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蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


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第二話 ミレナ・アクア遺跡


 教会からの依頼の地――

 遺跡・ミレナ・アクア

 別名・水心の眠所(すいしんのねどこ)

 象徴・優しさ・慈愛


 依頼書に書いてある遺跡に着くと、そこには教会の依頼主が来ていた。やや大きめのメガネをかけたショートボブの女性は、落ち着いた口調で淡々と説明をする。歳は同じくらいに見えるが、言葉の端々や立ち姿には、静かな威圧感があった。


「はじめまして。私は教会本部、理術研究室のリゼット・ローデ。今日の雇い主です。隣にいるのは、聖堂騎士団所属のダリオとセルジオ。彼らには私の身辺警護を任せます。君たちは先行して遺跡内部に進んでください」


 紹介された騎士は、若いセルジオと比べると、ダリオはさらに威厳を漂わせている。聖堂騎士団の精鋭らしい、堂々とした風格に見惚れていると、ヨアが声を上げた。

 いつもの冷静さを保っているが、その声にはわずかに苛立ちが滲んでいるような気がする。


「リゼットさん、依頼書には”護衛”と書かれていますが……」

「これも立派な護衛よ。何か不満でも?」


 明らかに違う内容なのにリゼットは「護衛である」と言い張っている。ヨアは諦めたように小さくため息を吐いた。


「……いえ、問題ありません」


 この数日、気がつくとヨアは遠くを見つめるように物思いに耽っていた。

 俺が心配して声をかけても、いつも「大丈夫」としか返さない。そのたびに、俺はよけい心配になったけど、それ以上は聞けなかった。ヨアは何かを隠している……ただ、それだけはわかってしまった。


 

 俺たちは「依頼」どおりに、先行して遺跡の中に足を踏み入れた。


 (これのどこが護衛なんだ)


 正直、あんまり気分のいいものじゃない。ある意味、ヨアが教会を嫌がるのもわかる気がする。不満に思いながらも、出てくる魔物を倒しながら、遺跡の主の部屋まで進んでいく。


 ミレナ・アクア遺跡――古くから存在するこの遺跡は、別名「忘れられた遺跡」と呼ばれ、今ではほとんど人が訪れない。水の流れる音が洞窟内にこだまし、石壁に反射する光はどこか神秘的で、不気味な静けさを生んでいた。

 ここの主は、水の中に棲む龍──〈アクア〉。水の塊の中から尾や爪を鋭く伸ばし、近づく者は容赦なく襲う。

 

 今、俺たちの前に立ちはだかるのは、その最奥の主。


 カッキーン、ガガガッ、ドン。


 最奥の部屋に戦闘音が響き渡る。俺たちは今、この水龍(アクア)と一時間も戦っていた。


 俺たちが主の部屋の前にたどり着くと、


「私たちが戻るまで、主の気を引いておいて。決して倒さないでね」


 そう言い残し、リゼットは二人の騎士を連れて右の扉に消えていった。

 冒険者初期の頃、一度入ったことのある部屋。そこは荒れた書斎のような所で、本は古く、足元には散乱した書類が積み重なっていた記憶しかない。


(あんなところで何をしているんだ?)


 気にはなるが、知るすべはない。――ただわかるのは教会の依頼はろくでもないということだけだ。

 こうやって考え事をしていられるのも、アクアの攻略法はすでに割れている。やろうと思えば、すぐにでも倒せる相手だった。まあ、俺らが強いのもあるのだけど……ギルド長はどこまでわかっていたのだろうか、という考えが浮かび上がってくる。

 

 うわの空で攻撃を避けていると、のんびりとしたアッシュの声が聞こえてきた。


「なあ、あのリゼットさん、絶対メガネ取ったら化けるタイプだよ」

「どこがよ!なんか嫌な感じしかしないってば。護衛任務って話だったのに、全然違うじゃん!」


 不満を漏らすティアナは大斧でアクアの尾を弾いている。


「今は目の前の魔物に集中だよー。暇だからってお喋りしない」

「「はーい」」


 先生のようなヨアの注意に二人は返事をする。


「それにしても、いつまで相手してればいいんだ……」


 ぼやく俺に、ヨアは肩をすくめて答えた。


「わからないよ。依頼主のご要望なんだから」


 淡々とした口調だが、ヨアの声には怒りを抑えているようだった。


「だよなっ」


 言いながら向かって来る爪を弾くと、ティアナが明らかに肩で息をし始めたのが見えた。


(流石に一時間は疲れるか)


 慣れたところもあって、任務が護衛だったから体力のポーションを持ってこなかったのが悔やまれる。ヨアの魔法は怪我は治せても、体力は回復しない。


「ティアナ!いったん下がって休め!」


 俺の声に、ティアナが驚いて振り返る。


「え!?カイ、なんて言ったの?」

「バカ、こっち見んなって!」


 戦いの最中、敵の視線を背けるなんて疲れている証拠だ。叫んだ瞬間、水の鞭のような尾がティアナめがけて振り下ろされる。


「あぶないっ!!」


 ティアナは反射的に大斧を振り上げ、尾の一撃を全身で受け止めた。肩に衝撃が伝わり、体が後ろに少し下がるが踏ん張っている。彼女の目は決して怯まず、気迫で攻撃を押し返そうとしている。


