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第55話 女魔術師

「こ、これは……幻覚魔法のたぐいか?」


 


 魔女は〈風の魔術〉を使った跳躍により消し炭と化したリウトから左手に十メートル飛び退いた。その肩に手が掛かる。




「落ち着け! 術にかかっていたのか」




「ミ、ミルコ様」




「お前が叩きつけたのは味方の漆黒騎士シャドウナイトだ」




「はっ……はっ……ははは……は……なんだ…って。私が仲間を!?」




「お前は味方をずっと攻撃していた」




 肩に重い石を載せられたような重圧感だった。重ねた失態に魔女の気は動転していた。腹の中で冷たい虫がのたうちまわっているような気がした。




 息が乱れ、汗が噴き出していた。アネスは既に味方である三人の漆黒騎士シャドウナイトを殺していた。




 冷静さをとり戻し、状況を確認する。たいして状況は変わっていないはずだ……自分の意識が錯乱した事以外は。




 だが事態は急変していた。まわりを取り囲むように数十人以上いた黒騎士が、どこにも見当たらない。




「この私が、してやられたと? 貴様があの馬鹿の運び屋リウトだというのか?」




「何とでも呼んでくれ」宙に浮いたままリウトは眉を潜め首を振った。




「随分と、成長したようだが……」




「ああ。お前の皮肉にも耐えられるようになった」リウトは体をクルリと回して着地した。「思ったより手ごたえの無い連中だったな」




 迷宮で亡霊騎士相手に苦戦していた男とは思えなかった。たったの数か月で、魔術師としての才能があんなにも開花するものか。




 あの能無しにどうしてこんな芸当ができるのか。雷光の指輪は死神ベインが回収したと聞いたが、どう関係したらこうなるのか。




 モリスンは〈愚者の資質スキル〉を使い、麻痺していた白騎士を起こしていった。頭数を増やし状況を変えるつもりか。


 


 ミルコはモリスンに目を向けながら指示した。「アイツだ……術師殺し。魔術を打ち消し、わざわざ這っている白騎士を起こしやがって。アネス、お前は何としても魔術師リウトを殺せ」




「……え、ええ」




「モリスンは私が始末する」




 ミルコは黒騎士を指揮し、浪人部隊を分散させた。両刃の魔剣アンサラーを持った騎士が六人、魔術無効化のモリスンは黒騎士の精鋭を着実に減らしていた。




 右手にザック、左手にモリスンが足止めされる。魔剣を使う浪人騎士の攻撃は、機械的なものだ。同じ向きに剣を捌き、同じ角度で切り返してくる。




 中途半端に腕に自信のある剣士ほど、同じ訓練を繰り返しこの状態にはまる。想像力に劣る魔剣の欠点がそれだった。




「剣をよく見て戦えっ! 敵の攻撃パターンをみろ、刺突と打撃は無いぞ。相手のリズムにはまりこむな」




 ミルコが伝えると、黒騎士は剣をかち合わせ、足や膝を使った変則的な打撃に切り替えた。なおも混戦状態が続いていた。




「起きろ! 起きて戦え」




 アネスが見上げると、既にリウトはセオリー通り攻撃魔術を防ぐ魔術盾を唱え終えていた。むやみに魔術弓を放てば何処に跳ね返って味方に当たるか分からない。




 空中浮遊術だけ見ても、自分以上。はるかに高度なレベルにある。そして不可視の遮蔽術によってこちらは奴を見失う。これを見破らない限り攻撃を当てることは到底、無理だ。




「くっそおおおっ!」アネスは甲高い声を上げた。「騎士の補充を。来い、漆黒騎士シャドウナイト!」




「……こないぜ。シャドウ・ホールは解除させてもらってる」




 老騎士と共にローズが後方を走っていた。リウトの指示どおりの場所にあった宝珠を解封印し続けている。つまり、もう援軍は来ない。




「ええい、手こずらせおって!」




 アネスの元に、残った黒騎士が鋭い槍を構えて走り寄りリウトの前に立ちはだかる。魔女の顔付きが変わった。


 


