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第48話 血塗り門の罠

 二千人いた白騎士は十分の一にまで減っていた。ヴェルファーレ山頂へ攻め入るという日まで百日が費やされたが城砦は数十人ほどの黒騎士ヴィネイスを残し、もぬけの殻になっていた。




 たった一晩の戦いで軍はあっさりと砦を奪った。この日、ローズの所属部隊も城壁をくぐる。防御に重点を置いただけの城砦に美しさは無かった。




 城壁だけはしっかりと作られてはいたが実情、中身は広い空き地が占めていた。


 


 木造で建てられた矢倉が立ち並び、互いに建物が寄りかかることにより幾分か強度が増し、順に建物が大きくなっているだけの代物だった。




 煉瓦で建てられた屋敷は元々あった見張り台を改造したものだ。慌てて創られた城砦は粗野で荒れていて、誰の目にも薄気味悪く映った。




 城塞の戦いは終わったという情報が流れ、峠の騎士たちに歓喜の声が溢れた。




「恐れをなして逃げ出したんだ」拳を突き上げ、白騎士たちは叫んだ。「やっと、黒騎士を追い出した。勝ったぞ!」




 城砦を築いたとたんに、消耗し疲弊しきっていた敵軍は逃亡した。敵軍がいないうちに先発隊は、この城砦に入り勝どきをあげた。




「団長を呼べ、ミルコ団長はどこだ」




「野営地に使いをだせ」




「酒をもってこい、やっと国に帰れるんだ!」





 その日のうちに、騎士コリンズは老兵のダリルを呼びつけた。峠道に作られた小さなテントで、腰をおろしたコリンズが酒をちびちびと飲んでいた。




「きたか? 老いぼれ」




「やあ、コリンズさん」ダリルは騎士たちの防具を担ぎ、馬を引いて現れた。




「中隊長とよべ。そんな荷物は新兵にでも持たせろ。昇進が決まった」




「ほほう」髭をなでつける老騎士は立派に見せるように背筋を伸ばした。「ついに儂が認められる日がきたのか。来てしまったのか」




 コリンズはグラスを渡すと、少しだけ悲しい顔をして酒を注いだ。「おめでとう。嬉しそうだな……乾杯してやろう」




「乾杯! 儂は騎士隊の命令系統は見直さんといかんと思うとったんじゃ。でも、まだまだ動けるから王家とクリケットをやってご機嫌を伺うような将軍なんかには、向いていないと思うんじゃ。テントでふんぞり返っている団長や副団長なんかも、嫌いじゃのぉ。情報連絡用の燕つばめに餌やって、水晶とおしゃべりばっかりしてるからの。何の話しとるか、聞いたことがあるんじゃが、興味あるか?」




