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第59話 氷夜城〈ノア編 16年前〉

 数日後、ノアは四人の白騎士と共に凍り付いた山間僻地の古城、氷夜城アイスブラックに入った。広々としたその城は深い雪に覆われ、既に何者も居なかった。




 凍てつくような寒さの中に建つ幻想的な美しい城だった。ずぶ濡れになり、寒さに震えていた。腹も空かせていたし、氷を溶かした濁った水を飲んだせいで腹の調子も悪かった。




「完全に孤立する前に退去したようだな」小隊長のネイサンはいった。「暖炉まで凍ってやがる」




 小隊長に指示されたジョシュアは、薪を集め魔術師に火を炊かせた。暖炉に集まり濡れた長いマントを脱いだときは何年ぶりかと感じるほど暖かかった。




 旅の行程で暖をとるのは魔術師の作る小さな火球だった。それに比べチラチラと激しく動く薪の火は、暖かく命が息づいているように見えた。




「あったけぇ」ライナスは鼻をすすりながら黒ずんだ両手を暖炉にあてた。




「ほんと……綺麗だ」




「ぷっ、何が綺麗だって? 錠前破りは詩人にでも転職するのか」




「は、はは。だから解封師だってば」




 ライナスは彼のでかい尻を蹴りあげて続けた。「どう違うってんだ。わざわざ少数部隊で行動してるのに、でかくてノロマなお前がいたら、何にもならねぇな!」




「ご、ごめんよ。でも城が閉められていたり、宝箱があったらぼくが必要だろ。そ、それに閉じ込められたりしたら大変だよ」




「ふん。なんで錠前破りになんかなったんだ? お前みたいなデカぶつには向いてないだろ」




「す、数字を解いたり、小さい鍵の構造が好きなんだ。没頭してると……孤独を感じないっていうか」




「お前、馬鹿だな。孤独を感じない為に、孤独な仕事で孤独に死ぬかもしれないのに、錠前破りになったのか」




「は、はは……た、確かにそうだね」




「ぶははは、変わったやつだ」




「いつまでも無駄話してないで、仕事をしろ。宝物庫と城主の部屋に鍵がついてる。小廟に封印された宝箱だ」




「は、はい。小隊長」




 城門から中庭を通り、回廊と宝物庫まで術式トラップは無かった。あったのはせいぜいスライド式の簡易的な鍵だった。




 居住塔と城主の部屋には危険な錠前とトラップがあった。解封印するのに半日以上、武器庫の殺戮トラップにはまる一日かかった。




 そこまでで、ひとまずは短い休息を与えられた。とはいっても、城内を探索する役目をひとりで押し付けられただけだ。騎士たちはトラップを恐れていた。




 ひとり静かな小廟を覗くと大樽ほどもある灰色の宝箱を見つけた。孤独を忘れ、仕事に没頭したいと思っていた。




 仕事をしている間だけは、寒さも恐怖もなかった。ただ、目の前の鍵に集中しピッキングと解封印を続けるだけだ。




 数時間、いや数分かもしれない――カチャンと至福の音がなる。解封師は、宝箱からする物音に気付き、後退りした。トラップは無いはずだと確信したのに物音がした。




 何度も部屋を行き来して、やっと宝箱をそっと開いた。その宝箱の中には、赤ん坊を抱いた美しい女が眠っていた。




「ひっ!?」




 真っ白なブーケに被われてほとんど裸のような姿で凍え死んでいた。抱かれた赤子も、ピクリともしなかった。




「……し、死んでる。死んでるに決まってるじゃないか」




 でも、解封術に何かが反応したように感じた。動いたように。 




 女だろうが赤ん坊だろうが、黒騎士ヴィネイスを見つけたなら殺さなければならない。解封師は腰から短剣を抜くと、一方の手でゆっくりと死体を確認する。


 


