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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第二十二話 ゼル

ゼル視点です。

 夜の風が静かに吹き、遠くで虫の声がかすかに響く。星明かりが草原を淡く照らし、足元の影を細く引き伸ばしていく。

 カイたちと別れ、エイラと共にキャンプへ戻る道を歩いていた。空は深く、世界は息をひそめたように静かだ。


(あの二人なら、大丈夫だ。若くても、互いを信じている限り……)


 隣を歩くエイラをふと見る。この子の姿を見たとき、胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われた。薄紫色の瞳に銀髪の髪はあの子たちを思い出させた。


 十六年前に暗殺された「セリナ」、いなくなった「エレシア」に。


 二人の妹たちは同じ瞳と髪の色を持っていた。見た目も性格も正反対だったが、どちらも正義感が強く、家族思いで優しい子だった。一時も忘れたことはない、私の愛しい妹たち。

 私を地獄から救い出してくれたあの子たちは、もういない。


「――お兄さま」


 彼女たちの声が、今もふとした瞬間に胸の奥をかすめる。私が父から抜け出せた後、彼女たちが結婚するまでは、近くにいて支えてくれた。彼女たちのおかげで、私の感情は、人間に戻ってこれた。


 彼女たちは二十歳の春を最後に途絶えた。セリナは暗殺され、エレシアも間を置かず姿を消した。何があったのか残された私には、知るすべはなかった。


 カイに言った「私だったら――頼ってほしいと思うよ」。あれは、私自身への悔いだったのかもしれない。彼女たちは何かを、探していたことが後になってわかった。それはきっと、至らない兄のためだったのだろう。賢い彼女たちは、いつも私のために動いてくれていた。


(なぜ、言ってくれなかったんだ)


 後悔をしたあの日から、セリナが殺された答えを、そして、エレシアの行方を……諦めたのに、探している。


 もしもエイラが、あの妹の血を継ぐ者なら。彼女の中に、あの日失われた希望がまだ息づいているのならと、そう願ってしまう自分がいた。

 夜風が頬を撫でる。その冷たさが、自分の愚かさに気づかせてくれた。


「……ゼルさん。ゼルさん、大丈夫ですか?」


 エイラの声に意識が引き戻される。また、無意識に過去に引きずられていた。こんな日々を何年も続けていると、どちらが現実かわからなくなってくる。


「……ああ、ごめん。考え事をしていた」


 心配そうに覗き込むエイラの瞳は、穏やかに揺れていた。月の光で輝く懐かしい瞳は、懐かしさがこみ上げてきて私の胸を締め付ける。ごまかすように力なく笑った。

 カイの話では、彼女は突然現れたという。信じられない話だが、彼が嘘をつくようには思えない。じゃあ、彼女は何者なのか。出会ってからずっと見てきたがエイラは、ただの人間だ。


(そう――何もおかしいところはない)


 私が疑っているのは、「もしかしたらあの子の娘なのではないか」と言うことだ。もしこの場に“あの聖遺物”があったなら、彼女が本当に“あの子”の血を継ぐ者か、確かめられるかもしれない。消えたエレシアは、身重だった。もし、彼女が生きて子を生んでいたら、エイラぐらいの年齢のはずだ。


(……私はまだ、捨てきれていないのか)


 自分の思いに、はっとした。何度も諦めようと思っているのに、家族を思う気持ちだけは、どんなに時が経っても消えないのを、思い知らされる。


 私の言葉に、エイラはほっとして、小さく笑って前を歩き出す。その後ろ姿は小さく見えた。急に心配な気持ちが湧きでくる。


「エイラは……カイたちのこと、好きかい?」


 咄嗟に出た言葉に、自分でも驚いた。平然を装ったものの、胸の奥が少しだけ熱くなる。遺跡や教会のことではなく、今のエイラが気になった。この気持ちは、どちらかといえば父親に近いのだろう。


 エイラは「え?」と振り返り、瞬きをした。


「い、いや。カイから少し話を聞いてね。……心配になっただけだ」


 そのとき、エイラの瞳がかすかに揺れた。彼女は違う意味で受け取ったらしい。


(こんな悲しい表情させたかったんじゃなかったんだが……)


「私のこと、聞いたんですよね。……その、ゼルさんは気味が悪いとか、思わないんですか?」

「思うわけがないじゃないか!」


 言葉を被せるように、少し大きな声がでてしまった。エイラは一瞬目を見開き、やがてくすくすと嬉しそうに笑い出す。それを見て安堵している自分がいる。エイラは真っ直ぐ笑顔で答えた。


