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第41話 天使の輪

 いつの間にか朝日が昇っていた。俺達は何時間もこうやって、猟犬ガルムと戦っていた。眼が霞んで、前が見えない。




 ほとんど無意識に猟犬を躱かわして剣を突き刺し、爪や牙に肉を裂かれながらギリギリの戦いを続けた。




「リウト。わたしより先に死んだら殺してやる」マソスが言った。「お前を嫌ったのは、わたしが知ろうとしなかったからだ。お前の心を本当に解放してくれる人間と共に生きろ」




「はい――」




 俺が生き残っていられたのは、ジャガーとマソスのおかげだった。




 特にジャガーに群がった猟犬へは、僅かばかりの隠匿術で死角をついて攻撃し続けることが出来た。それでも襲いかかる猟犬にはマソス流剣技がおおいに役立った。




 ひとつ。剣尖に電撃を流し、麻痺させる方法。ふたつ。魔術盾アローグラスに隠匿術かくれんぼを使い、致命傷を受けないように身を守る方法。それが無ければ、これほど長時間の戦闘が出来るはずもなかった。




 ジャガーは……膝を着いていたが、折れた腕を振り猟犬ガルムを追い払っていた。辺りは鮮血と肉片が溢れていた。足の踏み場もないほどの、猟犬たちの死骸があった。




(お前が猟犬を引き付けてくれたから、ここまでやれた)




 猟犬どもが笑っているような気がした。ジャガーの削がれた肉をデカい図体の猟犬が口に咥えていた。そしてクッチャクッチャと息を漏らし咀嚼している。




(美味そうに、喰っていやがる――)




 夢を見ているような気がした。白昼夢というやつだ。長い、長い時間、ジャガーとマソスと一緒に戦っていた。




 (もう、駄目だ。俺達は、死ぬ)




 そんな思いが何度も頭をもたげては去る。そして、あと何匹の猟犬を倒せば終わるのか、もし終わるとすれば、それは自分が猟犬どもの餌になるときだと思った。




 猟犬の吠える声が聞こえる。ジャガーがたまに発する奇声と、マソスの叫ぶ声。胸が焼けるように熱い。全身の骨が、きしんでいるのが分かる。




『心配するな。お前が死んでも、村のみんなは助かる』


 犬に喰われて死ぬなんて、なんて最悪の死に方だ。


 


 マソスの言葉が懐かしい気がした。馬鹿だな、誰も感謝してないぞ。褒めてもくれない。どうしてこんな無茶までして、みんなを助けようとするんだよ。




『お前は生きろ、死んだ英雄なんていらない』


 本気で言ったんですか。俺のことが嫌いなんでしょ?




 もはや遠い出来事のようだった。全身が鉛のように重く、抵抗するだけの力が入らない。俺の意識をつなぎとめているのは、恐怖と身を切られる痛みだけだった。




(もう、これで終わる……)




 猟犬はまだ何匹も俺たちを囲みながら、血の滴った牙を剥いていた。マソスの姿が見えなかった。三匹か四匹の猟犬が集まって、肉を咬みちぎっていた。手と、足を咥えていくのが見えた。




 剣士マソスは、もう居なかった。




(あれが、遺言だっていうのか――マソス流剣技その三は、まだ見せてないじゃないか。剣技を教えたらなら、ちゃんとやるところを最後まで見てくれないと師匠なんて呼べないじゃないか。くっそ、くっそ、くっそおおっ)




 恐怖とマソスの死に涙が溢れ出した。とりかえしのつかない現実に、また自分の無力さに心が折れてしまいそうになる。もう耐えられない。もう息もしたくないと神を呪うことしか出来なかった。




『心を本当に解放してくれる人間と共に生きろ』




(あのひとは分かっていた。俺が、何もかも隠そうとして生きてきた半端者だっていうことを。




 辛いこと、悲しかったこと、誰かを傷つけたこと、傷つけられたこと、ひとりきりで泣いた日のこと、認めたくない恐怖のこと、俺の持つ偏見や虚栄心、少年時代の愚かな罪。


 


 それを隠そうと生きる俺を――ちゃんと嫌ってくれた)




「っく、ひっく、うっ、ぐすっ」




「ジャガ……ジャガ……」




(ま、まだ諦めるなっていうのか、ジャガー。お前が、いってる言葉って『だが』だよな。どんなに苦しくたって、どんなに希望がなくたって、お前はそれでも諦めずに『だが』諦めないって『だが』生きてやるっていうのか)





 意識は朦朧としていた。どこからか、馬のいななく声が聞こえた。




 飛びかかってきた猟犬は真っ二つに切り裂かれ、飛んで行った。




 両手に剣を持った髭面の男があらわれ、手慣れた剣捌きで猟犬を斬りつけて行く。


 


