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第47話 術師殺し〈モリスン編〉

 正しい道と、間違った道。もう何年も前から俺は迷っていた。何度も選択に迫られては必ず間違った道を選ぶのだ。




 天守キープの石壁はもろく崩れかけていた。ローブ姿の精霊術師シャイアは「ふううううっ」とイラついたうなり声を発し、手にした松明を左右に振っていた。




 何の呪まじないか知らないが、奇っ怪なその動きに胸糞が悪くなった。魔物を操り、けしかける精霊術だった。




 モリスンが選んだ左手の塔には、ひとり精霊術師シャイアが祈祷をあげていた。あたりには吹き抜ける風と篝火しかなかった。





 人間を戦争に駆り立てるような魔術は存在しないと聞いたことがある。ずっと昔に封印されたと聞いた。




 だが、そこには真っ黒い歪んだ魔力が漂っていた。ぼおっと篝火が緑がかった色に変わり、左から風が吹いた。




「!!」




 眩い火炎に見いられながら、足場の石畳が抜けていることに気付く。女の悲鳴のような鳴き声がしたかと思うと、突如バサバサと怪鳥が襲ってきた。




「キィイイイー!! キィイイイ!!」




 人面鳥ハーピーと呼ばれる魔物。身体は毛深い羽毛に包まれたまさに怪鳥だが、離れた目をした青白い頭は醜い人間の女に見える。




「うせろっ!」




 俺は叫びながら両手に二本の剣を振りまわした。凄まじい風圧に紛れて怪鳥の爪が背中や腕を斬りつけていく。自分の体から流れた血液が、風に弾かれ雨のように降り注いだ。




「キィイイイー!! キィイイイ!!」




 何度も間違い、間違い、間違い、間違ってきた。魔術の恩恵を〈無効化〉で跳ね付け、騎士になり、術師を狩り、特殊部隊へ送られた。それでも、いい人間になりたいと願ってきた。




 そこでリウトを独房送りにし、女魔術師に騙され、瀕死で亡霊に追われた。間違った道の堂々巡り、ずっとその繰り返しだと思った。




「何者ですか、あんたは?」フードをまくり、ローブ姿の男が言った。




 またその質問か。正直いうと二十四年間、自分が何者で、何になりたいか答えは出なかった。大人は子どもたちに、将来は何になりたいかを聞くだろ。魔術が使えなかった俺には、剣士としか答えようがなかった。




 隊にはいっても、同じ質問がされた。戦争が終わったら何になりたい、引退したら何をしたい、夢はないのか、何になりたいのか。答えられなかった。彼女に会う日まで――。




「俺は……お前の知らない男だ」




「ここに来たのは、間違いでしたね」精霊術師は松明を放り投げて、積まれた樽の脇から細身の剣を掴み取った。




 騒ぐ怪鳥ハーピーは十匹以上で鋭いナイフのような爪を突き立てる。モリスンは剣を振ろうと踏ん張るが、上体を起こせば風圧で吹き飛ばされそうになった。




「はははっ、そんなにふらついていたら塔から真っ逆さまですよ!」




 シャイアは怪鳥を手足のように操り、風の流れまで操った。気流の穴を真っ直ぐに立ちモリスンの喉元に剣尖を向けた。




 ザクリ、ザクリと怪鳥の爪は素早くモリスンの背中や腕を執拗に傷つけた。致命傷にはならないものの、大量の出血は避けられない。




「キィイイイー!! キィイイイ!!」




 怪鳥が奇声を上げるたび、壁石はひび割れ、欠け落ちていく。最頂部の積石の一部が崩壊し、粉塵と煙を吹き上げた。風圧で抑えられた足場が崩れかけている。




 立っているのがやっとだった。避けられるはずのない気流の中心に、モリスンはいた。シャイアはゆっくり刻んで怪鳥どもの餌にしてやろうと考えた。この招かざる客は害虫を好んで食べる怪鳥どもの餌に相応しい。