「カイたちも、同じように言ってくれたんです」

「……そうか」


 私が大きく頷くと、エイラは弾んだ大きな声で「はい」と返事をした。その笑顔と返事に考えが杞憂だったと思い出す。


(こんな問いをするまでもなかったな。この旅の間、エイラはいつだって笑っていたじゃないか)


「はい。心配してくれてありがとうございます。私はカイたちが好きですし、仲間を信じています。それに……」


 エイラは途中で言葉を濁し、もじもじと指を絡めた。


「ん?どうした?」

「あ、あの……いつも優しくしてくれるゼルさんも、好きです! へ、変な意味じゃないですから! わ、私、先に行きます!」


 一礼して駆け出していく背中を、私は呆然と見送った。夜風が通り抜け、胸の奥に懐かしい温もりが灯る。けれどそのすぐあとに、エレシアを思い出し心を締め付けた。


 脳裏に浮かぶ彼女の声――『お兄さま、大好きです』 


 拳を握り、息を整えた。目をつぶり、落ち着くように一呼吸をすると、横の草が音を立てる。


「……シエルか」

「はい」


 呼びかけると、闇をまとう男が背後に現れた。


「教会はどうだった?」

「はい、あの子が言ったように、大司教がエレシア様に似ている彼女に目をつけていました。メルナ様が阻止したのは間違いありません」

「……気まぐれな婆さんがね」


 カイから聞いた時も内心驚いていたが、声に出すとなおさら信じられない。あの引きこもり婆さんが、そこまでこの子らを気にかけることがわからない。ゼルは上を向き月を眺める。謎に包まれているメルナの姿を思い出し、苦笑いする。


「すいません。メルナ様の動向は、私では探りを入れるのも無理です。ただ、彼らをすごく気に入っているらしいとだけ」

「私にも無理だから気にするな……だが、彼女に気に入られたら安心だろう」

「ですが、一つだけ気になることが」


 口調が変わったシエルに、眉をしかめて聞き返す。


「なんだ?」

「理術研究所の所長イオという男が「ザリオ」に興味を示しているようで。今回の遺跡任務も奴の仕業です」


 婆さんのお陰で、エイラを奪われずにすんだことをさっきカイに聞いていた。少し眉をしかめて考え込む。


「……あいつらに何かあるのか?」

「今のところ、わかりません」


 その答えにますます眉の皺が濃くなるのがわかる。一緒に行動しているが、あいつらに何かあるのか思いつかない。


(婆さんが隠しているのか?それとも私に気付けない何かがあるのか?)


「理術研究所……あれは枢機卿が作ったやつじゃなかったか?」

「はい。二年前に突然。まだ若い男を所長にして、当時話題になっていましたから。今は表向きは教会に貢献しているようです。裏では何かしているようですが、大きく動かないので掴めていません」


(面倒ごとが一気に押し寄せてきたな……)

「やはり、枢機卿が”あの方”なのか?」

「はっきりとは……大司教はやっていることはわかりやすいんですが、”あの方”だけははっきりとは見えてきていません。そこだけ巧妙に隠しています」


 また眉の皺が、深くなる。


(デュランも慎重になる相手か……だが、頃合いか)

「もう少し泳がしたかったが、仕方ない」


 旅をともにした彼らが関わっているなら、そうも言っていられない。独り言のように言葉にだすと、シエルは無言で深く頷く。それを見て私も頷いてから、ついでにもう一人の部下の様子を聞いてみた。


「そうか……ところでライトはちゃんとやっているのか?」

「ええ、文句言いながらもやってますよ」


 シエルは呆れたように軽く答える。それを見て、ライトの嫌そうな顔が想像できた。

 

(大体の捜査は終わっている。後は各地に散らばっている仲間を集めるだけだな。チャッカ村の爺さんにも丁度会いに行くところだったし、ちょうどいい)


「シエル」


 息を一呼吸して、真剣な顔でシエルを呼ぶ。それに答えるように、シエルは姿勢を正す。


「そろそろ私も動く。準備をしろ」

「はっ」


 シエルは夜の森に溶けるように姿を消した。

 その場に残ったのは――静かな決意と、まだ消えぬ痛みだけだった。





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