第二十話 心の奥
カイ目線です
ゼルと合流して6日後、俺たちは最後の野宿をし、焚き火を囲んで食事をしていた。
気づけば、ゼルがその中に入っているのが、当たり前になっている。いつの間にかアッシュもすっかり打ち解けていて、いつもの調子で口を開く。
「そういえば、ゼルさんは冒険者暦、長いんですか?」
「そうだな……もう十五年近くになるかな」
「えっ、そんなに!?」
ティアナが衝撃を受けたように前に乗り出し、恐る恐る聞く。
「じゃ、じゃあゼルさんっていくつなんですか?」
「もう三十八になるよ」
「「「「「えっ!?」」」」」
その一言に、全員が固まる。俺は思わず飲んでいたスープを吹き出しかけるほど、驚いた。ティアナが信じられないとばかりに首を振り、謎にエイラに助けを求めている。
「うそでしょ、二十後半くらいだと思ってたわよね?」
「だよね……若すぎ」
最近はティアナと一緒にいることが多いせいか、エイラの口調が砕けているときがある。それを聞くと少し嬉しい。アッシュにそれを言ったら、「娘を心配する、お父さんか」と言われた。
「ほんとにおっさんだったなんてな……」
アッシュがぼそりと呟いた。だがゼルは爽やかに笑って、嫌な顔ひとつしないで笑っている。
「はは、若いと言ってもらえるのは嬉しいけど――“おっさん”はさすがに失礼だな」
ティアナがさらりと畳みかけた。
「でもお母さんと同い年よ」
「そ、そうなのか……それはちょっと複雑だな」
ゼルは一瞬眉をしかめてから、口元が引き笑いを漏らしたのをきっかけに焚き火の輪に笑い声が広がる。そこには、俺たちの現状を忘れさせる、温かい空間があった。
そんな他愛ない話をしながら食事を終え、俺は再び剣を教わりに森の中に入っていく。少し広がっている場所につくと、今まで教わってきたことの最終稽古が始まった。
俺は深く息を吸い込み、目を閉じて剣を構えた。意識を研ぎ澄ますと、刃先に黄色のオーラがほのかに灯る。目の前に立つゼルの剣には、眩いほどの白い光がまとわりついていた。
空気が張り詰め、世界に残ったのは俺とゼルの呼吸だけ。
初めの時みたいに怖気づく頃はなくなった。
地面を蹴り、一気に踏み込む。
剣と剣がぶつかり合い、鋭い衝撃が腕に感じ、押し返したその瞬間、横薙ぎの一撃が迫る。
咄嗟に身を引き、なんとか避ける――が、頬をかすめた風とともに、髪が数本、宙に舞った。
背中に冷たい汗が伝う。
息を整え、再び突っ込む。しかし今度はゼルの動きが一枚上。俺の剣はあっさりとかわされ、気づけば鋭い切っ先が喉元すれすれに突きつけられていた。
「……ま、参りました」
剣を下ろし、肩で息をしながら言うと、ゼルは穏やかに微笑んだ。
「強くなったな。オーラの扱いも悪くない。よく頑張った」
喉元に突きつけられた刃を見て、敗北の悔しさが込み上げる。でも、胸の奥は熱かった。確かに成長できたと実感できていたから。あの日から毎日、教わった通りに馬車の上でも休憩中でも身体の周りに、ひたすらオーラを練り続けた。最初は思うようにいかなかったが、今ではコントロールできるようになっている。
誰かにここまで教わったのは、父がいた頃以来だ。行方不明になってから、独りで剣を振り続けてきた日々を思えば――ゼルと過ごした時間は、短いようであまりにも大きかった。終わりだと思うと、胸にぽっかり穴があくような寂しさがある。
その後、何度もぶつかり合い、体力が尽きかけたころ休憩に入った。二人で木に腰を下ろすと、ゼルが水筒の水を飲み、ふと笑みを見せ俺の名前を呼ぶ。
「カイ……お前はまだまだ強くなる」
「……ほんとですか!?」
その言葉が嬉しすぎて、思わず声が上ずってしまった。ゼルの眼差しは真っ直ぐで、嘘ひとつない。その視線に胸が熱くなる。けれど同時に、罪悪感が込み上げてきた。ほんの短い時間しか一緒にいないのに、ゼルの笑顔は父を思い出させる。あの人も、太陽みたいに人を照らして笑う人だった。だからだろうか、黙っていることに後ろめたさがある。心の奥で、全てを打ち明けたくなっていた。ふと、ヨアの顔がちらつく。
(ヨアは怒るだろうか……)
「あ、あの……お、俺、聞いてもらいたいことがあるんです!」
「ん?なんだい?」
