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蒼穹の方舟 ―俺が英雄になる理由―  作者: りんね


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第一話 依頼書

「ふざけるな……」


 青空の下で俺の声だけが虚しく響く。

 今日もアシュード村は鳥の鳴き声しか聞こえないくらい静かで、穏やかだ。


 ただ、俺が穏やかではないだけで。


 昨日、十五になってから毎年受けている聖堂騎士団の試験に、今年も落ちた。三度目の不合格だ。最悪の気分でも、諦められない自分がいる。

 そんな自分にぶつぶつ言いながら歩いていると、隣のおじさんと会ってしまった。

 俺は瞬時に嫌そうにおじさんを見るが、おじさんはにこにこ笑いながら近づいてくる。


「カイ、また駄目だったのかい?また、次の機会があるよ」

「ああ……」

「ヨアなら村の広場にいたよ」


 俺が返事をしなくても、小さいことから知っているおじさんは頭を撫でて「頑張れよ」と言って去っていった。

 隠し事のできないくらい小さなアシュード村では、もう俺の不合格は知れ渡っていた。


 母は早くに亡くなり、父も三年前から行方不明の俺に、村人たちは家族のように心配してくれる。それはありがたいとは思っている。

 だが、今の俺には鬱陶しいことには変わりない。

 俺はため息をつきながら、唯一の家族である兄のヨアを探して歩き始めた。


 広場にいくと兄はすぐに見つかる。村の女の子たちが集まっているところを探せばいいからだ。だが、いつも声をかけるときは躊躇する。声をかけたら、彼女たちから冷ややかな視線を浴びることになるのがわかっているからだ。

 迷っていると、先にヨアに気づかれ大きな声で呼ばれてしまった。


「カイ!」


 村の少女たちに囲まれていたヨアが、満面の笑みで手を振っている。仕方なく手を上げて返すと、ヨアは少女たちに別れを告げ、軽やかにこちらに駆けてくる。


「どこかに行くのかい?」

「ギルドに行こうかと思って、ヨアを探してたんだ」


 嬉しそうなヨアの後ろから、いつものように容赦のない冷たい視線が俺に刺さる。昔から変わらない、一連の流れだ。

 そうとは知らずにヨアは、足取り軽く歩き出す。


「そうか。じゃあ行こうか」

「彼女たちはいいのかい?」


 返ってくる返事はわかっていたが、一応聞いておく。


「いいよ。お喋りをしていただけだから。カイの方が大事だよ」


 人たらしのヨアは、恥ずかしいことをさらりと言う。嬉しいが背中がむず痒くなる。


(こういうところがモテるんだよな)


 どう返していいか迷って立ち止まっていると、ヨアは何事もなかったかのように話かけてきた。


「どうしたんだ?行かないのか?」

「行くよ。でも先に『コロボック』で、何か食べていこう。あいつらもそこにいるだろうし」

「そうだね。今日は何を食べようか」


 お腹を満たす為ギルド横の食堂『コロボック』へ、俺たちは向かうことにした。


 気分は沈んでいたが、ヨアが穏やかな翡翠色の瞳を細めて微笑むと、わずかに胸の重さが和らいだ。


 血は繋がっていないが、心から信じられる家族は、今はヨアしかいない。


 父に赤ん坊の頃に拾われてきたヨアは、後に生まれた俺と兄弟のように育った。俺とは似ていない優しそうな風貌は、自然と人を惹きつける。その落ち着いた雰囲気と柔らかな笑みには誰もが癒された。密かに自慢の兄なのだ。



 ギルドがある近くの町まで出ると、元冒険者のジルが営む食堂『コロボック』に向かう。そこは、いつも活気に満ちていた。ジルは遺跡帰りの冒険者たちが“兄貴”と慕う、そんな憩いの場所を俺たちに提供してくれている。


 混んでいる店に入りジルに挨拶をすると「あっちにいるよ」と奥の席に目を向けた。

 そこには見知った二人が手を振っている。俺たちの冒険者仲間。赤毛のポニーテールが目印の小柄のティアナは、目が合うと大声で容赦なく傷口をえぐってきた。


「カーイー。また落ちたんだってー」


 今日の俺は機嫌が悪いから、睨みながら低めの声で返事をする。


「うるさいな、チビが」

「チビとは何よ! 慰めてやろうと思ったのに!」

「それから、慰められると思うのがすごいよ……。お前、バカだろ」


 怒るティアナの後ろで、鋭い青の瞳を細めて笑っているのはアッシュ。彼も俺たちと同じメンバーだ。

 三年前にヨアと組んだあと、二人と知り合って組んだパーティーはバランスがよかった。ヨアは魔法使い、ティアナが前衛、アッシュが後衛、そして俺が中間の剣士。俺たちの冒険パーティー「ザリオ」はこの町では、そこそこ強かった。