 顔と身体がどろどろと溶けて行った。薄煙ヘイズの魔術も変身魔術スレイも解き、魔力を集中しているのだ。そこにアネス・ベルツァーノの姿はなく、銀髪の乙女が現われる。




 決して若くはないが、身体は引き締まっている。無駄な贅肉がおちてほどよい筋肉がついている。愛らしさはないが、色気のある女性といった印象の女だった。


 


 同時にミルコの化けの皮も剥げ落ちていた。体格は変わらぬものの、灰色の飛び出した目はつり上がった細く暗い色に、鼻柱は細く長くなっていた。




「やっと本性出しやがったな、魔女め。素顔のほうが似合ってるぜ」




「女性を褒めるのがうまいと見える。分散していた魔力を戻した。見せてやるぞ、私の魔術師の資質を」




 怒りの形相は確かにアネスに似ていた。魔女は自分に似た魔術師を選び、すりかわっていたのだから。




 そこかしこから羽音のようなものが聞こえた。実際に虫が飛んでいるわけではないが、耳元でうようよと群がる虫の気配にリウトは不快を覚える。


 


 魔女の撹乱魔術か。いや、センサーのようなものをばら蒔き、隠匿術と不可視の遮蔽しゃへい盾を見極めようというのか。




 魔女は、魔術杖ワンドのグリップを握り直した。リウトは武器を持っていない。やるなら、接近戦しかない。先のノックバックで受けた関節の痛みと筋肉のだるさが残っている。




 魔女は、魔術師同士のぶつかり合いを挑む。磁場を反転させ重力を利用した打撃魔術を唱え、自身の体ごと相手にぶつける。




 (この衝突で、どちらかの身体は弾け散るだろう)




「はぁ……はぁ……ごくっ」




 最終攻撃ラストアタックだ。魔女の体は残像を残したまま、リウトの懐へと跳躍ジャンプした。




 薄膜の反射障壁が打撃魔術を発動したとたん、彼女自身に攻撃を逆流させた。




「承知の上よ!!」




 全身をハンマーで打ち付けられたような痛みが走る。だが重圧が致死量に達する寸前に、この打撃を反射する。打撃は二人の間を交互に行き来する。




 目の前で慌ただしく明滅する魔力に、火花が散り緊張が高まっていく。二重、三重、四重と反射魔術はかけられ、威力は増幅していく。


 


(だっ……駄目だ。こいつの魔力は底なしか)




 助からない――。私はまだ成長出来たかもしれない。まだまだ成長出来たかも。




 牡鹿おじかが角を突き付け合うかのような、魔力と魔力のぶつかり合いだった。こんな無茶をしたのは、何時のことだ。




 解封師ローズとモリスン、懐かしいチームが頭に浮かんだ。何があったかは知らないが、こいつらは、あれから遥かに強くなった。




 何で、何で、何でそんなに。私は強くなれたのだろうか。少しは成長しただろうか。負けを認めよう。これほどの状況で、運び屋の馬鹿は……笑っている。


 


 伝えたいが、もう無理かもしれない。本物のアネスは港街ベルローにいる。私が死ねば記憶は戻るだろう。




 私とて、無駄な殺しはしたくなかった。誰の気持ちも受け取ってこなかった。誰ともチームにはならなかった、それがやつとの差だ。




 父はいった。あの男ミルコについていくなら、黒騎士ヴィネイスも白騎士ステイトも敵に回すことになるぞ。スパイとは、そういうものだ。それでもいいのかと。




 無茶は承知だった。婚約者ジラートフはミルコと名乗り、十年も前から白騎士の心臓部に潜入していた。




 ロザロの団長にまでなり、全ての情報を持って黒騎士へと帰る命令だった。だが彼は戻ってこなかった。




 ジラートフは、あの方と共に行く道を選んだ。皇帝は父である連隊長ロスタフを呼びつけ問いただした。




『敵国で権力ある地位まで握れとはいっていない。仕事はしているようだが、帰還命令も守れないようなスパイは要らぬ』と。


 


