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第44話 精霊術師と人質

 ソフィアが城門に入ると同時に、落とし格子を背にした衛兵から声を掛けられた。武器や宝珠アクセサリを持っていないかチェックされた。




「谷から来たのか?」




 マントの下に手を這わせた衛兵はニタニタしながら尻を撫で、胸を鷲ずかみにした。苦痛を顔に出さずソフィアはそうだと頷いた。




「ふふん……いいだろう。急いで備蓄食糧のある中央塔にいけ。まっすぐだ」




 城門から慌ただしく軍旗を掲げた白騎士がすれ違っていったが、何が起きているのかは分からなかった。そんな状況で大広間ホールへ案内されるとは思わなかった。




 老レイモン卿はずいぶんと心の広いお方のようだ。ソフィアはでこぼこした石段を駆け上がり、厩舎と兵舎を横切り城内へと入る。




 室内に噴水のある豪奢な造りの部屋を抜け、細長い広間ギャラリーに着くと、大勢の難民が敷布をひいて座っているのを見た。




 五十人以上の疲れはてた顔が並び、マンサ以外の難民も多くいるように見えた。




 白騎士の隊長か、あるいは僧侶でもいい。話を聞いてくれる人間を探しながらソフィアは部屋の隅から難民の座る間を抜けて歩いた。




 部屋は広間を中心に七つあった。奥の部屋に人だかりがあった。誰かが村人の手をとり、話を聞いている。




 赤く長いマントと装飾品を纏った老人は、一目で老レイモン卿であることを物語っている。




 ソフィアは襟をただして、衛兵の脇をすりぬけようと前に出た。自ら難民の話に耳を傾けようとする城主なら希望はある。




「動くな……」




 部屋の扉が、大きな音を立てて閉まった。無防備な難民たちは、寄り添うように息を飲んでその声の先をみた。扉には体の大きな男が剣を抜き立っている。




「全員、その場にしゃがめ!」




「きゃあああっ」




 女達の叫びが聞こえ、部屋を見まわす。至るところに逞しい男達が剣を構え囲んでいた。本能的に味方ではないと分かる。




(でも、どうして。ここはレイモン城よ)




「お前たちは人質だ!」




 老レイモン卿の護衛らしき衛兵が、喉をかきむしり倒れている。「ぐぁ、き、貴様ら……黒騎士ヴィネイスか!」




 血溜まりに溺れるようにのたうつ衛兵に、人々は互いに抱き合いながら距離をとった。




「ひっ、ひいいっ!」




「っぶっく……っ」




「し、死んだ。死んだ!!」




 まさに地獄の前触れだった。


 今まですぐ近くに座っていた農夫や村人の中から、突如として現れた殺人鬼に衛兵が四人、五人と殺されていく。




 それを目の当たりにしたソフィアは血の気が引き、背筋に氷が滑るような悪寒を感じた。この広間には農夫や村人に変装した男達が紛れこんでいた。ざっと十五人はいるだろうか。


 


 老レイモン卿の側にいた衛兵も、兜の中身は黒騎士に代わっていたのだ。状況を把握するのに時間はかからなかった。




 敵は極めて少数だという事実。老レイモン卿と村人を囲む黒騎士。城門の外へ白騎士隊が駆け出した一瞬の間にそれは起こった。




 黒騎士は手信号ハンドシグナルを使って互いに合図を送っていた。精鋭部隊によって綿密に組まれた作戦行動。優れた隠蔽術。




「目的は、儂の命か?」立ち上がって叫ぶ老レイモン卿をみなが見た。




「いいや、あの谷には」大扉の前にいた黒騎士のリーダーらしき男が口を開いた。「貴重なお宝があった。それを誰かが持って逃げた」




「……」


 


 村人たちはざわめいた。たしかに村長の家には三つの宝が祀られていたが、その一つ〈竜麟の腕輪〉を受けとったのは村の恩人である青年リウトであった。




「その宝にどんな価値があると?」




「老レイモン卿、あんたの持ち物も調べさせてもらうが、黙っていられないなら殺してからでもいいんだぜ」




 黒騎士たちは順番に難民の荷物を調べていたが、何も出てはこなかった。




「くそっ、どこかに隠してるなら、さっさと答えたほうが身のためだぞ!」




 しばらくするとソフィアの横に、痩せ細ったローブ姿の男が腰掛けた。こっそりと騎士たちの目を盗むように声をかける。




「見たところ、貴女あなたは難民には見えないですね。どこから来たんですか」




「あなたもマンサ谷からは来ていないわね」




 痩せた男は彼女を見ながら、鼻先を掻く仕草をした。「さあ、何で分かったんですか。僕は貴方みたいな美人はマンサ谷に居ないと思ってかまをかけただけなんですがね」




「靴のサイズが合ってないし、指先がきれいだわ。農夫にも見えない」




「ああ、実は山脈グラスの尾根・リッジから行商にきていたんですよ。レイモン城にね。ついてないですよね。こんなところで死ぬなんて」




「殺す気なら、とっくに殺してるわ」




「マンサの連中は、何を隠してるんだろう。情け容赦ない黒騎士に追われ、無事に来れたってことは――」




「ふふっ。わたしに聞くのは、お門違いだったわね」




「わたしは商売人ですからね。第一印象を疑う理由なんてありません。それにこんな状況で話すなら、貴女のような若くて穏やかそうな美人がいいに決まってます」




「女性を褒めるのが上手いのね」




 部屋の奥では、難民の泣くような声が聞こえた。「な……何も知りません。本当です!」




「あたしたちゃ、先頭の馬車に付いて逃げてきただけです。宝なら村長か、その娘が持って行ったんじゃないですか」




 同じようなやり取りが一時間も続いていた。痩せた男は胸が苦しくなったようで、前かがみにうなだれていた。




「……誰かを庇ってるのでしょうか。何とかの腕輪を持って、村人を先導した白騎士がいたってことだと思いますけど――黒騎士は未だに何が起こったのか分かっていないんです。そいつが、この中にいるのかどうかも。こいつらは、探しているんですよ。目的はそいつだってのに、どうして誰も口を割ろうとしないんですか。僕にはまったく分かりませんよ」




