉の詰まりを感じながらもなんとか声を絞り出すが、心の整理がつかず上手く言葉が出せなかった。心配そうなみんなを背にして、外に続く扉に向かって歩き出した。

 扉を開け、夜の空気の中に足を踏み出す。空には、雲一つない夜空に、大きな丸い月が静かに浮かんでいた。




 月の光に押されるように歩いて着いた先は、ミレナ・アクアの裏庭だった。

 ここは満月の夜、湖になる不思議な場所。水面の中央には小さな島があり、今はそこへと続く細い道が、光に照らされて浮かび上がっている。


「……きれいだな」


 俺は足を進めた。湖面は静かに揺れながら、月の光を受けてきらきらと輝いている。導かれるように島へ向かい、中央にある岩に腰を下ろした。

 ゆっくりと息を吐く。この美しい風景を見て、心のざわつきがいくらか和らいだ。

 

 持っていた剣を膝の上に置き、鞘を抜く。光が銀の刃に反射し、そこにぼんやりと映る自分の顔があった。


(少しは似てきたかな?)

「……父さん」


 懐かしい名を呼ぶと、あの頃の記憶が胸に蘇る。


『俺はせいどうきしになる!』


 五歳の俺は、父に憧れて剣を習い始めた頃だった。

 きっかけは、偶然見つけた若い父の聖堂騎士団の制服を着ている写真。


 写真を見た瞬間――夢は決まった。


 今は、俺が生まれる前に騎士団を辞めて、アシュード村へ移り住み、村の守り役として人々を助けていた。そんな父もかっこいいが、制服を着ている父は、子供心にもっとかっこよく思えた。


『んーそんなになりたいのか?』


 少し困った顔をしている父を尻目に俺は力強く答える。


『うん。父さんと同じせいどうきしになるんだ!』

『そんなになりたいんじゃ止めないが……しかしなぁ』

『なれたらそのかっこいい剣をちょうだいね!』

『このヴァレンをか?』


 父は腰にかけてある剣に手をおいた。俺は首をかしげて聞き返す。


『ゔぁれん?』

『ああ、先祖代々伝わる名剣の名前だ。すごいだろ』

『うん。すごい剣なんだね!俺がんばるよ!』

『……いや、息子よ。まだやるとは言っていないぞ』

『父さんみたいな聖堂騎士団になるぞー!ゔぁれんをもらうぞーー!』


 拳を作り両手を上げ誓いを立てている俺を、父は苦笑いし俺の頭を撫でる。その表情は一瞬悲しそうに見えた気がしたが、すぐにいつもの太陽みたいな笑顔に戻った。


『そうか。なら強くなれ。そしたらヴァレンをやろう』


 そうしてその剣は、今こうして手元にある。父が行方不明になって、捜索に向かってくれたのは父の友人だった。彼は現場にあった唯一の物として、ヴァレンを持ち帰ってきた。


(頑張っても、無理だったんだ……俺は騎士団には入れない……父さんは知っていたのかな)


 幼い頃から剣を握りしめ、父の背中を追った日々は、無駄だったのか。胸が締め付けられ、目に熱いものが込み上げてくる。


「約束くらい、守りたかったな……」


 ぽつりと呟いたその言葉に、涙が頬を伝って、静かに剣に落ちた。


 次の瞬間、刃が淡く光を放ち始める。月の光とは異なる、温もりを宿した輝きが静かに脈打っていた。それに共鳴するように湖の水面が揺れ、そこから無数の小さな光の粒がふわりと浮かびあがった。光の粒はまるで剣に導かれるように、島の中心に集まりだす。粒たちは集まり光の球体になった。


 目の前の球体が一瞬強く輝いたのを見て、思わず目を閉じる。

 やがてまぶしさが収まり、ゆっくりと目を開けた。

 

 そこには――銀髪の少女が横たわっていた。


 見た所同じ歳くらいの女の子。やがて、その瞼がゆっくりと開くと、薄紫の瞳と目があった。俺は一瞬この幻想的な光景から現れた 少女に見惚れていた。はっとして、俺は息を呑み、剣を持ち替え警戒をしていると、彼女が口を開いた。


「……誰?」

 

 俺は剣に手をかけたまま、じっと様子をうかがう。

 彼女は体を起こし、きょろきょろと辺りを見回した。


「ここは……どこ?」


 澄んだ鈴のような声が、湖面に優しく響く。

 警戒はしつつも、不安そうな彼女に声をかけずにはいられなかった。


「ここは、ミレナ・アクア遺跡だよ。君は……誰?」

「……私は、エイラ……」

「……なんで、急に現れたんだ?」

「え……?」

「目の前に、いきなり……まるで光から現れたみたいにさ」


 彼女は困惑したように、俺を見つめる。その表情は、まるで、俺のほうがおかしなことを言っているかといいたげだった。


「……わたし……何も思い出せない……」


 弱々しい声。怯えたような瞳が俺に向けられる。それを見た瞬間、俺の警戒は少しずつほどけていき、静かに剣から手を離した。俺は明らかに怪しい人物のはずなのに、彼女を心配している。困ったように頭をかいてもう一度、質問をする。


「……自分の名前しかわからないの?」


 彼女は黙って、こくんと頷いた。でも、どうすればいいのかーー何も思い浮かばない。


(困ったな……仕方ない。帰って、みんなに相談しよう)

「とりあえず安全なところまで連れて行くよ。立てるかい?」

「うん」


 エイラが立ったのを見て、俺は歩き出した。しばらくすると後ろから小さな足音が聞こえる。

 月の光に照らされながら、二人は森を抜けていく。



――何も知らないまま。

 すべてが動き出していく、その始まりだった。




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