穏やかに聞いてくるゼルを見て、一気に言葉があふれ出した。エイラとの出会い。戦い。教会での出来事。そして胸に溜め込んできた理不尽な思い、無力感、恐怖――。止められなかった。誰かに聞いてほしかった。
俺の心の奥にしまっている吐き出している間、ゼルは最後まで口を挟まず、ただ頷きながら聞いてくれていた。そして、聞き終わると大きな手を俺の頭に置いた。
「がんばったんだな、カイ」
もう誰にも言えずにいた言葉が、胸の奥で膨れ上がっていた。
それがゼルの一言で一気にあふれ出し、胸が締め付けられる。熱くなった目頭を押さえながら、ようやく気づいた。
(――俺はずっと、誰かに聞いてほしかったんだ)
二人の間に静寂が落ちる。ほのかに揺れる葉の音、遠くで獣が鳴く声だけが響いていた。
しばらく沈黙が流れたあと、ゼルが口を開いた。
「私だったら――頼ってほしいと思うよ」
思わず顔を上げる。何を言っているのかわからなかった。星明かりの下で見えたゼルの瞳は、どこか悲しげに揺れている。何のことか聞き返そうとしたけれど、喉の奥で言葉が止まる。彼のほうが、先に続きを話していた。
「ヨアにカイの気持ちを話してもいいんじゃないか?彼ならちゃんと聞いてくれるよ」
「でも、最近ずっとヨアも悩んでいて……俺に煩わせるわけにもいかないから」
ゼルは困った子のように俺を見た。
「もしヨアが黙って何かをしていたとする。それもカイを思ってのことだ。その時、ヨアに何かあったら……どう思う?」
「嫌です。なんで話してくれなかったんだって思います」
俺の答えに、安心したようにゼルは静かに頷いた。ヨアがずっと何かに悩んでいることは、わかっていた。それが、もし俺のためだったら、話してほしい。
「そうだろ。だが、守りたいと思う気持ちはどっちも同じだ。けど、守られてる側はわからないから……何もできない自分が悔しくなる。……難しいよな。どちらもお互いを思ってるのに」
「はい……」
ゼルの言った事が胸に刺さり、俺はうつむき地面を見つめた。
上位の虚獣と戦って目覚めた後、泣きそうなヨアを思い出した。あの時「悲しませた」と思った罪悪感は半端なく、謝ることしかできなかった。あの瞬間、素直に俺は怖かったと言えていれば違ったんだろうか。あんな顔をさせたくないと、させてはいけないと思うと何も言えなくなった。だからヨアが、何かを悩んでいても聞けなかった。
それは、俺がヨアに対して後ろめたいから――
(……それって、家族って言えるのか)
気づけば涙が頬を流れていた。
「カイ」
顔を上げると、ゼルの瞳がまっすぐに俺を捉えていた。そして、穏やかに笑う。
「頼ってくれて、ありがとな」
包み込むようなその声に、胸の奥が少しだけ温かくなった。不器用に息を吸いながら、俺も小さく笑った。
「こちらこそ……ありがとうございます」
「いや、私でよければいつでも話を聞くよ」
ゼルは軽く笑い、肩をすくめる。
「でも今は――ちゃんと話す相手がいるだろう?」
思わず目を見開く。みんなの前でそんな素振りを見せた覚えはないのに、見抜かれていた。
「年の功だよ」
そう言って、彼はおどけるようにウインクした。けれどその声には、優しい温度があった。
話す相手――誰のことか、わかっている。目を覚ましてからずっと、ヨアとの間に溝ができていた。もしかしたら、あの時から怒っているのかもしれない。確かめるのも怖くて、何も話せなかった。気づかないふりをして、ここまで来た。
夜風が頬を撫でる。ゼルの言葉が、静かに胸に残っている。
(……このままじゃ、いけないな)
「やっぱり、俺……ヨアを怒らせたんでしょうか?」
ぽつりと漏れた言葉に、ゼルは優しげに目を細めて立ち上がった。
「そういうことは、本人に聞いてみるんだな。一つだけ言えるのは――いなくなってからじゃ、遅いってことだ」
その瞳の奥に、わずかな悲しみが滲んで見えた。俺は言葉を失い、ただ頷く。
「……はい、わかりました」
ゼルは肩を軽く叩き、いつもの柔らかい笑みを浮かべる。
「ってわけだ。後は二人で話してこい」
そう言って、森の奥に向かって大きな声を張った。
「――なあ、聞いてただろ。出てこい!」
闇の中から、悲しそうな顔をしたヨアと気まずそうなエイラが姿を現した。




