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第45話 潜入

 魔術照明マジックランタンはリウトの足元だけを微かに照らしていたが、後ろに付いたモリスンの目には入らなかった。




「随分下に延びてるな。足を滑らしそうだ」苔むした石壁を掴みながらモリスンは必死にバランスをとっていた。「うおっ!」




「うわっ!」モリスンが足を滑らすと下にいたリウトと二人は縺れ合いながら、斜めに伸びた石畳の地下道を転げ落ちていった。




「っ……痛ぇな、気をつけろ」




「悪い。苔が沢山あってな」




 そこは居住塔の地下にある備蓄倉庫のようだった。運良く人の姿はなく、真っ暗で冷たい空間に水の滴る音しかしなかった。




「いいか、あんた。今度落ちても俺には掴まらないと約束しろ」




「……」




 モリスンはリウトを酷いやつだと思った。誰だって足を踏み外したらとっさに手がでる。これじゃ悪気がなくても掴み合いになる。




「俺がつかまえようとしてるのに、あんたが暴れたら、助けようがない」




「それを、信じろっていうのか?」




 音に注意を払って地下の倉庫を見まわした。人気はないが油の匂いが立ち込めている。




「石階段に灯りが見えるだろ、扉の先に黒騎士ヴィネイスが二人いる」




「ああ、影が二つ。なんで敵だと分かる?」




「鬼だから。とにかく分かるんだよ」




 モリスンはしゃがんだままの態勢で石段の先を見た。先には人影が二つあり、油壺が用意されていた。黒騎士は備蓄された食い物を燃やすつもりだ。




 町外れの住人は飢えに苦しんでいるというのに、ここには山程の食料が積まれていた。




「なら、デカい糞の代償を払って貰おう」




「意味は分からないが……いけてるな」




 国家はいっそ食料や家畜に税をかけるのは止めて、糞に税金をかけたらどうだろうかとモリスンは真面目に考えていた。




「……」




 貧困に苦しむ者たちは、だす糞も少ないだろうから税の負担が少なくて済む。画期的で公平なこの税制を軸に考えれば、この黒騎士の負うべき代償は万死に値する。




「あいつら、ここをいつでも燃やせるよう準備してやがる」




「俺の目は節穴じゃない。見りゃ分かることを一々言うな。敵だ、後ろだ、とかもいらない」




「あんた、いちいち台詞だけは格好いいな。皮肉が過ぎるのか、底抜けの馬鹿なのか分からないけどさ」




「よく言われるよ」




 あの旅路で、ソフィア様は俺に「このあたりには、綺麗な花が咲いてるわね」といった。あんな素晴らしい言葉が他にあるだろうか。




「蝶が飛んでる」とも「太陽が登った」ともいった。見たままのことを口に出していいのは、あの女神という種族だけだ。




 そういう当たり前のことを当たり前にいっていいのは純粋な心を持った人にだけ許される特権だとモリスンは思っている。だからこそ尊いのだと。




「お前はここで見てな。あいつらは俺がひとりで始末してやる」




 地下に延びた廊下に灯りが反射している。黒光りした石段は上へと続いており、剣を吊り下げた緑色のスモック姿の男たちは食料品を運んでいるようだった。




 男たちは会話していた。「心配しなさんな。ベイン様に付いてりゃ食いっぱぐれはねえ」




「でも、死人が七人もでたんだ。深追いすることは無いだろ」




「どうしても、知りたいんだとよ。猟犬もやられたんだ。こんな作戦をしてまでも調べなきゃ気がすまねぇのさ……うん?」




 モリスンは剣の柄に手を掛けた二人にむかって近づいてった。「手伝おうか。重そうだな。食料庫で酒飲んでたら、なんか上がやかましいみたいだけど、何かあったのか?」




「なんだ……知らないのか。じゃ、今すぐ手伝ってもらおうか!」




 男たちは同時に運んでいた食料をモリスンに放り投げた。村人風の見た目からは想像のつかない素早い動きだった。




 モリスンは鞘を使って相手の剣を跳ねあげると、同時に身を屈めて男の足を払った。バランスを崩した瞬間に距離をつめる。




 一方の男は冷静に仲間の腕に手を貸して後ろへ退かせた。見た目とは異なり訓練を受けた精鋭の動きだった。




 隙をつくらず畳み掛けようと動くモリスンに迷うことなく剣を立て、突進する。




「うおおおっ!」




 男は動きをとめ、自分の胸から剣尖が飛び出しているのを見た。そのまま背中を反らして床に倒れると、背後から心臓を一突きにしたリウトの姿が浮かんだ。




 その気配に慌てた一方の男は、見るより速く横一文字に剣を振り切る。だが剣は闇の中で風をきる音を鳴らすだけだった。




 既にリウトはずっと後ろの闇に潜んでいた。低い位置からモリスンは隙だらけの男の脇腹に剣を押し込むだけでよかった。




「……っぐ……っぷ!!」




 剣を落とした男は、全身を痙攣させながらモリスンに抱きついたが、力なくずるずると引きずり込まれるように地面に倒れた。




 ほんの僅かな時間、モリスンは躊躇した。本当に黒騎士ヴィネイスか確かめる必要があった。緑色のスモックを着た男たちを、はじめから黒騎士だといったリウトに目を向ける。




「……」




 背後から心臓を一突き。まだ十八か、そこらの騎士にしては腹の座った殺し方だった。相手はかなりの使い手で、鋭い動きをしていた。




 こういう輩が向かってきたときに手加減は出来ない。一瞬の判断で殺らなければ、こちらがやられる。




「迷いがないんだな。部隊で聞いていた話とはずいぶん違うようだが、助かったよ」




「あんたは迷ったな……助かったのはこっちのほうだ。あんたの迷いを突こうと相手が殺気だったから、俺が動けたんだ。迷うのも無理はない。おおかたこいつらが、ほんとに敵なのか確かめたかったんだろ」