「……な、なんだって?」




「ふぉほほほ、女魔術師の妊娠と生理の話しをしとった。ぷぷっ、それでの――」




「あのなぁ、ダリル」コリンズは呆れた顔でダリルの話を止めた。「お前は運搬兵から白騎士に戻るだけだ。なんの権限もあたえられない」




「わ、儂は運搬兵じゃったのか!」




「ああ、実際に昇進したのは新米騎士のライカだけだ。とにかく、お前の呆けぶりが聞けなくなると思うと俺は……俺は」




「儂も寂しいわい」




「馬鹿野郎、先に言うんじゃねえよ。俺はな〈臆病者のダリル〉が誰より剣術修行を欠かさないってのを知っている。たいていの晩、従者や雑兵相手に剣術修行をしていたろ?」




「す、すまんの。知っておったのか」




「見れば分かる。手は血豆だらけ、全身は打ち身だらけ。あんた剣術はかなりの腕があるのに、本当に黒騎士を殺したことがないのか?」




「無いんじゃな、これが。わははは」




 この間も黒騎士に酒瓶を投げつけ燃やしはしたが、殺したのは〈剛健のカレス〉だった。依然として功績があがらないまま、部隊に居場所はなく雑兵扱いは続いていた。




「わはは、じゃねえよ。二週間の暇いとまがでた。街でゆっくりしてくるといい。次の配属先は七番隊だから、山脈リッジになる。冬支度をしておけ」




「そうか。また一人で馬車に乗るのか……」




「あんた身内はいないのか?」コリンズはダリルの肩を抱いた。「会ってきたらどうだ」




「別れた妻がロザロの街におるが、新しい旦那に出くわしたら、ややこしいわい」




「独り身の爺いか。まあ、興味はないけど」




「どうじゃろう。城砦にいるローズにも挨拶もしとらんし……もう少し、ここに置いて貰うわけにはいかんかの」




「馬鹿野郎! さっさと出ていけ」




 小さな荷物をひとつと、古びた大剣アンサラー(宝珠なし)、使い込まれた鋼のショート・ソード。それだけを持ってダリルはテントを出た。そこには尖った顎髭あごひげを生やしたの中年の修道士が立っていた。




「ダリル殿、わたしは修道士のフロウと申します。神父様が呼んでおります」




「あの、小さいおっさんが?」ベナール教会のラルフ神父を思い浮かべる。禿げているが立派な男だった。




「偉大な神父でございます」




「あんたのほうが立派に見えるがの」


(髭ひげが……)




 神父はこの中年修道士より立派な髭を生やすべきだと思った。上に立つ人間のヒエラルキー、ヒゲラルキーの問題として。




「ああ、ローズのそばに配属してもらうのに手を借りたんじゃったな。でも儂は、有能すぎて昇進しちまったわい」




「そう手をまわしたのも、ラルフ神父でございますが」




「……へ?」ダリルは肩を吊り上げた。「儂にも分かるように説明してもらえんかの」





        ※   


 


 レイモン城を後にしたソフィアとモリスン、リウトの三人は町外れにある厩舎で眠るジャガーを訪れた。




「……」




 


 既に老レイモン卿と護衛の騎士たちが集まり、リウトたちを迎える準備がされていた。修道女シスターロセニアが早口でまくし立てる。




「待っていたんですよ。明け方に突然、ジャガーさんの容態が変わったのです。そして自分はガーファンクル家の公爵だなんて騒ぎ出すから、すぐに通信魔術でラルフ神父から王都アリシア様までお話がいって、何がどうなってか老レイモン卿まで駆けつけてきたんですよ!」