「――綺麗だ」




 折り畳まれた女の死体は、誰かに対する報復か脅しであるとも思われた。しかし女は凍え死んだのか餓死したのか、外傷はなかった。




 美しい女は両手に一つずつ指輪をしていた。左右の薬指に白い指輪と黒い指輪だった。まるで黒騎士と白騎士を象徴するような。




 若き解封師はじっと指輪を見つめた。ゆっくりと、手を伸ばしそっと触れてみた。すると、その女の両手に包まれていた、赤子がすうううっと息を吸った。




「い、生きてるっ」解封師は尻もちを付いて、じたばたと玉座を離れた。「い、生き返ったのか?」




 何がおきているのか分からなかった。触れた指先がピリピリとするのを感じた。解封師は立ち上がり、乱れた声で騎士たちを呼んだ。




 武器庫や居住塔を見まわっていた騎士が、この礼拝所に集まった。毛皮にくるまれた赤子が抱き上げられ、三人のたくましい白騎士と一人の魔術師、そして解封師が囲み見ている。




 旧式の革鎧が月明りに青白く映り、吐く息は白かった。一方には女の死体。母親にしては若い様子だ。




 真っ白なブーケ以外は一糸纏わぬ姿で、折りたたまれるように灰色の箱に収まっていた。




 すでにノアは二つの指輪を回収していたので、その女が魔術師であるのは疑りようがなかった。


 


「その箱は氷の玉座のすぐ近くにあった。つまり、名のある魔術師というわけだ」モーガンはその死体を〈氷解魔術師クリオマンサー〉と呼んだ。




「何の儀式をしていたか分かるか?」




「年寄りだからといって黒騎士の儀式に詳しいわけじゃないが」魔術師は小隊長にいう。




「魔力を溶かすといわれている。まあ、王家や権力者が魔力流を独占しようとするとき、固体化、液体化といった魔術が役立つのだろう」




「つまり、魔力の流れをつくり、こう平たくしようってことか?」ネイサンは手の甲を左右に振った。「魔力の根源にある流れを氷で固めたり流したり出来るとか?」




「ごちゃまぜの多神教だから、はっきりしたことは分からん。わしの知る〈火焔魔術師パイロマンサー〉には真逆の解釈もあるくらいだ。炎によってユグドラシルと呼ばれる樹々の枝葉を落として、魔力の流れを変えるとか。迷信だよ」




 一般に文化水準の低い山岳地帯に、各宗各派の差異を判別することは困難であり、またその必要もなかったのだろう。




 彼らにとって多種多様な魔力の理解の中から、みずから熟知したものを探して、それを信仰できればよかったのだろう。




「だぁ……だぁ……」




 赤子が、小さな声を上げた。生きようと必死に両手で宙をつかもうとする仕草だった。若きノアは触れたら壊れてしまいそうな小さな命に興味を持ったが、扱い方はまるで分からなかった。




「赤ん坊は、お前が管理しろ」小隊長のネイサンは、赤子をノアに預けた。




「ええっ!? ぼ、ぼくが」




「ひゃはっはは。今度は子守りに転職だな、錠前破り」




 ライナスとジョシュアは声を合わせて笑った。解封師は手にした指輪をひとつずつ、魔術師に手渡そうとした。モーガンは黒い宝珠の埋め込まれた指輪を手に取った。




「かなりの価値があるだろうが、わしに闇の魔術は使えない。もう引退のことしか考えたくないしな。そっちは光の魔術か。まあ、お前が持っていろ。赤子と共にしっかり管理するんだ」


 


