第十九話 重なる傷
アッシュ視点です。
昼食の用意の火の番をしながら、河原で稽古をしている二人を俺は眺めていた。正確には、昨日から一緒に旅をしているゼルを見ていた。
(似ていないのにな……)
初めて見た時に、過剰に反応してしまったことに後悔をする。それと同時に、昔何度も言われた言葉を思い出した。
『どうしてそれができない!お前は俺の子だから、強くなって当たり前だ!』
まだ自分の中に、はびこっている男が脳裏をかすり、小さく舌うちをする。
「珍しいな。アッシュが人を嫌うなんて」
釣りに行っていたヨアが近づいてきたことに、声をかけられるまで気づかなかった。そのことに気づかせないように、普通を装う。
「……そうか。俺は嫌いなやつのほうが多いぞ」
「いい間違えたな。いい人を嫌うのは珍しいだ」
ヨアの含みのある言い方に、少しむっとしたが無視をする。ちらっと見てから、また火の番に戻る。まだ離れないヨアに、仕方無しに話しかける。
「釣れたのかよ?」
「ああ、人数分釣れたよ」
バケツを近づけるので覗き込むと、身の厚い魚が、ぎっしりと詰まっていた。俺はそれを見てから、得意げに笑みを浮かべているヨアを見る。こんなにも何でもできる男を、こいつ以外知らない。他ならば妬むような男を、俺は誇らしく思ってしまう。親友補正だが、言うことはないだろう。ヨアの唯一の弱点は、義弟のカイになるだろう。でも、カイにだけ優しいのは、なんとかしてほしい。
(度を越すブラコンさえなければな……)
そんなことを思って焚き火に目を向けると、背中に乗られ重心が前へと傾いた。顔が火へと傾き始める。
「なにすんだよ!どけよ、危ないだろ!」
「今、なんか喧嘩売られたような気がした」
(勘が良すぎるのも程があるだろ)
呆れながらも倒れる前に謝って、なんとか退いてもらう。すると何事もなかったかのように、魚を調理しにいくヨアが、一言言葉を落としていった。
「アッシュ、あの人はいい人だよ」
「ああ……わかっている」
(ただ……大嫌いな奴と重なるだけなんだ)
あの助けて貰った時の後ろ姿は、俺の過去を瞬時に思い起こした。そいつは、とても強い男。超えられない。逆らえない……そして、認めてもらいたい男に似ていた。そこまで思い、頭を横に振る。
(俺には……もう、関係ない)
火を見ながら、何度も言い聞かせた。
その夜ついた町で、明日物資を買い付けるため二泊することになり、明日は一日自由行動になった。久しぶりにのんびりできることに、喜んで一人部屋に帰った。部屋に入り窓を開けると、下から町の喧騒がきこえてくる。ずっとヨアたちといたから。急に一人になると少し寂しい。こじんまりした部屋のベットに寝転がると、旅の疲れかすぐに眠りについた。
五歳の貴族の男の子が、母親にしがみついて泣いている。
(あれは……俺の小さい頃……)
『ねえ、母様。俺もう稽古したくない。父様みたいになれないよ』
母は優しい笑みを浮かべ、土埃まみれの俺を抱きしめて、涙を拭いてくれる。
『アッシュはまだ五歳だから、無理しなくてもいいのよ。大丈夫。上手くなるわ。だってあなたは父様の子だもの。でも、早く上手くなっては駄目よ。あの人に会えなくなるもの』
なだめてくれるが、最後は聞きたくない言葉を並べられる。わかっていながらも、いつも稽古の後は母の元にいき、愚図って抱きしめてもらいに行く。
俺が甘えられる時間は、その時だけ――だから俺は嘘をついていた。
父と母はありふれた政略結婚だったが、俺が物心ついた頃には、母は父を愛していた。だが、父は母を見向きもせず跡取りの俺だけを見た。そして母は壊れていく。父の関心が俺に向くほど、母は俺への関心をなくしていく。
父は俺の剣術の稽古の時だけ、母のいる部屋に俺を迎えにくる。母は、俺を通して父に会えるのを楽しみにしていた。俺の手を引きずって出ていく父を、嬉しそうに見ている母の目には、俺は写っていなかった。
胸がぎゅっと締め付けられて目を開けると、着の身着のまま寝てしまっていたことに気がつく。
「……寝てしまったか」