「ぷっ……」リウトは吹き出した。「本当に、ジャガーは公爵だったんだな。呪いが解けたのが原因ってことか」




「精霊術師のシャイアが死んだからか?」モリスンは自慢気な顔で喉をさすった。「俺の功績じゃないか」




 馬小屋の並びに布がかけられ、軍旗と槍を掲げた騎士たちが列をなしていた。その先に修道士ウォルドが三人を中に案内した。




 そこにジャガーの姿はなく、全身を包帯で固めた凛々しい大男が座っていた。ジョナサン・ガーファンクル公爵だとロセニアは改めて紹介した。




 南部の名家。〈正義の資質カード〉を持つ英雄と呼ばれ、軍旗には剣つるぎと天秤が掲げられる聖騎士ジョナサン・ガーファンクルその人だと。




「ジャガー!」といって、その怪我人は三人をみた。




「……」




「冗談だよ、リウトとモリスン。そして妹さんのソフィアさん」




「しゃ、喋れるんだな、ジャガー!」




「ああ、ずっと長い夢を見ていたようだ。だがリウト、君のことはしっかり覚えているよ」




「ジャ、いや、ガーファンクル公爵さん」




「あははは」包帯の隙間から笑顔がこぼれた。「共に歩き、共に馬車をひき、共に戦い、大切な仲間を失ったな。そして生き延びた。ジャックと呼んでくれないか」




「は、はい」




「そう、かしこまらないでくれ。私は君の友人だろ。違うか?」




「え、ええ、もちろんです」




 リウトとジャックはしばらくマンサ谷の出来事を振り返った。ジャックはレイモン城に残り、あの美しい谷を奪い返すと約束した。




 ガーファンクル家は遥か南部の激戦地にあたる〈血塗ブラッドり門・ゲート〉の守備を任された名家のひとつだった。




 八年前、数万の黒騎士と共に千匹の猟犬ガルムが放たれた日。門で白騎士は壮絶な死者を出したと大学図書館には書かれている。




 騎馬戦で雷鳴轟く長槍を振るい、黒炎の巻き上がる戦地で切り込み隊長を勤めたのがジャックだった。




 対峙するは黒騎士将軍ロスタフ。漆黒に金縁の鎧〈徹甲の戦車〉との異名を持つ破壊神。両軍に甚大な被害をうんだ戦いくさだった。




「私はもう前線に立つことは出来ないだろう。この体に、仲間を殺した自責と後悔がそれを許さない。だが、連中はまた同じ罠をはっていると聞く」




「白騎士や精霊術師たちに敵のスパイが紛れ込んでいたせいで、そこで呪術を仕掛けられたんですね」




「ああ、怪物オークの血を浴びせられ、黒騎士ヴィネイスの呪いに操られた。私は仲間である白騎士を何十人も、いや何百人もこの手で殺してしまった」




「に、人間を操る呪術が、存在するなんて」リウトは胸が苦しかった。




 その後、ジャックはたったひとり、呪術にあらがいながら北へ数百キロもあるルファーク湖を超え、山脈からセレース川を更に下った場所、マンサ谷まで放浪した。




 名のある精霊術師が数十人集まって、ジャックひとりを狂戦士に変貌させた。だが、徐々に呪いは薄くなり精霊術師のシャイアが死んだことで、呪術の魔力は完全に失われたのだ。




「すくなからず……魔力には人間を戦争に駆り立てる何かがあると、私は思う。前線で目の当たりにすれば、なおさら魔力の痕跡を感じることはあった。だが問題は私をはめた連中が、ロザロの街に集まっていることだ」




「何ですって。どんな連中ですか?」




「ああ――」




 ジャックはそれを、浪人部隊と呼んだ。どの部隊にも素性の知れない犯罪者が紛れているのは数年前から変わっていない。どんな経歴があろうと入隊すれば恩赦が与えられるからだ。




 そんな連中がひとつの編成部隊としてロザロの街に駐屯している。ベナール教会の情報によれば、兵舎は既に黒騎士のスパイが深く侵入しているというのだから、これは尋常でない状況だといえる。





『〈吊るされた男〉の情報は神父が直接話すといっている。変幻自在に姿を変える女魔術師アネス・ベルツァーノは知っているな。そして浪人部隊をとりしきるのが〈審判の資質カード〉を持ち、私をはめた男……オグマだ』




 三人は老レイモン卿から、早馬を用意してもらいロザロ、ベナール教会へ馬を走らせた。農夫バイスや村人たちと別れを告げ、ジャックに別れを告げた。




『ある日〈血塗ブラッドり門・ゲート〉に黒騎士の姿が忽然と消えたのだ。我々は勝どきをあげ、門を制圧したと歓喜した。それが、やつらの仕組んだ大掛かりなトラップだと気付かずに』




 死神ベインが見せるのは幻の軍隊だったが、それとはまったく違うのだ。実際にいる騎士の姿をくらませたり、突如として騎士をうみだす時空間魔術の存在。




 道をおおう雑草を駆け、泥の水溜りを踏み越え、枯れた樹々を乗り越えて馬を走らせながらリウトは思った。




 いくらトラップを解除しても、背中にスパイがいたらどうしようもない。ソフィアと教会を通じてローズの無事は聞いていた。




 だが、あの魔女アネスと共に騎士団に残った彼女が、ヴェルファーレの峠にいる以上、時は一刻の猶予も許さないと感じていた。




『――悪くすれば、城塞に入った白騎士は一網打尽にされるだろう』






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