表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹の方舟 〜落ちこぼれ冒険者と記憶を失った少女〜  作者: 蒼月 りんね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/43

第十七話 夜の優しさ

ヨア視点です。

 夜の宮殿は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。月光に照らされた庭園は白く輝き、冷たい風が頬を撫でる。一人歩き出したヨアは、探していた目的の人物がいて思わず息をついた。


(……出てきて正解だったな)


 月の光に照らされてなのか、花を見ているメルナの周りには淡い光の玉がふわふわと浮いている。それはホタルみたいに、消えたり現れたりしている。誰にでも見えるものなのか、自分だけ見える幻なのかはわからない。その光景は幻想的で、目が離せなかった。メルナが不意に声をかけるまでその姿を見ていた。


「そこでずっと立っているつもりか?」


 こちらを向いた水色の瞳とぶつかり、はっと我に返る。その瞬間周りの光の玉は、姿を消した。月明かりだけがメルナを照らす。


「すいません……」

「見惚れるのも無理はないぞ。わらわは可愛いからのう」


 笑う彼女に、胸の奥が見透かされたようで、小さな苛立ちが芽生える。その感情に、自分自身が戸惑った。いつもなら平然と笑ってごまかせるのに――メルナの前では上手くいかない。


「……そうですね」


 ぶっきらぼうに返し、視線をそらす。すぐに鈴を転がすような笑い声が響いた。


「そんなに嫌うな。わらわでも傷つくぞ」

「ち、違う……嫌ってはない……です」


 からかっていっているのはわかるのに、否定をしたうえに最後の言葉が小さくなったのが悔しくて、余計に腹が立つ。メルナは少し目を大きくしてから、本当に嬉しそうに笑みを浮かべた。


「……それは嬉しいことを聞いた」


 その温かな笑みに、思わず息が詰まった。それは自分でもわからない感情が、胸の中に広がっていく。それを隠すように話を振った。


「……あなたは、どうしてここにいるんですか?」

「ここは、わらわの庭じゃよ」


 俺の意図をわかっていながら、わざとかわすようにメルナは微笑んだ。それを見て、ついむっとして睨んでしまう。


(どうして、彼女の前だと、上手くいかない)


 いつもの自分が出せないのかがもどかしくなる。


「違います。俺が言いたいのは……あなたほどの力がある人なら、教会でなくても、どこでもやっていけるはずだ。なのにここにいるのはどうしてですか!?」


 自分への苛立ちを隠すために、少し口調がきつくなってしまう。そのことを気にも留めずにメルナは、視線をゆっくりと月に向ける。その横顔は、どこか寂しげに見えた。


「なぜ、か……そうじゃな……諦めたくないからかのう」


 その横顔は、どこか遠くを見つめているようだった。声はか細く、聖堂で見た威厳もない。そこにいるのは、ただの一人の少女に見えた。何を諦められないか聞こうとした、そのとき――庭の奥から、獣の気配がふっと揺れた。


「そこにおられましたか、メルナ様……おや、小僧も一緒だったのか」


 屋敷の方から姿を現したのは、宿の窓の外で見た銀の狼だった。反射的に言い返す。


「小僧ではない。呼び方をかえろ。……お前こそ人の姿は止めたのか」

「ふっ、生意気だな小僧は。私のことはクラドと呼べ、人の姿のときは”さん”をつけろ」


 クラドはにやりと牙をのぞかせ、そのまま人の姿へと変わる。背の高い青年の姿となった彼は、胸に手を当てて、礼儀正しい礼をした姿で現れた。顔をあげるとにやっと笑う。


「人の姿もなかなかの男前で驚いただろう」


 そこには昼間、メルナのそばにいた従者の男が自慢げに立っていた。俺が呆れているのをよそに、メルナの隣に立ち、どこから出したのか、肩にストールをかけた。


「夜は寒いですよ」

「ありがとう」

「ところでなんの話をなさっていたのです?」

「ああ、ヨアが私の弟子になるそうじゃ」


「違います!」


 咄嗟に大きめの声で突っ込んでしまった。二人はにやにやこっちを見ている。


「違うのか。それは残念じゃ。なあ、クラド」

「そうですね。こんなにもメルナ様がおっしゃっているのに……ほんと、贅沢なやつですよ」


 そのことに少し罪悪感を感じるが、言い方に苛ついてしまう。この二人といると調子が狂う。自分が自分じゃないみたいだ。俺は息を吐いて、真っ直ぐメルナを見た。


「冗談はそこまでにしませんか。メルナ様に聞きたいことがあってこちらに来ました」

「冗談ではないのだがのう。……で、聞きたいことはなんじゃ?」

「エイラのことです。彼女の力を知っているのですか?」


 メルナの眉が少し動いた気がした。エイラの力は、まだはっきりとはしていない。表向きは魔力がある程度だ。大魔法使いならわかるかもしれないと、期待して聞いてみる。


「……そうじゃな。はっきりとはわからないが正解かのう。その力を直接見たことないから、なんとも言えぬな」


 何かはっきりしない回答だが、見たことがないと言われては引き下がるしかない。でもこれだけは聞いておきたかった。


「そうですか。あの力は危険ではないのでしょうか?」

「お主は見て、どうじゃった?」


 質問に質問で返されて、少し考えた。


「まだ未知数ですが、あの力が本物で、コントロールできたら心強いかも知れないです」

「そう、それが答えじゃ。エイラの力は、はっきりとはわかっておらぬ。お主が言う未知数じゃ。これから一緒にいて、確かめたらいいんではないか」


 (何か答えをはぐらかされたような気がしなくもないが……きっとこれ以上聞いても答えないだろうな)