「は、はい。ありがとう」




 しめたものだと思った。指輪は二つで効力を生んでいることは分かっていた。それに価値のある宝珠アクセサリを預けられるのは信頼があるからだと感じた。




 敵兵やホワイトウルフが現れたとしても簡単に見捨てられないのではないかと期待した。




 回廊を抜け、中庭に出るとライナスはどこからか古めかしいソリを引っ張り出していた。魔術師と小隊長は雪の上で地図を開き帰路について話し込んでいる。




 厩舎の上で凍り付いた風見鶏は、動くことなく反射した朝の光を中庭に落としていた。




 魔術杖ワンドと毛皮だけ運べといわれ、ノアとジョシュアは武器庫と居住塔、ソリのある中庭を何度も往復した。




 赤ん坊がぐずりはじめた時、ノアは〈氷解魔術師クリオマンサー〉がしていたように指輪をはめて抱いてみた。理由は分からないが落ちつくらしい。




 赤ん坊はノアのマントの下に結び付けられ、時折背中でもぞもぞと動いた。




「ふひゃっ、くすぐったい」




「……お前、ここから砦まで赤ん坊を連れ帰るのが、どれだけ大変か分かってるのか?」




「で、でも白騎士ステイトの子かもしれないよ」




 ジョシュアは呆れたという顔でため息をついた。毛皮を持ち直していう。「なあ、その目でちゃんと見てたか。じゃ何故、ひと思いに殺さずあの場に保管するような真似をしたんだ?」




「み、見せしめにしては手が込んでいるね」




 ノアの両肩をあげる仕草にイラついた表情を向けた。「黒の呪術師とその子供に決まってるだろ。おおかた、いつまでも儀式が終わらないから置いてきぼりにされたんだ。柩に戻したらどうだ。助ける義理なんかない。どこの民だろうが関係ない」




 ノアは足元を見下ろすように項垂れた「で、でも……でも」ゆっくり首を振る。




「あれは柩じゃなかった。た、宝箱だよ。ぼくが開けたんだ」




「知ってるよ、俺もいたんだ。馬鹿か?」毛皮を降ろし、ずり落ちた剣帯をなおしてジョシュアは自分の肩を揉んだ。




「モーガンは呪術師の使ってる指輪なんか簡単に預かりゃしない。どんな呪いがあるか知れないからな。それに赤ん坊の世話を任せるなんてのは――本当にわかんねぇのか?」




 ノアは気の弱い男だった。屈強な白騎士に混じって、いかにも職人風なずんぐりとした貧弱な男は、意味もわからず自分が恥ずかしくなった。




「……」




 みすぼらしい毛皮を被り、白騎士達の後ろをコソコソと付いて歩く従者の身分である。




「その二足歩行も出来ないお荷物が大事なお宝だとでも言うのか」




「そ、そうかもしれないよ」




「外には、ホワイトウルフがいるんだぞ。赤ん坊を守って帰るなんてのは不可能だ」




「……ほ、放っては行けないよ。まさか見殺しにする気かい?」見殺しという言葉に、ためらいの感情が込められていた。




「言葉に気をつけろ。お前なんかに決める権限はない」




「あ、ああ。そうだったね。ごめんよ」ノアの唇が震えていた。




「いいか、錠前破り。その子のせいで俺達が危険な目に合うことになったら、迷うな。ホワイトウルフの餌にしろ」




「え、餌だって!?」




「ああ、そうだ。新鮮な肉だろうが。細切れにして、ばら蒔くんだ。俺がなんで〈皮剥ぎのジョシュア〉って呼ばれているか知らなかったか。白狼から逃げるときに、仲間の死肉を剥いでばら撒いたからだ」




「……」




 その冷たい目は真剣そのものだった。この赤ん坊に起きることは、いつ自分に起きても不思議ではなかった。退却する時に、お役御免になった解封師が見捨てられるというのはよくある話だ。




 ここでノアが置き去りにされたとしても、だれも同情しないだろう。自分と同じ……それどころか自分より、もっと低い立場に置かれた幼い命を背中に感じた。




 この広い世界で産まれ、無意味に消えてしまいそうな小さな命を。




「え、餌だよね。も、勿論そうするよ。言われた通りにする」




 ノアは涙を留めていたが、気が立っている白騎士にはそういう他なかった。額は汗で濡れていた。




「お前に出来るか? 出来ないなら俺がやる」ジョシュアはわざとらしく剣の柄をぶつけ、刺すような目を向けた。




「……で、出来るさ。任せてくれ」





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