第6話「破棄を正式に、そして自由を」
静かな朝だった。
王都に初夏の風が吹き込み、鳥たちが祝福するようにさえずっていた。
そんな中、侯爵家の使者がひとり、公爵邸へと書類の束を届けに来た。
フェリクスは無言でそれを受け取り、執務室の奥でひとつひとつ目を通した。
魔術契約解除届──婚約破棄のために必要な、正式な手続き書類。
すべては整えられていた。完璧に、隙なく。
エディスの筆跡は丁寧で、最期まで礼節を失っていなかった。
彼女は、静かにすべてを手放そうとしている。
十年を、何もなかったかのように、ただ穏やかに終わらせようとしている。
──そのことが、何よりも痛かった。
「……自由が、欲しいか」
誰に問うわけでもなく、フェリクスは呟いた。
そうだ。彼女は束縛ではなく、対等な愛を望んでいた。
けれど、自分はずっと“護る”という名の殻で、彼女を閉じ込めていたのだ。
(エディス……君が自由を望むなら、俺がそれを証明する)
彼は魔導印章を手に取り、自ら署名する。
魔力で練られた紙が淡く光り、契約が破棄されたことを告げる波動が走った。
エディスの元にも、まもなくこれが届く。
そのとき彼女はきっと、涙も見せず、ただ静かに受け取るだろう。
けれどその胸の奥で、ようやく解放された何かを抱いて、前を向いてくれるだろうか。
フェリクスは窓の外を見上げた。
晴れ渡る空の向こうに、白金の髪が風に揺れる幻を見た気がした。
そしてそっと、ひとつ息を吐いた。
「……今度は、こちらから始める」
それが、ただの始まりに過ぎないことを、彼はまだ知らなかった。