 そんなことを考えていると、メルナが深刻な口調で話し始めた。


「ヨア、あのイオと言う男には、気をつけるんじゃ。わらわの勘が言っておる。「奴は危険だ」と。だから極力近づくでないぞ」

「エイラがですか?」

「いや、お主もじゃ。嫌な予感がする」

(俺も……あの男には、大司教よりも嫌なものを感じた気がした)

 

 その言葉に一瞬思考が停止する。奴に俺の正体はバレてないと思う。でもメルナが気をつけろと言うぐらいだから、気を付けて損はない。少し心がざわつく。


「これをお主に渡して置こう」


 メルナが近づいて、目の前に何か握っている手を出した。その手を広げると、メルナの瞳の色に似た、水色の宝石の首飾りだった。


「なんですか?」

「この石には、わらわの魔力が込めてある。何か困った時に使うとよい」


 すんなりとくれた物は、お金では到底変えないものだった。メルナの魔力が入っている石なんて、誰もが欲しがるものだ。そんな物をタダで貰っていいわけがない。持っているだけで緊張する。入っている魔力がわかるだけに、手が震えるのをどうにかこらえた。


「こんなの……受け取れません」


 返そうとする俺を、メルナは悲しそうな顔をする。容姿が少女なだけに、俺の方がいけないことをしているように感じてくる。


(その顔は卑怯だろ)


「貰ってくれないと困るのはお主じゃよ。じゃないとこの屋敷から、出すことができなくなってしまうからの」


 わかりやすく脅しとも取れる発言をする少女を、呆れた顔でみた。さっきまでの罪悪感は消えていく。これは受け取るまで、終わらないことを悟ると諦めて受け取ることにした。


「わ、わかりました。受け取ります」

「お、そうか。じゃあわらわが付けてやる」

(この人は俺に優しすぎないか)


 メルナは手でしゃがめという合図をした。俺がしゃがんで同じ目線になると、メルナは目を合わせ安心させるように言う。

 

「ここにいるうちは、心配しなくても大丈夫じゃ」


 その優しい表情は、俺とカイを見守ってくれた母の眼差しに似ていた。その瞳は、俺にかすかな疑問を湧いてこさせる。


(どうしてだ……まるで俺のことを前から知っているみたいだ)


 鼻歌を歌いながらメルナは俺の後ろに回り、首飾りをつけると、また前に来て満足そうに頷いた。


「似合っておるな」

「……俺のことを知っていたのですか?」


 その嬉しそうな表情を見て、思っていた事が自然と口から出て、自分でも驚いた。もしかしたらその言葉は、俺の願望なのかもしれない。その瞬間風が吹いた。風はメルナの髪をなびかせた。月の明かりは悲しく切なげな表情で笑みを浮かべるメルナを見せる。


 聞いてはいけないことを聞いた気がした。それを見た俺は、息がつまりそれ以上何も言えなくなる。


 もう一度強い風が吹くと、飛ばされた花びらは、月夜に照らされ空へと消えていく。その風景に、目を向ける。再びメルナに戻したときは、いつもの彼女に戻っていた。少し安堵をしていると、クラドがメルナに話しかける。


「――メルナ様。冷えて来ましたし、そろそろお休みの時間ですよ」

「そうか、もうそんな頃合いか。ヨアも早く寝るんじゃよ」


 立ち去ろうとする背を、思わず呼び止めた。


「……メルナ様!」

「なんじゃ、ヨア」


 優しい口調で振り返る、それを見て深く頭を下げた。


「あなたがいなければ、俺たちは今頃牢の中でした。本当に……ありがとうございました」

「頭をあげよ」


 柔らかな声が夜気に溶ける。顔を上げた先には、水面のように澄んだ水色の瞳。月明かりを受けて、やさしく微笑んでいた。


「そんなにかしこまることはない。ただの気まぐれじゃ」


 微笑みに胸を打たれ、言葉を失う。


「ヨア、おやすみ。良い夢を」


 一瞬、懐かしい気持ちが込み上げて、「おやすみなさい」と、なんとか言葉を絞り出す。メルナは微笑み、裾を翻し屋敷の方へと消えていった。


 残されたヨアは月を見上げる。まだ胸の奥に残る温もりを抱いたまま、しばし立ち尽くしていた。風がわずかに庭を撫で、夜の静けさだけが残った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