第9話「これは呪いではなく、愛です」
王都の中央広場にある聖魔院──そこは、正式な魔術契約を再び結ぶために必要な儀式場でもある。
その日、周囲に知らせることなく、ふたりはそこを訪れた。
証人も立会人もいない、ただの再契約──いいえ、それは新たな「願い」の儀式だった。
石造りの祭壇には、かつての契約を記録した魔導石と、新たに作られた蒼の魔石が並べられていた。
「準備はいいか」
フェリクスの問いに、エディスは小さく頷いた。
彼は、指先に宿す魔力を集中させて、ゆっくりと魔石へ触れる。
淡い光が満ち、結界がふたりを包む。
「魔術誓約──此処にふたたび結び直す。過去を解き、いまこの瞬間から新たに、ただ一つの願いとして」
その言葉に、魔石が静かに共鳴した。
次に、エディスが歩み寄る。
彼女の指先からも、微細な光が零れた。
その魔力は、以前よりずっと穏やかで、けれど深く温かいものだった。
「私は、あなたと共にあることを選びます。契約ではなく、意志として。……あなたを、愛しているから」
瞬間。
祭壇に置かれた蒼の魔石が、真白に光を放った。
魔術師の間では知られている。
本物の想いが魔石に触れたとき、そこには“呪”ではなく“祝福”が宿るということを。
そして今。
フェリクスの目の前で、エディスの魔力が、それを証明していた。
「……本当に、君が……?」
「はい。だから、もう何も隠さないで。あなたも」
フェリクスは、初めて彼女の手を取った。
指先が触れた瞬間、魔力がやさしく絡み合い、結界の内側に静かな風が吹いた。
「君が欲しい。守りたいではなく、隣にいてほしい。……エディス、君がいない未来は、もう考えられない」
その言葉に、彼女はそっと目を閉じて微笑んだ。
祝福の光は、ふたりを包み込みながら、天井の魔術文様へと吸い込まれていった。
それは、呪いではない。
永遠を縛るものではなく、共に歩むという願いの証だった。