「ゆっくり、この剣であんたの脳みそを抉りだしてあげます。痛みと苦しみ、恐怖をじっくり味わえるようにね」




 だが、シャイアの剣は気流の中心でぴたりと止まった。男の向けた剣先がシャイアの剣先にピタリとあてられていたのだ。恐ろしく精密で曲芸じみた剣捌きに、精霊術師は戸惑いを隠さなかった。




「なっ、なんだと。それは魔術なのですか?」




「いいや、魔術とは無縁でね」




「……」




 そして数匹の怪鳥は、シャイアの命令を無視して、あらぬ方向に翼を翻していく。その男はさらに精霊魔術を〈無効化〉したのだ。




「き、貴様だったか!」シャイアは怒りで顔を歪ませ叫んだ。「猟犬どもを弱体化させ、僕の命令を無視させた正体は魔術無効化のスキルだというわけだ。類は友をよぶ、馬鹿に愚者の組み合わせだったわけですね」




「やつはただの馬鹿じゃないぜ」




 モリスンは一気に距離をつめ、シャイアの腕に自分の腕をすべりこませ、突きだされたふたりの剣を弾き飛ばした。




 二本の剣はくるくると風に消えた。モリスンは気流の中を駆けあがるように精霊術師に向かって飛びつくと、ローブをぐっと掴んだ。




「くそおっ、よるな!」




 精霊術師は怪鳥を使って、自身の身体ごと塔の更に上空へと舞い上がった。怪鳥の足がシャイアの背中をつまみあげ、まるで自身の力で夜の空に羽ばたいているようだった。一瞬、音はなくなった。




「はははっ。馬鹿め、落ちろっ、落ちろおっ!」




 シャイアは、必死にしがみつく髭面の顔に左右の足でガシガシと蹴りを入れた。怪鳥は、モリスンを振り落とそうと、更に天高く舞い上がる。踵がモリスンの顔面に直撃し、その鼻が不自然な方向に曲がると、シャイアは腹の底から笑いを漏らした。




「あっはははは――っ……ぐふっ!?」




 もう一本の剣が、シャイアの胸を貫いていた。半身に一方の剣を器用に隠し、ローブを引き寄せてわざと死角をつくっていた。




 最後の最後に僅かな油断をついて、確実に心臓に剣尖を差し込んだのだ。




「あ、あ、ああ、ああ、ああああっ。なんて、なんて愚かな」シャイアは真上に輝く月を見ていた。




「なんて奴だ……自分も落ちて死ぬというのに、何の迷いもなく、殺しにきやがった……っげぶ。愚かな、気の狂った自殺志願者に、汚らわしい害虫に。なんでこの僕が――」




「愚かで、魔術マジックが使えないから、トリックが使えたのかもしれないぜ?」




「っく……愚者め。はじめから死ぬ気だったのか」




 怪鳥ハーピーは精霊術の無効化によって、シャイアの背中から爪を離した。月にうつった二人の男の影が、ゆらりと宙に浮かび、落ちた。シャイアは遠くの月を見つめながら笑ったまま死んでいた。




「……あばよ」




「……」




 突風が吹きあがりシャツを引っ張った。落ちていく間際――。




 俺はソフィア様と初めて会った日を思い出していた。温かい手を。泥沼にはまって突っ伏したまま気を失いかけていたとき、その娘は俺を抱きかかえ、自分の着ていた服を破いて傷口に硬くむすんだ。




 俺が驚いたのはそれだけじゃなかった。まだ幼さの残るような娘が、娼館の主人だったなんて。絶望の縁にいた俺なんかを救ったなんて。




『助からないかもしれない。助かりたいのかどうかも分からない』と俺はいった。




 朦朧とした意識のなかで、別室に女の叫び声を聞いた。聞けば出産の真っ只中だという。




「何も考えないでいいのよ」彼女は言った。「命が勝手に産まれようと、生きようと頑張ってくれる……あの産声が聞こえる?」




『あ、ああ』


 