「……っ!?」




 旅人風のいでたちだが、何処かで見た顔だった。いつか、俺を脱走兵と決めつけて独房に放り込んだ男だ。不味いな。また逃げなきゃならない……のか。




「………っ!!」




 懐かしい声が聞こえた気がした。故郷で聞いた妹の『お兄ちゃん』っていう叫び声だ。ついに幻聴が聞こえだしたとおもったとき、温かい手が俺の手をつかんだ。




「お兄ちゃんっ!!」




 ソフィアの温かい腕に支えられ、それが現実なのだと知ったとたん、全身に鳥肌がたった。あの日に別れたソフィアが、俺を見つけ出したことに。




 少しずつだが、傷口が回復していくのが分かる。精霊魔術フェアリーエイドまで使えるのかと、ソフィアの成長した姿に、また目頭が熱くなった。




「ソフィアなんだな」まじまじと彼女を見つめてリウトは体を起こした。まだ幼いころの記憶がふつふつと蘇る。




「俺を見つけられるのは、お前だけだったな」




「うん。こんどは時間が掛かっちゃったね」




 子供のころから〈かくれんぼ〉の達人だった俺を見つけるのは、妹ソフィアにしか出来なかった。パーゴ村のどこにいても、夕飯だからと俺を探し出し、家まで一緒に手を繋いで帰った懐かしい日々を思い出す。




 あの日繋いだ手は、いまここに再び繋がれていた――。




「当てられるよな」俺は言った。「頼む……魔術弓マジックアローは俺が撃つ。空間歪曲魔術アナモルフォーズが出来なくても、俺がお前の指示どおりに、やってみせる。手を……手を貸してくれ」




「もちろんよ」




「いくぞ」




 見る必要はなかった。ソフィアを信じて感じるだけでそれは成された。黄色く淡い光を帯びた魔術弓マジックアローの放たれる発射音に集中した。




 三匹の猟犬のこめかみは同時に砕けて、魔術弓は頭蓋を貫通し、反対側から霧のように血が吹き出した。




 一発目の魔術弓で同時に三匹が、すでに死骸と化していた。こわれた人形のようにバタバタと倒れていく猟犬を前に、髭面の剣士はうめきに似た声をあげた。この剣士は大笑いをしているのかと想像した。




 瀕死のジャガーを庇うように魔術弓を射続ける。猟犬の凄まじい咆哮が響くなか、それでも俺は復唱を続けた。俺と、ソフィアの周りを魔力の跡の光輪が包んでいるように見えた。




 その輪は魔術弓が、高速で弧を描き空間をまわって飛んで形成されていた。そして、襲いかかろうと猟犬が動けば、たちまち輪から飛び出し、脳天を砕いていくのだった。




「もう大丈夫よ、お兄ちゃん。あとは彼がやってくれる」




 空にできた輪を見つめて俺はほっとしていた。魔法数列がうまい具合に美しく輝く天使の輪を形成しているのが見える。




「……み、味方だったんだな」




 妹は髭面の剣士が誰なのか俺に説明した。そいつの名はスレイド・モリスン。〈愚者の資質カード〉を持った仲間だといった。




 そのカードには盗人のような放浪者が描かれており、足元には犬の挿絵があった。相手の精霊術師がどれだけ猟犬を意のままに操ろうとしても、モリスンの剣には効果がない。




 不思議なことに猟犬ガルムはしばらくすると戦意を失い逃げて行った。それが、この剣士の特別な生まれ持った資質スキル〈魔術無効化〉だと知った。




「ずいぶん勇気のある正義漢になったのね。お兄ちゃん」




「冗談じゃない」俺は言った。「英雄なんて有り余ってるだろ。そっちで死んじまった剣士マソス、あっちで瀕死のジャガー、ふたりが本物の英雄だよ」




「そう」




「他にもいる。村を救ったマリッサと、村長も、ケーシーも」




「そう」




 ソフィアは乾いた布で俺の顔を拭った。それが心地よくて、あまりに温かくて俺は眠たくなった。すっかり、妹を母親みたいに感じていたようだ。




「俺はただの卑怯なモヤシ野郎さ。それ以上でも、それ以下でもないんだ」




「そう」




 モリスンはジャガーを両手で抱えて馬車の上に運び込み寝かしつけた。布切れを切り裂いて、傷だらけの足に縛り付けた。ジャガーは意識があり、息をするのも苦しそうだが、かろうじて残った顔の肉と欠けた歯を見せていった。




「ジャガー」と。




「……礼ならいらないから、くたばるなよ」




 モリスンは二頭の馬をホロ馬車に繋ぎ、黙って出発の準備をした。思わずため息が漏れた。彼の女神さまのいう希望が、瀕死の大男と卑怯なモヤシ野郎に握られているとは信じたくはなかったのだろう。




「さっさと行ったほうがいいですぜ」モリスンは言った。「猟犬がまだこっちを見ていやがる。どうなってるんだか」




「……」ソフィアは眉をひそめた。「よほど強い精霊術なのかしら。犬の描かれたカードは〈愚者〉と〈月〉。月のほうには犬が二匹かかれてる。ただの精霊術師じゃないようね」




 ソフィアとモリスンは二人で俺を抱えあげ、馬車に移し毛布をかけてくれた。「少し揺れるけど我慢してね、お兄ちゃん」




「運がよかったな、あんた」




「みんな死んじまった。マリッサもケーシーも、マソスさんも――」




「しぶといのもいるじゃないか」




「ああ……ああ……ああ、ありがと……」




 俺は薄れゆく意識の中で、視線を感じ取っていた。そいつは〈かくれんぼ〉の能力で俺が無意識に〈鬼〉と決めていた男だった。ロザロの騎士兵舎にいて、俺とローズを古代迷宮まで案内した細身の精霊術師。





 猟犬どもを操っていたのは、やつだ。仲間のような顔でローズに近づき、特性の革鎧を仕立て、彼女の髪を触りセットしたローブ姿の男。想像するだけで、喉が締め付けられる気がした。




 精霊魔術師シャイア――。




 




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