「なめんじゃないわよ!!」


 だが、疲れた体には力押しは効かず、じわじわと押され始める。その瞬間、アッシュの矢が空気を裂き、アクアに向かって飛んだ。魔力を帯びた矢がアクアの体を裂き、わずかな隙間を作る。


「離れろ、ティアナ!」


 ティアナが離れると、ヨアの詠唱が響き渡った。


「あたたかき守りよ、燃えて我らを護れ……祈火(きか)の結界!」


 火の結界が龍を囲み、水の膜が薄く揺れる。アクアの本体が水中から姿を現す。巨大な鱗、鋭い爪、威圧感のある目。全体が水から出ると、動きも素早く攻撃はさらに手強くなる。やるなら、今しかない。


「今だ!カイ!」


 ヨアの叫びに身体が自然と反応する。助走をつけて、アクアの上に跳躍した。


「これで……終わらせる!」


 剣を構え、アクアの首をめがけて振り下ろす。刹那、鱗が砕け、首が切り裂かれた。主を倒して、達成感が全身を満たす。何度味わっても、この感覚はたまらない。

 倒されたアクアは水と共に消え、代わりに宝箱が現れる。リゼットの言葉を思い出した瞬間、高揚感は一気に消え、現実へ引き戻された。


「……俺、もしかしてやっちゃった?」


 剣を握ったまま首だけヨアの方に向けると、満面の笑みが返ってきた。


「うん、やっちゃったね」


 最後、身体が自然に動いたのはヨアの掛け声だった。明らかにはめられたような気がする。


「さすがカイだね」


(これは……確信犯だな)


 それはヨアの笑顔で確信に変わった。俺は呆れてヨアを見るが、本人はどこ吹く風に宝箱を確認している。ティアナは嬉しそうに駆け寄り、宝箱を確認するヨアの背中に飛び乗って、後ろから覗き込む。


「なになに? お宝は?」

「……魔法の杖かな」


 ヨアの手には、青い宝石が埋め込まれた短い魔法の杖が握られていた。綺麗で細やかな装飾が光を反射し、淡く光を散らす。


「ヨアの魔力に反応するのか?」


 後ろから歩いてきたアッシュが杖の属性を尋ねた。ヨアが残念そうに首を振る。


「いや、俺とは相性が悪い。それにこれはリゼットさんに渡すものだしね」

「えー! 倒したのは私たちなのにー」

「ティアナ、もともと倒したら駄目だったんだよ」


 ヨアの優しく諭す声に、ティアナとアッシュは顔を見合わせて苦笑した。

 静けさが戻った洞窟に、突然、後ろからリゼットの鋭い声が響く。


「ちょっと!倒すなっていったでしょ!?何考えてるの!」


 リゼットは怒りの形相で部屋に入ってきていた。

 俺たちはその行動に思わず顔をしかめる。こんなにも理不尽な怒りは知らない。


 すぐにヨアが一歩前へ出て、話始めた。落ち着いた声なのに、言葉が少し早い。怒りを押し殺しているのが、わかった。その瞳が、珍しく冷たい光を帯びている。

 

「すみません。こちらも最善は尽くしました。ただ、主を一時間も足止めをさせられるのは、依頼内容が違い、準備もちゃんとしていないので無理があります。それにどんな依頼でも仲間を最優先します。命を落としてもやれという依頼でしたか?もしそうなら、最初から受けていません。……何か問題でも?」


 いつも穏やかなヨアが、怒りを隠そうともしない。その姿に、仲間の俺たちでも思わず息を呑んだ。こんなヨアは見たことがなかったから……。

 緊迫した空気の中、ダリオが一歩前へ出て、静かに手を上げた。その声は落ち着いているが、どこか威厳がある。


「まあまあ、彼の言うことも一理ある。リゼットは少し高圧的すぎる。だが、彼らだからこそ一時間も主を押さえられたんだ。感謝すべきで、怒る筋合いはないだろう」


 その声を聞いて、ダリオの印象が変わった。見た目こそ無骨で硬そうだが、言葉には理性があり、落ち着いた判断力を感じさせる。

 初対面なのに、なぜか信頼できそうな人物だと思えた。


 「……まあ、いいわ。ちょうど終わったところだったから」


 リゼットは謝りもせずに、そう言い残し出口へ向かって歩き出す。後ろをセルジオが無言でついていった。

 ダリオは彼女の後ろ姿に小さくため息をつき、俺たちに振り返って深く頭を下げる。


「すまなかったな。彼女も、根は悪くないんだ」

「頭を上げてください、ダリオさんのせいじゃありません。それにみんな無事でしたから……」


 ヨアの声には、疲れと脱力感が滲んでいた。ダリオは微笑み、頭を上げる。


「ありがとう……でも本当に大変な目に合わせてしまったな。それにしても見事だ。主相手に一時間も耐え抜くとは、見事だよ」


 褒められて嬉しくなる。この人こそ、俺の理想の騎士に見えた。


「ここのボスは、水の中から出さなければ脅威じゃないんですよ」


 ダリオと並んで遺跡の話をしながら外に出ると、傾きかけた夕日が森を赤く染めていた。  今日は、もう遅いので近くの町で一泊することになった。


 ……今夜は、一段と長く感じそうだ。






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