第二十三話 目的の場所
カイ視点です。
チャッカ村・ゼルの目的地に到着し、町が見える丘の上でお別れの時を迎えた。
馬車を降りて少し歩いてからゼルと向かい合うと、すごく寂しい気持ちがこみ上げてくる。
(また会えるかな)
それはみんなが思っていることかもしれない。アッシュは途中からすごく懐いていたから、強がっているが、一番悲しそうに見える。誰もが寂しそうだった。冒険者は、いつ死ぬかわからない。今度会える確証はどこにもなかった。
でも、俺たちは先を急がないといけない。
「ゼルさん、今までありがとうございました」
深々と頭を下げると、ゼルは目を細めて笑った。
「いやいや、こちらこそお世話になったよ。いい旅をありがとう」
俺の方こそ道中ずっと世話になりっぱなしだったのに、ゼルは嬉しそうに感謝の言葉を口にする。いろんなことを教えてもらって、本当に出会えてよかった。この人に教えを受けて正解だった。最後にずっと聞きたかったことを、思い切って聞いてみる。
「あ、あの……俺はゼルさんの弟子でいいんですか?」
ゼルは驚いたように目を開けたので、不安になりもう一度聞いた。
「駄目ですか?」
「いや、すまない。もうとっくに弟子だと思っていたから、まさか聞かれるとは思わなかったよ」
笑みを浮かべて、それが当たり前のように嬉しいことを言ってくれた。そのことに、じんわりと心が熱くなる。俺はずっと言いたかったことを、勢いで聞くことにした。
「じゃあ、師匠と呼んでもいいですか?」
「ああ。……でも普段は名前の方がいいかな。その方が嬉しい」
大きな手が俺の頭を優しく撫でた。
「はい、わかりました。ゼル師匠!」
「そういう意味じゃないんだけどな。はは」
ゼルが俺の返事に苦笑いするのを見て、みんなつられて笑い出す。その様子を眺めていたゼルが満足気に頷くと、荷物を肩にかけた。
「じゃあ、いくよ。みんな元気でな」
笑っていたみんなも、名残惜しそうにゼルを見ている。ゼルは苦笑いをしてから、嬉しそうに一人一人の頭を撫で声をかけた。みんな泣きそうになるのをこらえている。いつの間にかゼルは、”保護者みたいな存在”になっていたことを実感する。
みんなの頭を撫で終わると、穏やかな声で挨拶をした。
「みんなありがとう。また会おう」
最後に俺をまっすぐ見て、笑みを向けた。
「カイ。みんなのこと、頼むぞ」
「はい。ゼル師匠。また会ったとき稽古お願いします」
「ああ、次はもっと強くなっているだろうな。楽しみにしているよ」
「はい!」
力強く返事をすると、ゼルは深く頷き、「じゃあな」と言って背を向けて村の方へと歩き出す。その背中が陽の光に溶けていくのを、俺たちは見送った。
ゼルの背中が少し離れると、ヨアがみんなに声をかけた。
「ほら、みんな乗って。日が沈む前にロアム村にいくよ」
「ぐす。わかってるわよ。ほんとヨアって情緒ないわよね……」
ティアナが愚痴りながらも馬車に歩いていき乗り込んだ。それにアッシュも続く。
「ほんと。薄情な男だよ」
「はいはい。早く乗ってね」
二人ともヨアの悪口を言って、馬車に入っていく。俺も乗り込もうとした時、エイラがまだ外にいることに気がついた。振り返ると彼女は、まだゼルを見続けている。
「エイラ、行くよ」
「あ……うん……」
俺の声にエイラは一瞬こっちを見て返事をするが、また村の方を見て動こうとしない。俺はエイラの隣に歩いていき顔を覗き込む。彼女の瞳は涙を堪えていて、目が合うと慌てて手で拭った。
「あ、カイ……ごめんね。すぐ乗るから」
エイラはそう言いながら、最後にもう一度村のほうに目を向けた。俺もそちらに目を向ける。ゼルはもう見えなかったが、彼と過ごした日々が脳裏に浮かんだ。
(ゼルさんと出会えてよかった。俺もっと強くなるよ)
自分に言い聞かすように、エイラに言葉を伝える。
「エイラ、また会えるよ」
「うん。そうだね」
(だから……何としても生きて帰る)
「おーい、早くいこうぜ」
アッシュが馬車の方から叫んだのを、二人同時に振り返る。そこには窓から顔を出しているアッシュとティアナ。ドアのところでヨアが俺たちを待っていた。
俺とエイラは、目を合わせ笑みを浮かべると、馬車へ向かって歩き出す。
旅は、まだ続く。
でも、あんな再会の仕方をするなんて、このときの俺たちは、誰も知らなかった。
