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第43話 レイモン城

『旅人から小男へ。雷雨に案山子を拾った。道中に野犬がいるため遅れそうだ』




 この世界では一般的に手紙が主流ではあるが、部隊や大きな街での通信手段には、精霊魔法が使われている。




 それも実際に動物が手紙を運ぶ訳ではない。鳥などを媒体に信号を飛ばし、水晶や宝珠を使って受信する仕組みである。




 鳥や獣の筋肉などに流れる微量な電気信号を利用し、別の動物へと飛ばす。最終的に目的の人間の持つ受信機に内容は届くという具合だ。




 近くに獣が居なければ時間がかかることもザラで、調子の悪い動物が混ざれば文字化けといった解読不能な内容が送られてくる場合もある。


 


 魔術師はフクロウを好み、騎士団はツバメを好んで使用する。特定した品種を使うことで機密性が増すからである。黒騎士はカラス、聖職者は鳩を使うと相場は決まっていた。


 


 神父ラルフのくれた通信用のアイテムは宝珠や水晶ではなかった。平らで四角い形をした湿った香木である。そこに、ゆっくりと文字が浮かび上がる。




『モリスン殿。奇っ怪な暗号めいた報告は要りませぬ。手前の用意した通信手段は、世俗で使われるものとは異なります。




 動物ではなく樹木を媒体としたまったく新しい通信手段でございます。安定性も速さも、機密性も比べ物にはならないでしょう。




 手前は、この革新的な技術を胞子ネットワークと名付けました』




「なんと面倒な神父だ。いくら命の恩人でも長ったらしい説教なんぞ読んでいられないぞ。はやく本題に入ってくれ」




『本題に入れと言われている気がしますゆえ……話を進めます。まず、ソフィア様はご無事ですか。本来、彼女から通信があってしかるべきところですが』




「ああ。今はリウトにべったりだ……っと」モリスンは備え付けの木片を使い、香木に書き込んだ。




 二日前。モリスンは二頭の馬を馬車に繋ぎ、レイモン城まで走らせた。ジャガーという巨漢は虫の息だったが、神父ラルフが送ってくれた修道師が助けた。といっても、未だに治療は続いているが。




 リウトはたいした傷を負っていなかったが二日間、安宿で眠りこけていた。目を醒ますと手当てやら飯やら、ソフィア様に何もかもやらせている。




 風呂まで一緒とは、見ているこちらが情けなくなる。勿論ちゃんと下着はつけていたが、それはつまり真っ裸ぱよりもエロいということだ。




 これは俺の持論だが、全裸で恥じらいが無ければ、そこにやらしい感情なんてものは生まれない。




 だが、全裸プラス・アルファなんて姿で互いに顔を赤くするなどという行為はあってはならない。不純ではないだろうか。どうだろうか。




(――いや、こんなこと書いてどうするんだ)




『ともかく、モリスン殿。黒騎士は今、リウト殿の持った雷光の指輪を狙っております。追っ手にこれを見つからぬよう、慎重にこちらへとお戻りください』




「いっそ、俺が指輪を預かってトンズラしたほうが速いと思うがな」




 今は向こうのテーブルでソフィア様と飯を食いながら話をしている。マンサ谷の農夫バイスやその子供ガキの話では、リウトとかいうこの男……寝ているような状態でも、攻撃をかわしたというが。


 


 そんなことは出来ないとモリスンは思った。彼の持つ〈愚者の資質カード〉についていえば、不意討ちされればそこで終わりである。底知れない魔力が無い限り、常に能力を使い続ける方法などあり得ないからだ。


 


