第十話 仲間
エイラを守れない――その言葉にどうしても言い返すことができず、下を向いて黙っていた。部屋には、沈黙が続き重たい空気が漂っている。その重たさのせいか、敗北感が、胸の奥にのしかかる。俺の憤りのない心を、突然アッシュが勢いよく破った。
「その時は俺たちで守ったらいいじゃないか。仲間だろ、俺たち」
その言葉を聞いて顔をあげると、アッシュが満面の笑みを浮かべ、ヨアは呆れた顔をしながら首を横に振っている。そこにはいつもの仲間がいて、俺の瞳に光が戻る。
アッシュは怒るふりをしながら、ヨアの方を見た。
「ヨア、カイを虐めすぎるなよ。病み上がりなんだからさ」
「……お前は甘すぎる」
呆れたヨアにアッシュが笑いかける。取り残された俺をよそに、二人の言い合いはしばらく続いた。混乱して俺に気付いたアッシュが、頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ヨアはさ、カイが心配なんだ。あんな言い方なのは、捻くれてるだけだから、許してやってくれな」
「えっ!?ヨアは捻くれていない……」
アッシュの言っている人物が、俺の知っているヨアなのだと、理解できてない俺を見てアッシュは笑う。
「……ああ、ヨアはお前の前ではカッコつけるからな。実は相当な捻くれ者だぞ。だからさっきのだって、簡単に言うと『なんで俺たちを頼らない』って言いたいんだ」
「アッシュ、勝手なことを言うな」
ヨアはアッシュを睨み付けて、話を止めようとする。その眼差しにアッシュは、深いため息をついてから、めったに聞かない低い声を出した。
「見ててまどろっこしいんだよ。ちょっとはお前も素直になってもいいんじゃねえ。心配なのもわかるが、過保護なのもいい加減にしろ。カイは俺たちより年下なんだから、応援ぐらいしてやれよ。じゃなきゃ、カイも成長しねえぞ」
二人は目を合わせ、沈黙が続く。俺はその間に入っていくこともできずに、ただ見ていた。しばらくすると、ヨアが小さな息をついて、俺の方を見ると、また今度は長い溜息をついた。
「アッシュの言う通りか……そうだな」
それを聞いてアッシュは、勝ち誇ったように笑った。
一人納得して呟いた後、瞬きをしてから俺を見て口を開いた。
「もしかしたらエイラには、不思議な力があるのかもしれない。その力を狙って、彼女が誰かに狙われることになったりした時、最後まで守る覚悟はあるのかい?」
改めて言われた言葉に、俺は力強く頷くとゆっくりとヨアは話しだした。
「そうか。……じゃあ今より強くならないといけない。強くなることは力だけじゃなく、精神力も必要なのはわかるよね?」
「ああ、……でも今回のことで、色々考えてしまった。危険にさらしたのも自分が弱いからなのはわかる」
「今回のことで不安になるのは悪いことだけじゃないよ。次に対策できる。大事なのは二度と同じことを繰り返さないために、何をするかだよ」
「ああ、わかっている。もう繰り返さない」
「じゃあ、今回みたいな事が、また起こったらどうするんだ?」
「え……わからない」
その回答は、わかったフリをしているだけだと言っているものだった。ヨアは少し困った者を見る目をして、俯く俺を見る。
(……俺が半人前なのはわかっている。一人じゃ何もできない)
その俺の心を読んだみたいに、ヨアは話を続ける。
「一人じゃ無理なこともあるだろう――そんなときは、俺たちを頼ればいい。カイのそばには俺たちがいるんだから」
はっとして、顔をあげると真っ直ぐに見つめるヨアの瞳は、父の面影が重なり胸が熱くなる。
(……父さんも、同じことを言っていた)
『力あるものも孤独を選べば、守るものも守れなくなる。……カイ、お前は頼れる仲間を作れ。そして、その仲間を守れ』
ある夜、焚き火の明かりに照らされた真剣な父の横顔を思い出し、目頭が熱くなる。ヨアなりの不器用な応援の仕方に、余計に胸が熱くなる。
「……ああ、ありがとう」
ヨアの横でアッシュは、満足げに笑みを浮かべている。
「そうだぞ。ヨアは頼ってもらえなくて寂しがってたんだ」
そう言ったアッシュの頭にまた、ばん!といい音が響いた。
「調子に乗りすぎだ。後で話をする必要があるね」
今度は本気で痛そうなアッシュが頭を抱えている。さっきの音はかなり痛いと思う。アッシュを見ているヨアは、怒っているように見えるが、頬は少し赤くなっている気がする。こんなヨアを見るのは初めてだった。嬉しかった。二人を見ていると、自然と笑いが込み上げてきた。
「あははは」
突然笑い出した俺を二人は不思議そうに見ている。そこに、勢いよくドアが開き、ティアナとエイラが帰って来る。俺がなんで笑っているのか気になったティアナが、元気よく聞いてきた。
「なになに?なんか面白い話していたの?」
「ああ、ヨアが――」「ばん!」
その質問に答えようとした揚々としたアッシュは、すぐさまヨアに叩かれた。その様子に二人もびっくりしているが、そんなことはお構い無しにヨアは話を逸らす。
「そんなんじゃないよ。明日ここを発つ話をしていたんだ」
「……ええ!!もう明日?カイ起きたばっかだよ」