◆
遺跡・アウロラ・パクト
別名・暁誓の塔
象徴・正義・誠実
壮大な広さの森の奥に、天まで届きそうな一本の塔がそびえていた。
――アウロラ・パクト遺跡。
森を抜けるだけでも命がけだという。魔物が徘徊し、霧が行く手を覆い、塔の入り口まで辿り着ける者は、ほんのわずかしかいない。
だが、たどり着けた者も、塔の二階に行けた者は誰一人いない。
なぜなら――塔は、踏み入れた者に宝を与え、次の瞬間には外へと放り出してしまうのだ。
まるで、真に“誠実な者”を探しているかのように。
* * *
塔を取り囲むアウロラの森。その入口にあるロアム村に着いて二日後にリゼットたちがやってきた。彼女と顔を合わせるのは、あの教会以来だ。リゼットは何事もなかったかのように、業務内容のように伝えるだけだった。
「貴方たちは、明日の朝私たちと共に遺跡へ向かってもらうわ。それまでゆっくりしていて」
それだけ言い残すと、リゼットはいつものように淡々と宿の中へ入っていった。その後ろには聖堂騎士団の一行が、鎧を鳴らしながら馬を引き連れている。
列の中心にいたダリオがこちらに手を上げて近づいてきた。見知った笑顔に少し安堵を覚える。
「すまないね。また君たちに頼ることになるとは」
そう言って、ダリオは部下たちに解散を指示をする。一人の団員が彼の馬を引いていくのを見届けてから、俺は気になっていたことを尋ねた。
「お久しぶりです、ダリオさん。……今回はセルジオはいないんですか?」
ダリオは穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ、彼は今回はお留守番なんだ」
「そうなんですね。会いたかったので少し残念です」
「……カイはセルジオのことを許してくれているんだね」
少し驚いたように目を細めるダリオに、俺は素直に口を開いた。
「初めは“なんだこいつ”って思いましたよ。でも、そのあとちゃんと謝ってくれたし……聖堂騎士団にも誘ってくれた。嬉しかったのは、確かです」
「じゃあカイは、聖堂騎士団に入るのかい?」
「いえ、入りません。もう未練はありませんから。……ただ、セルジオとはいい友達になれそうだなって思ったんです」
口に出してみて、自分でも少し驚いた。
あの頃の苦しみが、もう心の重りじゃないことに気づく。むしろ今は、前に進むきっかけをくれたことに感謝している。
「そうか、未練はないか。それは残念だな……。セルジオにはそう伝えておこう。騎士団のことは悔しがるかもしれないが、友達になりたがっているって知ったら、きっと喜ぶよ」
「はい。だったら、嬉しいです」
ダリオは微笑み、少しだけ手を上げた。
「じゃあ、みんな。明日からよろしく頼むよ」
「わかりました」
そう言ってダリオは団員たちのもとへ歩いていった。その背を見送りながら、俺は小さく息を吐く。胸の奥のわだかまりが、ようやく風に溶けて消えていく気がした。
その夜、みんなと夕食を終えたあと、俺はひとりで宿を抜け出し、散歩に出かけた。
静かな夜気の中、馬小屋のほうから人の声が聞こえてくる。覗くと、聖堂騎士の制服を着た二人が、馬に餌をやりながら話していた。その会話の中に、聞き覚えのある名前が混じり、俺は隠れながら聞き耳を立てる。
「なあ、知ってるか? セルジオの話」
「ああ。今回の任務の前に、謹慎食らったらしいな。ダリオさんに歯向かったみたいだ」
「馬鹿だよなあ、上の命令に逆らうなんて。何考えてんだか」
「でもよ、最近のセルジオ、ちょっと違くないか? この前なんか任務から帰るなり、夜通し稽古してたって聞いたぞ」
「……あー、俺も見た。あんなに必死な顔、初めて見たよ」
二人は苦笑しながら話していたが、すぐに違う話をし始めた。俺はしばらくその場に立ち尽くしたまま、静かに息をついた。
(……セルジオが、謹慎?)
あいつにそんな言葉、似合わない。昼間、ダリオは何も言わなかった。だったら、大したことじゃないのかもしれない。少し気になるが、俺が口出せることじゃないことはわかっている。
小屋の灯りが風に揺れ、馬の鼻息が夜気を震わせた。俺は小さく首を振り、踵を返す。胸のあたりに何か引っかかったが、それが何かわからなかった。その小さな違和感は、いつの間にか夜の闇とともに消えていった。