 モリスンはソフィアと話している金髪の後頭部をじっと見た。手元に転がっていた小石を掴むと、ヒュンと投げつけた。




「痛えぇ!」




「……」




「なっ、何するんだ! てめえモリスン」




「あ、いや。すまなかった。虫が飛んできたもんで」




「ったく。なんだよ、虫かよ」




 ただの馬鹿だ、こいつは。ともかく何らかの偶然が重なり、マンサ谷の村人たちはここまで逃げきることが出来た。既にレイモン城はマンサ谷の難民のため、門を開いている。




 城主である老レイモン卿は、苦しむ白騎士ステイトの民に心を痛め城門を開き、温かいスープと毛布を差し出したのだ。




 これで万事解決、追っ手が来る迄にさっさとこの辺から逃げるべきだと思った。




『直ぐにでもロザロの街に戻る予定だったが、ひとつ問題がおきている。リウトの恩人であるジャガーという男の回復が難航しているのだ。村はずれの厩舎へ運ばれたジャガーは、未だに目を醒ましていない』




 厩舎で修道女シスターロセニアは頭を抱えていた。「わたしたちの回復魔法ヒールでは、治療が追いつきません。高位呪文の時間逆進リカバーを使える僧侶か、祈祷師がいれば良いのですが。このかたは、何か呪いのようなものを受けています」




「呪術……か」モリスンは首を振った。自分で無効化できるような類の魔術ではないのだろう。「城付きの司祭か僧侶はいないかな?」




「居りますとも。でも村はずれの厩舎には来ないでしょうね、老レイモン卿の許可か、騎士隊長の指示がなければ。今はマンサの難民が押しかけている状況ですし」




「白騎士隊には、あなた達は死んだことになっている。交渉なら私ひとりで行くわ。二人は仲良く待っていて。いいわね、仲良くよ」




 ソフィアはウールのマントを羽織ると、すぐさまレイモン城へと向かった。二つの高い塔を目指して。モリスンとリウトは見合い、互いに両肩をすくめた。




 ジャガーの手を握って声を掛け続けるリウトにモリスンは苛立った。「あんた、魔法大学でてるんだろ。時間逆行リカバーとか何とか使えねぇのかよ。死ぬなぁとか頑張れぇとかはいいからさ、お前が頑張れ」




 何度か目をさましたジャガーではあったが、また目を覚ますかは確信が持てない状況だった。猟犬を倒したときのように、リウトが回復魔法を唱え、ソフィアが魔法数列を当てるという勘だよりの方法も確かにあった。




「なんで魔術を使えないか、想像してみろよ」




「なんだって?」モリスンは口を半開きのままポカンとして言った。「なんか隠していやがるのか。どうもあんたには、そういうきらいがあるな」




「隠してなんかない。命に関わる精密な魔術に、失敗は許されないからだ。どっか行ってろよ。別に仲良く待ってなくてもいいだろ。独房送りにされたことは忘れてやる。俺が馬鹿でよかったな」