「貴方に祝福を告げているとは思わない?」




『泣いてるだけじゃないのか』




「ふふふ、祝福してるのよ。新たな人生を生きる喜びの産声よ。貴方は何も迷う必要なんてない。生きて、生きて思いっきり産声をあげなさい。何度でもやり直せばいいじゃない」




 ソフィア様は産まれたばかりの赤子を抱きかかえ、俺に笑いかけた。すべての間違いが許されたようか気がした。




 大きな口を開けて笑うところも、変なダンスを踊るところも、世界中の誰より美しいと思った。ソフィア様は、俺にとってただの恋愛物語じゃあない。




 女神そのものだった。




「うううううううううわあああああああああああっ!!」




 俺は思いっきり叫んでいた。何も迷わない、間違えたっていい、俺は、俺は――もう、ソフィア様と出会う前の自分には戻れないんだと思った。流れていく世界に、その景色が、その意味が、なにもかもが変わった。何者でもなかった俺は、初めてこうありたいと思った。成りたいものがあった。




『それで、あなたは何者なの?』




「俺は――君を幸せにする男だ」




 リウトよ。お前を馬鹿にしていたのは、お前が正しかったからだ。心からお前を応援したいと、助けたいと思った。だから、俺に迷いはなかった。ただ、もう一度だけ、彼女に会いたかった。無事な姿を見たかった。ソフィア様をたのんだぞ。





「!!」




 咄嗟に、がくんと体を抱き掴まれ、体中の血液が逆流するような吐き気を感じた。上下の感覚は麻痺し、心臓がバクバクと脈打っていた。




「はぁ……はぁ……」何が起こったのか理解するまで返事が出来なかった。




「こんど、落ちるときは俺に掴まるなって約束だったな」




 リウト・ランド。そいつは、何もない暗闇に立っていた。空中に、空間に、風の吹き付ける何もない、その場所に。




「はぁ……はぁ……ごくっ」




「いいから、掴まれ。まともな魔術をつかうのは初めてなんだ!」




「つ、使えるのか」モリスンは両手でリウトにしがみついて顔をくっつけた。「どうした。何があった。そうか、どうせまたインチキ魔術なんだろ?」




「ああ、あんまり近づくな。顔が近いんだよ」そう言いながらもリウトの顔は緩んでいた。「まあな、でもだいぶ使えるっていうか、かなり使えるっていうか」




 その答えは、砕けた宝珠で最初に見たピラミッドにあった。魔法数列の組めないリウトにとって、その記憶は何よりも価値のあるものだったのだ。ずっとこんなものがあったら便利だと考え、求めていたもの。




「あれは、ピラミッドの形をした――」




「でかい計算機か!」




「「ははは……ははは……ははは……あはははははは!!」」 




 モリスンはリウトの頬にキスをした。髭があたって気持ち悪そうにしたが、悪い気分ではなかったようだ。




 二人がゆっくりと時間をかけて塔の天守キープに降り立つと、涙で頬を濡らした女神が微笑んでいた。


        


「お帰りなさい。ふたりとも」





 数時間後。レイモン城の門が開かれると、難民や農夫たちが一斉に跳ね橋から走りでた。




「いやあああっ」


「きゃあああああっ」




 白騎士の軍隊は飛び出してくる難民を見分け、剣を持った男を切り捨てようと武器を構えていた。




「待て。待つんだ!」モリスンが前に立ち叫んでいた。「こいつらは、本物の農夫だ」




「なっ、なんで分かるんだ。区別がつかないじゃないか!」




 厩舎から馬のいななきが聞こえた。「……本物の黒騎士ヴィネイスはあっちから脱出してるからだ」




 十頭の馬に乗った男たちは平原へ駆けて行った。篝火が炊かれている平原に白騎士は追っ手を出せなかった。




 篝火は夜明け前には消えていた。朝日が昇り三人の目に眩しい世界が広がった。リウトと手を繋ぐソフィアをモリスンはみた。山脈から差す温かい光に、女神は輝いて見えた。


 




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