少し思考が追いつかなかったティアナだが、ヨアの言っていることを理解したのか、すぐに不満を爆発させた。横で復活したアッシュが深く頷いて同意している。
「ほんとだよな!今回一番頑張ったのはカイなのにな」
「そうそう。ふざけているよね。エイラもそう思うでしょ?」
そう言われたエイラは、こくこくと頷いた。
その姿に俺は、思わず吹き出してしまった。泣いてる時も思ったが仕草がよく動くようになっている。その笑いに変な者を見る目でティアナが見てくる。
「どうしたの、カイ?もしかして頭、打ってた?」
「打ってないよ。ただ三日しか経ってないのに、エイラがティアナに似てきたなって思ったら、笑えてきた……」
それを聞いて、アッシュが慌てて声をあげる。
「それはいけない!エイラちゃん、今すぐそいつから距離を取るんだ」
「ちょっと、それどういう意味よ!あんた喧嘩売ってるの!?」
言い争う二人を見て、エイラはおろおろしている。また笑みがこぼれる。いつもの光景に心のそこからほっとしている自分がいる。遅れて実感がわいてきた。
(みんな……生きてる)
「はいはい、そこまで。――これからの話するよ」
終わらない言い合いに、いつものようにヨアが止める。
ただいつもと違うのは、最後のヨアの声は、少し硬く緊張感を孕んだ声だった。その声に一瞬で場が引き締まるのを確認すると、ヨアは話を始める。
「俺たちは、明日聖都に向かうことになった。建前は虚獣との戦いについて報告を求められているということ。なんだけどね……でもそれだけじゃないと思うんだ」
ヨアの視線の先にはエイラがいた。彼女はそれに気づくと小さく背筋を伸ばす。
「……その前に、エイラ。聞きたいことがあるんだ」
「はい。私が答えられることなら……」
エイラは恐る恐る返事をした。
「エイラは記憶がないって聞いている。それは、今でも思い出せていないのかい?」
「はい……な、何も思い出せてないです」
「でも、アトラスが来た時、反応していたよね。それは彼を見て、何か思い出した?あるいはアトラスを知っていたか……」
含みのある言い方、ヨアの視線も少し鋭くなる。止めようとする俺を、アッシュが無言で肩に手を置いて止める。アッシュを見ると首を横に振る仕草を見て、俺は止めることを踏みとどまった。
(……なにか考えがあってなのか?)
エイラは怖がりながらも、ヨアを見てはっきりと答えた。
「……わからない。わかるのは、あの時私は恐怖に支配されていたことだけで、あの人を知っているとは別だと思う」
エイラはその時のことを思い出したように腕を抱いた。それを心配したティアナが後ろから支えて、ヨアを睨んだ。それでもヨアを止めないのは、ティアナもわかっているのかもしれない。――ヨアが、エイラを試していることを。
エイラの状態を見てヨアが考える素振りをした。俺は、思わず我慢できずに口を開いた。
「何か問題でもあるのか?」
「……いや。今の状態を確認したかっただけだ。でも、大体はわかった……みんな、エイラのことは、「カイが森で倒れていたのを助けた」――そういうことにする。突然現れたことは内緒にしよう。いいな」
「ああ」「おう」「わかったわ」
みんな頷いたものの、エイラだけは何か言いたげに唇を震わせている。ティアナがそれに気づき声をかけた。
「エイラ、大丈夫?言いたいことがあるなら、言っていいんだよ。それともヨアが怖かった?私が後で怒っておくから気にしなくていいよ」
「あ……ヨアさんのことは大丈夫なので、怒らないでください。あの……一つだけお聞きしたくて……」
「ん?なあに?」
ティアナは優しく語りかけると、エイラは小さく深呼吸をしてから、聞きたいことを口にする。
「私も……一緒に行ってもいいんでしょうか?」
泣きそうな声に、みんなが驚く。ティアナがすぐにエイラの両腕を掴んで、エイラに強く答える。
「もちろんいいに決まってるでしょう!ね、ヨア!」
「……ああ、むしろ来てもらう必要がある」
「そんな冷たい言い方しなくてもいいでしょ」
呟くようにそっけなく言うヨアは、ティアナに怒られる。そんなことはお構いなしのヨアは、一旦おいてから驚きの提案をした。
「それでなんだけど、エイラ……よかったら俺たちのパーティーに入らないかい?」
「「「えっ!?」」」
その言葉にエイラよりも、他の三人が声をあげた。
一番ヨアからでてくると思っていなかった言葉に誰もが驚いた。
「ちょっと、ヨア!」
固まっているエイラの代わりに、ティアナが割って入る。
「エイラは戦えないわよ!」
「わかっているよ。でも、この先、何があるかわからない。戦えないままじゃ、かえって危険だ。最低でも自分の身は自分で守ってもらえないと困るしね」
その言葉にみんなが黙る。わかっている。俺たちといて絶対安全とはいえない。それにエイラ自身が狙われる可能性もある。
静まった部屋に、ヨアが鞄から何かを取り出す音だけが響く。取り出したのは、遺跡で見つけた青く輝く短杖だった。
「エイラ、これを持ってみてくれ」
「それ、リゼットさんに渡したはずじゃ……」
「気づいてなさそうだったから、もらったんだよ」
(それって……貰ったというのか?)