「そうか……」モリスンは不愉快な顔をした。「もう少し単純に褒めてもらえるか?」




「ははは、あんた本当に変なやつだな」




 それから一列になってじぐざぐの階段を登っていった。壁は冷たく黒ずんだ石で、魔術照明マジックランタンの光が先にいき、影が並んで歩いていた。




 木製の扉、鉄の扉と登っていくと、地面より上へ通りすぎたのか長い回廊に繋がった。




 リウトは黒騎士の居場所がある程度まで予測できるようで、モリスンを回廊に残して先に扉を開いた。そこには厨房から食堂へ部屋が続いており、またふたりの男が立っていた。




 粗織りのシャツにウールのズボン。ひとりは革の胴着をだらりと首にかけ、ふたりとも剣を携えている。リウトは指を口にあて、会話が聞こえる場所まで近づいた。




「……」




 黒騎士のリーダーと、駐在している騎士団との交渉がはじまったという内容だった。老レイモン卿と城住みの貴族たちと引き換えに、占領下にある黒騎士の古城をあけ渡せという要求が出されたようだ。




 他にも城に残された一部の難民や女中たちと引き換えに、逃走用の馬車と馬を用意しろという要求も出している。




 騎士団長は、王都サン・ベナールの将軍に通信魔法を使い指示を仰いだらしく、返事には少なくとも一晩は掛かると応えたそうだ。




 会話が途切れ、ふたりの視線が交錯した瞬間にリウトは合図を送った。扉の影から一斉に飛び出し――殺した。




 面倒に巻き込まれるのも、罪悪感に囚われるのも、吐き気がするのも、いつものことだと感じた。慣れることはない。




「茶番だと思わないか」モリスンは厨房から持ち出した酒をまわして言った。「価値のない難民から殺されるのには変わりないが」




「ああ、まるで時間稼ぎをしているみたいだな」リウトは年代物らしいワインをあおった。酒がはらわたの底にしみわたり、熱い感じと震えが同時にきた。




「古城なんて、っげほ……交渉で時間を稼ぐための策略みたいな口ぶりだった。本当の目的は、別にあるのかもしれない。このレイモン城にある何か、とか?」




「どのみち、夜明けから人質を吊るしていくってのは本気かもな」




 二、三人で動いている兵力は削れても、人質のいる大広間に近づくのは危険だった。混戦になりもすれば、ソフィアや農夫たちを危険に晒すことになってしまう。




 ふたりは、闇をさまようように城内を歩き回った。モリスンはうめき声をあげる男の口を、両手を使って塞がなければならなかった。




 一人になった見張りは簡単だった。リウトは敵の死角を知り尽くしていた。ゆっくりと、肩を叩いてから振り向きざまに反対へと移動して、腕をねじり上げることも出来た。




 そいつらは殺す必要もなかったので、縛りあげて口を塞いだ。それから四人を殺し、五人を縛り上げた。




「さっきのやつの話だと、広間ギャラリーにソフィア様は居ないみたいだ。黒騎士は十人以上だ。どうする?」




 おそらく、残りの黒騎士はその部屋に集中している。まとまった人数を相手にするには、こちらの戦力も足りない。




「あっちだ」




 重い扉をリウトが開けると、そこには高い石橋が空中に孤を描いて二つの塔をつないでいた。モリスンは深呼吸をして冷たい夜の空気を吸い込んだ。




「……」




 二つの塔の天守キープには篝火が焚かれ、夜だというのに鳥がまわりに集まっていた。リウトは橋の中央にいた黒騎士が、大剣を抜きながら走ってくるのを見た。




 鍔迫り合いになろうかと剣がかち合った瞬間、ドンという乾いた音と共に火花が散った。マソス流剣技〈雷の剣〉だった。




 体を麻痺させ、倒れかかった体をモリスンが容赦なく橋の外に放り出した。




「やるじゃないか、リウト」




「ああ……あの二つの塔のどちらかに、ソフィアがいる」




「夜明けまで時間がないが、俺たちなら行けるだろう。こっからは別々に行こうぜ」




「ああ、俺は右に行く。じゃあな」




「なら、俺は左に行く。またな」




 ずっとお前が正しかった。自分の正しいと思ったことをやると言ったが、そんなことがお前には分かるのか。




(どっちが女神を引くかな)




 リウトは腕輪を使い、設計図を確認した。二重に建てられた塔の最上部へ螺旋の階段が続いていた。




 階段を一歩づつあがる度に、悪寒が増していく。奥歯がカチカチとなるほどの冷気に、足がすくむような威圧感が塔をつつんでいた。





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