(あの頃は、母様の為に、下手なふりをして父様に怒られていたな……)
寝ぼけて記憶に引っ張られてるのを、自覚して目を覚ます。開いた窓から夜風が入り、身震いをする。少しからだが冷えていた。俺は宿にある共同風呂場に足を運んだ。
その風呂場行く途中の庭に、親子が木の剣で稽古をしていた。さっきの夢とリンクして、思わず舌打ちをして、はっとする。
(駄目だな……俺は何もかわっていない)
自分を嫌になり、そのまま通り過ぎようとすると、カンッと音が鳴った。振り返って見ると、子供が剣を落としている。次の瞬間、父親の怒鳴り声が聞こえてきた。
「なんでできない!俺の子ならできるだろ!」
俺の心が静かに冷たくなるのを感じる。木の剣を落とした子供がうつむいて怒られているのが、昔の自分と重なって顔が歪んだ。
(親ができるからと言って、子供にそれを求めるのは間違っている)
冷たく心の中で反論する。どうして父と母は、それをわかってくれなかったのか疑問だった。だから俺は十四歳のとき、家を出た。
でもこの親子の問題は、俺には関係ない。そう思っていると、木の剣を拾って親子に近づくゼルが見えた。彼は下を向いている子供をかばうように、前に立った。
「それは違うんじゃないか。親と子は別だ」
その言葉は俺に刺さって、一瞬時間が止まった気がした。
父親は体格の違いにビビっていたが、急に間に入られてまた怒りだす。
「あなたには関係ないでしょ!?親子の間に入ってこないでください」
「しかしだな……親は子に同じことを求めるのは無理がある。別の人間なのだから」
その言葉は当たり前のことをいっている。しばらく二人は言い合いになっていたが、俺は風呂場に向かう。
思ったよりも広い風呂場には、誰もいなかった。俺はぼーとしながらお風呂に入る。
『親と子は別だ』
その言葉がずっと頭に回っている。当たり前の言葉。当たり前のこと。それがじんわりと胸に広がっていくような気がする。
少しすると、ドアのところに人影が見えた。誰かきたのかと残念がっていると、ドアが開く。そこにいたのはゼルだった。洗い場でざっと身体を洗い流すと、浴槽にいる俺に気づき笑顔で手を上げる。
「アッシュくんも入っていたのか?隣いいかい?」
「……勝手にどうぞ」
初日にあんな態度をとってしまったから、まだ俺は正直微妙な態度だった。ゼルは気にしていないみたいだが、俺は気にしていた。それにさっきの場面を見てしまったから、なんとなく気まずい。でも、聞いてみたかった。
「なんで、さっきあの親子に口を挟んだ?」
「え、ああ……見られていたのか」
苦笑いをしながら、頬をかくその姿はさっきの人とは思えなかった。
「……偶然。あんたには関係ないだろ。なんであんなことを言ったんだ?」
喋っているうちに、心の奥に苛立ちを感じる。
(なんで、俺こんなにイライラしてるんだ……)
自分でもなんで苛立っているのかわからなかったが、それをとめることはできなかった。
「はは、そうだよな。でも、ほっとけないんだ」
「もっと悪くなったら責任取れるのか?」
「取れないが……でも、良くなる可能性に賭けるのも、悪くないだろ。さっきの親も話したらわかってくれたよ。その可能性もわからないのに、私は諦めきれないな」
「……偽善だな」
吐き捨てるように呟くが、心の中では何か期待している自分がいる。その気持ちを隠すように、そっぽを向くと、横からぼそっとゼルが話し始めた。
「私の父親は、本当にどうしようもない人だったんだ」
「はっ?いきなりなんなの?」
突然質問とは関係ない話をしだした。何を話しているのか困惑してしまう。
「私の経緯を話そうかと思ってな」
「どうしてそうなるんだよ」
「まあ、おっさんの与太話のような話だと思って聞いてくれ」
笑顔でそんなことを言うのだから、しょうがなく聞いてやるみたいな態度をとった。でも、本当はこの人に興味を持ち始めている。
「……わかったよ」