「まだ根に持ってんのか?」モリスンは思わず落胆のため息を漏らした。「そうだな、馬鹿でよかったぜ」




 ふらふらと厩舎小屋を出て外の空気を吸っていた。いつの間にか日が落ち、集落は夕闇に包まれていた。




 ドサッ……と何かが倒れた音がする。モリスンは剣の柄に手を掛け、じっと身構えたまま動きを止めた。戦場や部隊にいるときの彼なら、決して動かなかった。




 不意打ちには細心の注意を払うのがモリスンの鉄則だった。本人は何もしないことを〈慮おもんばかる〉と呼んでいた。




「……」




 よくよく考えれば護衛すべき女神ソフィアが、もう半日も居ないのだと気づき物音のする方にすたすたと近づいた。




「!?」




「り、リウト兄ちゃんに、伝えて。城に、レイモン城に、黒騎士が――」そこにはマンサ谷の農夫バイスの息子が倒れていた。





 駆けつけたリウトがバイスの息子を抱き上げ事情を聞くと、みるみると顔を青くした。すぐにショートソードを手に取って出発の準備をはじめる。




 バイスはレイモン城で、難民たちの中に見覚えのある顔を見つけたという。あの死神ベインとの会合のときにいた黒騎士の一人だ。




 相手に悟られないように脱出を図ろうとするが、家族やマンサ谷の仲間を置いてレイモン城を飛び出すことは出来なかった。




「ぼ、僕だけが、人の流れから飛び出してずっと走ってきたんだ」




「わかった」リウトは言ったあと、千匹のミミズが胃の中をのたうち回っているような感じがした。「バイスやマンサ谷の仲間は、俺が必ず助ける」




「マンサ谷を襲ったやつがいるのか」モリスンは聞いた。「あの〈死神ベイン〉と呼ばれる黒騎士の手下が、レイモン城の中に潜伏してるってことか」




 リウトとモリスンは厩舎から馬を選び走らせ、レイモン城を目指した。既に城下街には異変が起きているようだった。日も落ちかけているといのに、手押し車や油の匂いのする樽を運んでいる人々が行き来している。




 そこを馬で通っていきながら、何が起きているのか考えた。素織りの服を着た住人は怒りのこもった表情をして、兵士たちは同情のこもらない冷たい表情だ。




 そこかしこで兵士が集められている。城下街の外壁に大きな樫オークと鉄の盾が並べられ、篝火が焚かれている。まさか、ここが戦場になるのか――戦いくさの準備をしているのか。




 白騎士の革鎧は目立ち過ぎるため、モリスンが先に行って様子を見てきた。堀に囲まれた城は跳ね橋があげられ、辺りには城付きの衛兵が棒立ちになっていた。まるで城に入れずに、指示を待っているような状態だった。




 数時間前――レイモン城の斥候は北東の野原に黒騎士の篝火を見た。報告をうけた中隊長が砂岩の尾根に登ってみると、敵兵力は二千と推測したそうだ。




 しばらくして馬を降りたリウトのもとに、モリスンが戻った。「いま、衛兵から情報がとれた。やっぱり城内は黒騎士に占拠されちまってるみたいだ。なかに人質がいて、踏み込めないらしい」




「くそっ、間にあわなかったか」リウトの目に絶望の色が見えた。「ソフィアは、中に閉じ込められている。城付きの兵士たちは、まんまと黒騎士ベインのフィールド魔術におびき寄せられ、防衛戦に駆り出されたんだ」




「待てよ。黒騎士は野原に居ないのか」




「大軍を見せたり、隠したりする黒魔術を使うやつがいるんだ」リウトは城門から外れた場所を見やった。「レンギルの図書館にレイモン城の内部図もあったはず」




「冗談だろ? 今から借りにでもいくか。だとしたら本物の馬鹿に認定してやる」




 竜麟の腕輪を使えば、過去に見た映像を鮮明に見ることが出来る。慣れれば瞬時に見たり、別のことをやりながら見ることも出来た。




「……」リウトは腕輪に指先をあて、瞑想に入る。「やっぱり地下に抜け道があるな」




「冗談だろ? 普通じゃないとは聞いていたが、本当にいかれた野郎だな」




「失礼だな。受け売りじゃなく確実な情報だ。マリッサのくれた腕輪と雷光の指輪もある」




 目に見えない物も俺にはあった。彼女が信じろといった〈隠者の資質カード〉。マソス流剣技に、故郷の武術舞踊パゴ・ダンス。




「馬鹿じゃないのか。小石ひとつが避けられない病み上がりに何が出来る」




「やっぱ、わざとかよ。俺が避けていたら、石はソフィアに当たっていた」




「……冗談だろ?」




 リウトはレイモン城から離れた草むらに向かって走り出した。草木と薄板に隠された石造りの井戸が見える。




「他人にどう思われたって構わない。自分が正しいと信じることをやるだけだ」




「……冗談じゃないんだな」




 リウトはレイモン城の外堀から暗い林を抜けて古ぼけた井戸に隠された扉をひらいた。真っ暗な穴の先に小さな月が反射している。




「こっちだ。井戸の底に横穴がある。おい、一緒にソフィアを助けにいくつもりはあるか?」




「ああ、あんたと意見が合うとは思わなかったが……いくぞ」






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