「……腕輪と言った?」




「いいえ」痩せた顔の眉がピクリと動いた。「宝珠アクセサリだと思って指輪とは言ったかもしれませんね。僕は宝が何なのか知りませんから」




 ソフィアは男のローブに獣の匂いを感じた。馬を引いてつく類いの匂いではない。




「ここには宝なんて高価なものはないわ」




「それじゃ……わたしも貴女も殺されますよ。不安で堪らない、見えないものが恐ろしい。貴女は恐くないんですか。何か知っているなら、はやく話したほうがいいですよ」




「……」




 ソフィアは鈍く痛む傷を抱え込んだような気がした。別室に連れていかれた難民が、どれだけの拷問を受けているのか、あるいは殺されているのか想像することも出来なかった。




「何か知っていて避けられないことをじっと待つだけでは、さらに酷い結果を呼ぶことになりかねません」




「あなたね」




「……なんですって?」




「猟犬ガルムをけしかけた精霊術師は、あなたなのね」




「だとしたら、なんです」ローブ姿の落ちつきはらった男は縮れた黒髪を撫でつけソフィアをみた。




「その金髪ブロンドをひとめ見て分かりましたよ。貴女はリウトの妹さんだと。宝を持っているのは彼なんでしょう」




「!!」




「何で村人たちは誰も口を割らないんですかね。すぐに殺されると分からないほど間抜けだとは思えませんし。まあ、彼らはそういう感性に欠けてるとは思います。戦争はどこか遠くで起きていると信じたいのでしょう。でも暴力や死はすぐそこにあるんです」




「マンサ谷の難民は死んでも兄を売ったりしないわ。兄はすべての難民を命懸けで助けたんですから」




「それですよ」精霊術師は困り果てたという顔でソフィアに近づいた。「それが僕には分からないんです。僕が予言したのは、リウトが伸縮自在の雷槍を振りあげて、勇ましく闘う未来でした。熾烈な戦いを経て、僕らは互いを称賛しあいます。もちろん勝つのは僕ですけど」




「どうかしてるんじゃないかしら。未来なんて分かる人はいないわ」




「ええ、誰も分からないことを僕は分かったようなつもりになって、何かを得た気持ちになっただけです。上級職の軍人どおしの長ったらしい定例会議みたいにね。




 結果がこれですよ。だからと言って、リウトが英雄みたいな扱いを受けるなんて納得できませんね。




 勇気とか義理、人情ですか。そんなものは犬の餌にしかならない。




 マンサ谷の連中は、恐怖や苦痛というものを忘れているだけです。僕の不安はですね、忘れることを餌に大きくなるんです。




 彼らが見たこと、やったこと、傷つけたこと、すべてチャラにして無かったことだと思い込んでいるもの、それが僕なんです。




 だから僕は猟犬ガルムや怪物オーガを使役して、そんな連中の忘れてきた苦痛や恐怖を取り戻してむさぼり喰うのです」




 死人のような精霊術師の顔はぞっとするほど、歪んだ笑いを浮かべた。薄い唇がまた流暢に動き出すのをソフィアは見たくなかった。




「貴女に本当の恐怖と苦痛を思いださせてあげます。それから、まだ生きていたいと思うのかどうか、よく考えてみるんですね」




 腕を後ろに捕まれたソフィアは大扉の前に連れていかれた。精霊術師の体がピタリとくっついて首には荒い息づかいと、腰のうえには熱くゴツゴツしたものが当たっていた。




「は、離してっ!」




「シャイアよ」声は上から聞こえた。「言霊のネックレスを手にいれたら、さっさと帰るはずじゃなかったのか」




「!?」




 骸骨に革を貼り付けたような醜い顔がふたりを見下ろしていた。さっきまでは体格のいい黒騎士が立っていた場所だった。




「しっ、死神ベイン」精霊術師は冷たい汗を流して言った。黒いリングメイルに黒いマントを纏った背の高い男だった。




「猟犬を失ったのは貴様の落ち度だ。その妹に怒りをぶちまけるとは〈月の資質カード〉を持つといわれた精霊術師シャイア様としては、あまりに見苦しいんじゃないか?」




「……ずっと居たんですか、喰えない人だな。隠匿魔術まで使って僕を監視してるって、とんだけ暇人なんですかね」




「……」ソフィアは死神と呼ばれた男の目にうつる不思議な光をみた。今までみたどの人間とも違う不思議な感覚だった。




「わたしを殺したければ殺しなさい。でも、誰も兄さんを見つけることは出来ない。それを知っているから、誰も兄さんを裏切ったりしない。誰もが、兄さんに無事に逃げ切って欲しいと願い、そこに希望と勇気を貰っている」




「ならひとつ、賭けをしようじゃないか。その娘は私が預かる。私の見込みが正しければ、二つの塔のどちらかに、やつは来る」




「僕に予言で勝負しますか、そりゃ笑える」




「マドモアゼル、私と塔に登って貰えますかな。二つのどちらを選ぶかは、貴女がお決めになって構わない」




「……」


「……」




 ソフィアはふたりの黒騎士ヴィネイスをじっと見て、一方の通路を指さした。






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