 父は娘の婚約者にチャンスを与えた。これは特別な任務だと進言した。我々がやろうとしている作戦は、必ず黒騎士を優位に立たせると。




 黒騎士として生きろ。そしてジラートフがもし、皇帝の敵となるなら……お前はやつと共に死を選ぶのだ。




『分かりました、お父様。私は決して黒騎士を裏切りません。そのうえで、ジラートフを支えていくことに生涯を捧げます』




 精神が砕けてしまいそうだった。敵軍へ潜入する日々は精神は削られていく。成長する努力、その燃料が私にはなかった。




 私には何もなかった。婚約者への報われない気持ちに、愛もなく、仲間もなく、成長もなく、希望も、自由も、本当の姿も、実の名アデリーと呼ばれることすらなかった。




 父の言葉だけが支えだった。『それでこそ儂の娘だ』――ええ、父さんの娘で、よかった。先に逝くあなたの娘をお許しください。


         




 彼女は壊れた人形のように、吹き飛ばされた。倒れ込んで尻もちをつくと、短いスカートがまくれ上がり惨めにその場で転げまわった。起き上がることが出来ない。




「ひっ、な、なんだと! な、何故だ」




 自分の手の平を見て目を疑った。身体は弾かれただけで潰されていなかった。自分を殺さないという選択肢はないはずだ。




 どのみち、屈服したところで後に高い代償を払わされるのは、こちらのほう。魔女は、この短期間に急成長を遂げた青年に、何故と問わずにはいられなかった。




 背後から噴き出した緑のツタが魔女の細い身体をじりじりと縛り付けていた。つる植物の種を植え付け時空歪曲で一気に成長、更に剛化する魔術だった。




「こ、こんなものは見たことが無い。やっ、やめろっ……」




 リウトはレンギルに所蔵されている本はすべて目を通していた。竜鱗の腕輪を持っていればいつでも過去に見た記憶を呼び出せる。




 魔法数列の組めない男が、何年も掛けてそんな無駄な努力を積めるものか。孤独と向き合いながら成長するなんて、本物の馬鹿にしか出来ないことだ。




(なぜ殺さない……この強さは何だ……何なのだ)




 リウトは肩をすくめて返答した。「さあな。お前がアネスを殺さなかった理由と同じだろうな。知っているはずだ、お前が馬鹿にしてきた物が何か。辛い時、苦しいときこそ、湧き上がり絞り出した本気ってものを」




「私の、あ、頭の中の問いに。くっそおおっ、偉そうにいいいっ!」




 ツタに縛られ、もぞもぞとしながらアネスは叫んだ。素足をあらわに身動きが取れない魔女は、屈辱感で怒りを爆発させていた。




「……ん…ん……っく」




 惨めで浅ましい姿だった。首と後ろ手をがっちり縛られ、腰のくびれは捻りあげられるように縛られ、締め付けられていく。




〈吊るされた男〉を追い求めたサディストの魔女。そいつがマゾヒストに目覚めりゃ調度いいとリウトは思った。




「ぐっわあぁ!」


「うわああああっ!」




 至るところで床設置型のトラップが発動していた。起爆、スリープ、虎ばさみやフリーズまで。ローズは、どんなに解除しても無くならないトラップに混乱していた。




 瀕死の騎士たちの悲鳴が響いていた。起爆トラップの破裂音と熱風、黒い煙に混ざって焦げる血の匂いが広がっていた。




「くそっ、どれだけ準備してやがるんだ」




「ミルコよ――」アネスだった魔女はいった。「あれは追い詰められてから能力を発揮するのだ。準備などいらない。自らトラップを生み出しているのさ。解封師以外は発動するまで無効化できない」




「……」




 リウトは固唾を飲んだ。ミルコの剣術は訓練場で何度か見たことがあった。簡単に勝てる相手ではない。さらに、手にしているのは伝説の剣と言われる〈聖騎士ミスリルの長剣ブレード〉だった。





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