「ありがとう……私はね、小さい頃から、父の跡を継ぐことが決められていたんだ。父のことは何も疑わず、何も考えない、口答えしない……それが私に求められたことだった。そう、自分の意思をもたない、ただの人形だった時代があってね」
その語るときのゼルの表情は、苦しそうなのを無理に隠しているようだった。時折、俺の方を見て苦笑いする。話の内容はとても重いものだったが、俺自身と重なるものがあったから何も気のいい返事ができなかった。
「俺には二つ下の双子の妹たちがいたんだ。父は妹たちには興味がなくてね。離れで母と暮らしていたから、会えるのは年に三回くらいだったかな。……その時だけは俺の心は、暖かかったような気がする。あの子たちは素直に育っていったよ。それが唯一の救いだった。でも、俺が十八のときに事件が起こったんだ――」
そこでゼルは話を止めると、思い出したかのような難しい顔をした。俺は続きが気になり、話しかけた。
「何があったんだ……?」
「俺が戦で精神ともにすり減っていたとき、あの子たちが離れからやってきて、突然父に意を唱えた。それは俺にとって衝撃的だったよ。俺は父の従順な息子だったからな……あの子たちは泣きながら、怖いはずの父に言ったんだ。「お父様とお兄様は、違う人間なのよ。優しいお兄様を返して」って……とても強い目をしていたよ。でも、怒った父は、あの子たちに容赦なく切りかかった……その時、俺は初めて父に歯向かった」
話を聞いて、息を飲む。その話に引き込まれていた。
「それで……?」
「気づいたときには、父が血だらけで倒れていた」
「えっ?」
「意識がなかったんだ。あとからあの子たちに聞くと、殴りまくってたんだと。……人形だと思っていた俺の中にも、何か思うものがあったのかもしれないな……はは」
力なく笑うゼルは、どこか遠くを見つめている。
「人形じゃなかったからですよ」
俺の言葉に、ゼルがはっと目を大きくしてから、嬉しそうに笑った。慰めたつもりはない。ただ、そう思ったから口にでた。
「……ありがとう。こんなおっさんの過去の話を聞いてくれて」
「おっさん……ゼルさんも苦労してきてんだな」
おっさん呼びしているのを、止めて名前で呼ぶと嬉しそうにまた笑うゼルと目が合う。違う意味で気まずいので、顔の半分を湯船につける。
「先に出るよ。そういえばアッシュくん。君は剣も使えるのかい?」
その言葉に緊張が走った。俺は使えることを見せたことがなかったから。仲間も誰も知らない。顔を湯船から出し、恐る恐る口を開いた。
「……ど、どうしてそう思う?」
普通に違うと言えばいいのに、言葉を間違えてしまう。
「いや、君の立ち方や動きが、ふとしたときに剣士にみえたのがきっかけでね。それから見ていてわかったのは、君はちゃんと学んでいる剣士だね」
もう、すでに断定されている。この人の目には隠し通せなかった、自分を責めてしまう。俺にできることは、ただ、否定することだけだった。
「違います……使ったことなんてない……」
弱々しく目を伏せながら答えると、不意に頭がおもくなった。それが左右に動く。一瞬何が起こっているのかわからなかったが、ゼルが俺を撫でていた。俺は驚いて顔を上げると、優しく微笑んでいるゼルと目が合う。
「大丈夫。内緒にしとくね」
そう言って手を振って出ていった。大丈夫な気がした。あの人は誰にも言わないだろう。
ゼルがでていったドアから、入れ違いにヨアが入ってきた。俺も出ようと思い近づいていく。
「ヨア珍しいな。今からなんて」
「ああ、色々してたら今になったんだよ。……何か良いことあったのかい?」
「はあ?なんでだよ?」
「だって、にやけているよ。気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんだよ。もういい、出る。おやすみ」
その場に居づらくなり、不思議そうな顔のヨアを置いて急いででる。鏡を見るとヨアが、言ったようににやけている自分と目があった。頬を触ると、少し熱い気がする。
その理由は、もうわかっていた。
「初めて頭を撫でられた……」
俺がゼルに懐くまでそう時間はかからなかった。