俺の質問に答えたヨアに誰も言及できないでいると、ヨアはエイラの前に杖を出した。おそるおそる手を伸ばし、エイラが杖に触れた瞬間――眩い光がほとばしり、杖がひとりでに伸びて長杖へと変化した。目を見開くエイラを見つめ、ヨアが静かに告げた。
「やっぱり……杖は君を選んだか」
「えっ?……」
驚いているエイラが小さく息を呑み、まだ理解が追いついてない顔をしている。「杖が選ぶ」俺も気になって、思わず口を挟んだ。
「杖が持ち主を選ぶなんて……ヨア、知っていたのか?」
「ああ、杖には持ち主と相性があることは知られているけど、まれに杖のほうが持ち主に反応することがあるんだ。エイラが現れた日から、これが光っていてね……もしかしてと思って」
「で、でも……パーティーに入れるなんて危険すぎる」
「いきなり戦わせるわけじゃないよ。俺が教えるさ。だから大丈夫だ……さっきも言ったけど、自分で自分を守る力は持っていた方がいい」
「それは分かるけど……」
俺が言いかけたとき、ヨアは言葉を切ってエイラを見た。
「これについては強要はしない。自分で決めていいんだ。エイラ……君はどうしたい?」
エイラの瞳は、ヨアを真っ直ぐに見据えていた。両手で杖を強く握った手と唇が震えていたが、瞳だけは揺らいでいなかった。
「……わ、私も、パーティーに入りたいです!お願いします!」
「だそうだよ。リーダー、どうする?」
ヨアがわざと軽い調子で俺に振ってきた。俺が戸惑っていると、エイラが慌てて言葉をぶつけてきた。
「あの……うまく言えないけど、カイたちと一緒にいたいの。出会ってすぐなのに助けてくれて……嬉しかった。だから、みんなと離れたくない!私頑張るから……パーティーに入れてください!」
勢いに押されて言葉を失う。エイラの瞳は不安と希望で揺れていた。その沈黙を突き破るように、黙っている俺をティアナが肘でつついてくる。
「カイ、なんか言いなさいよ」
「あ……ああ、でもエイラ、冒険者は危険だ。本当に……きついんだ?」
まだ俺の中に、彼女を戦わせたくない自分がいる。それを止めるかのように、エイラは覚悟は決まったかのように俺を見た。
「大丈夫!私……みんなの役に立ちたいんです」
「でも……」
俺が言いかけると、アッシュが割り込んできた。
「ここまで言ってるんだから、いいんじゃない。女の子の頼みは聞かないといけないよ。年上からのアドバイスだ」
アッシュが肩をすくめ、エイラに向かって片目をつぶってウインクしてる。後押しに嬉しそうなエイラの肩をもって、ティアナが言い切る。
「そうだよ、カイ。みんなで守ればいいんだし。私たちは仲間でしょ」
部屋の空気が、俺の返事を待って重く張り詰めた。エイラの瞳は、不安を抱えながらも確かな光を宿している。こんなにも真っ直ぐに向けられたら、もう断れない。
――逃げずに、受け止める。今、俺にできること。
俺は一人じゃない。その思いが俺の背を押す。
「……わかった。エイラ。俺たちと一緒に、冒険者になろう」
エイラは目に涙を浮かべ、嬉しそうに何度も頷いた。みんな自然と笑みを浮かべ、エイラを励ましていた。
遺跡に現れ、アケラスの気配を感じ、不思議な力を宿す――エイラ。彼女が何者であろうと、俺はこの手で守る。
仲間がひとり増え、ザリオは新たな一歩を踏み出した。
その瞬間、俺は静かに誓いを立てた。