 俺たちは昼食を済ませ、初めの目的のギルドに向かう。気分転換も兼ねて依頼を受けに来た。ギルドに入るとすぐに受付のミラが、俺に声をかけてくる。


「カイ、残念だったわね。もう諦めて冒険者に絞っちゃえば?」

「でしょ。ミラもそう思うでしょ」


 ティアナがそれに同意しているので、俺は軽く目を細め無愛想になる。


「うるさいな……いいから、何かいい仕事を出してくれ」

「はいはい。ちょうどいいのがあるわ。リュミエル聖教会からの依頼よ」


 苦笑いしながらミラが差し出したのは、教会の紋章と「遺跡調査の護衛任務」と書かれている依頼書だった。


 リュミエル聖教会は、国の秩序を守る場所だ。

 そして俺が、三度も落ちた聖堂騎士団も、そこにある。


 依頼書を貰ったヨアは眉を潜めた。このパーティーのリーダーは俺だが、事務的なことは年上のヨアに任せている。こんなにも顔をしかめたヨアを見て、内容が気になって俺も依頼書を覗き込んだ。

 見ると報酬は悪くない。受ければ当分の生活には困らないのに、こんなに悩んでいるヨアは珍しい。

 依頼書から顔を上げたヨアは、低めの声でミラに訪ねた。


「聖堂騎士団もいるはずなのに、冒険者に護衛を頼むなんて……どういうことだ?」

「それはわからないけど……たぶん遺跡に慣れた冒険者を雇いたいのではないかしら。もちろん受けてくれるわよね」


 受けるのが当たり前かのように、ミラは前のめりで返事を聞いてくる。

 でも、ヨアの顔には明らかに難色が浮かんでいる。普段は滅多に見せないその表情に、俺は少し戸惑った。

 悩むヨアを前に、しびれを切らしたミラは両手を合わせ嘆願してきた。


「本当はあなたたちに直接頼みたいと、ギルド長が話していたの!今はギルド長いないけど、帰ってきたら報酬上乗せするように頼んでおくから、お願い!」


 珍しく必死なミラを見て、ヨアは困った顔をして俺を見た。


「……どうする、カイ?」

「ヨアは何をそんなに迷っているんだ?」

「いや、ただ……教会とはあまり関わりたくないんだ」


 教会と関わりたくない──その言葉を初めて聞く。胸の奥で、何かが小さく軋んだ。


 俺の知らない兄が、そこにいる。

 

 するとアッシュが、頭の後ろで手を組み、軽く口をはさんだ。


「じゃあ、受けなきゃいいんじゃね」


 その言葉に、俺も同意する。


(ヨアが嫌がっているのにやる必要ないよな)


「そうだな。そうしよう……」

「ちょっと、それは駄目よ!この依頼はギルド長も絡んでいるのに、断ったら角が立つわ」


 言葉を遮るように、ティアナが俺を止めた。それを擁護するかのようにミラが割り込んでくる。


「そ、そうそう。ギルド長が言っていたわ。この依頼は「ザリオ」しかできないって。だからお願い。受けてちょうだい!」

「ギルド長には世話になっているし、頼みを断ることはできないか……」


 この依頼も信頼があるからこそ、俺たちに頼んでいるのだ。教会の依頼を適当な冒険者に回したくもないのだろう。 


(でも……ヨアも嫌がっているし……)


 決めかねている俺は困った顔でヨアを見ると、ヨアは溜息を吐き、とても嫌そうに言葉を吐いた。


「……ミラ、その依頼、受けるよ」


 ヨアは渋々依頼を受けてくれたが、依頼書から目を離さずに睨むように見つめていた。


 その瞳はいつになく冷たく、初めて見るヨアの横顔に、しばらく声をかけられずにいた。

 彼のまだ知らない面がある──その事実だけで、胸の奥が静かに痛んだ。

 問いただすことはできず、ただその感覚を押し込むしかなかった。


 その時の俺たちは、この依頼が始まりで、村に帰れなくなるとは思わなかった――。





読んでいただき、ありがとうございます。

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