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第4話 フリーズ・トラップ

 老騎士が窓から見下ろすと、剣や槍を装備した九人の騎士が前庭に集まっていた。松明を持った男が他の騎士に指示を出している。




 先ほど階段から蹴り落とされた騎士が、二人の仲間に支えられ、指揮官らしき男の前に連れられて来た。




 リウトは、階下の闇に目を凝らす少女を観察するように見た。ちいさな身体で小さく息をする少女に気取られないように。




 正直に言うと……女というのは、お高くとまって能力をひけらかす割にストレスにはめっぽう弱く、些細な事でパニックになるもんだと思っていた。




 この少女は違った。難関があれば立ち向かっていくタイプの女もいるのだ。そこには、頼りになる仲間がいるような気がした。




 黒騎士たちは一か所に集まり、作戦を立てている様子だった。と、いうより怒鳴り合っているようだった。




 連中も、こちらが何人いるのか分かっていないのだ。警戒し、興奮している。窓をあけると湖畔から湿った冷たい風が吹いていた。




 白く大きな箱を担ぎ上げると、ブーンという共鳴音が聞こえた。青年の左耳に小さな宝珠の埋め込まれたリングピアスが覗く。




「いいぞ。リウト、指示をだしてくれ」老騎士は持ち前の怪力で、軽々と箱の後部を持ち上げ、機会を待った。




「だ、駄目だわ……あの魔術師がこっちを見ている。私を、私を見てるんだわ」




「大丈夫だ、お前なんか見ちゃいない。自意識過剰かよ。五秒後に、あの魔術師はさっきの怪我人の背中をみる」




「へっ?」少女は老騎士の顔をじっと見あげた。「信じていいのかしら」




「信じてええよ」老騎士はうなずいた。まさにローブを着た魔術師のもとに、先ほど転げ落ちた騎士が肩を抱えられたまま運ばれた。




 僅かな言葉を交わした直後、魔術師はリウトの予言通りに膝をつき、負傷した騎士の背中に目を向けていた。




「いまだ」




「ほおれっ!!」




 老騎士は目一杯の力に踏み込み、窓から滑らすように押し投げる――すると真上から大きな白い箱が空中に放り出され、一気に地面に叩き付けられるように落下した。




 カミナリが落ちたような爆発音。箱の蓋が弾け飛ぶと、一瞬の間をおいてパチパチと電気を帯びた煙が広がっていく。数本あった松明は同時に消え去っていた。




「うわああっ、何だ……こ」




「隊長、にげ……く」




「……が、……か」




「……」




 静寂。黒騎士たちは、文字通り身構えたまま凍り付いていた。空気中の水蒸気が昇華し、表面には結晶化した氷が貼り付いている。




「やった! フリーズ・トラップ。大成功だっ」リウトは指を鳴らした。「よし、今のうちに逃げるぞ」




 三人は、朽ちた階段を器用に駆け下りると凍り付いた騎士を避けながら、ゆっくりと馬車に向かって進んだ。




「……」リウトは恐る恐る固まったまま動かない指揮官を鞘でつついた。騎士はびくりともしなかった。




 松明は消えていたが、まだ煙が出ていた。騎士たちの目は見開いたまま白濁としている。




「急ぐんじゃ」老騎士は箱から飛び出している野菜や果物、豚や鶏の肉に目をつけた。麻の袋を取り出すと、せっせと食料を詰め始めた。




「はやく手伝え、リウト」




「ああ、いそごう」




「馬鹿なのおおっ!?」ローズが叫んだ。「フリーズ・トラップなんて、直ぐに溶けるのよ。何やっているのよ」




「だから、急いで持っていくんだよ」




 ふたりは少女の言葉を無視して、せっせと食料を麻袋に放り込んでいる。




「そんなことやっている場合じゃないわよ、はやくったら、はやく!」




 だが、二人の騎士は慌てていなかった。ローズは震える声で、まくし立てるように言った。




「命より食料が大事だっていうの?」




 少女の恐怖心は広がり、パニックに近い状態だった。だが、それとは裏腹にリウトとダリルはおぼつかない足取りで食料を回収している。




「まずは落ち着け、ローズ」老騎士は周りを指差して数えた。「ここには黒騎士が全部で九人おるじゃろ」




「う、うん」




「こやつら九人から、儂らは確実に逃げられるんじゃ」麻袋を担ぎ上げて、肩にまわした。




「はあ? 何でよ」




「うーむ、説明するのが難しいな。こやつの特技は」リウトのほうを見て顎をしゃくる。「さっき言っておった一発芸のことじゃが」




「ああ、俺の一芸な。ただ『かくれんぼ』が得意ってだけさ。そろそろ馬車に乗ろう。北の岩場で少し待ってから、西の小道を行けば見つからないぜ」




「……」少女はクビを傾げて聞いた。「なんでそんなことが分かるのよ。魔法なの?」




「いいや。実は俺にもよくわからない」麻袋を馬車に放り込むと馬の頭を撫でて続けた。「ただ、他のオニが現れたら、簡単に見つかるということも言っておく」




「凄い特技だわ」ローズは驚いて聞いた。「だから運び屋を任されるのね。たった二人で自由な行動が許されてるんだもの、凄いわ」




 リウトは冷ややかに微笑んだ。それほど立派な技能ではない。隠れるだけなら昆虫やカメレオンのほうが、よほど上手くやるだろう。




 軍隊に所属しながら自由に行動できるほどの権限などありはしない。百人隊長は戦力にならない人間を処分したかっただけだ。




 膠着した前線部隊では、ふたりのような逃げ腰な人間は無能と呼ばれ、お荷物と呼ばれ、邪魔者扱いだった。




 十日以内に解封師を探してこいという無茶な任務には、裏があった。失敗して逃亡者になれば死罪か強制労働力所送り。




 成功すれば無駄飯食らいの役立たずの代わりに有能な『解封師』が手にはいるのだから、合理的な命令である。




「……まあな。凄いだろ」





         ※





 朝焼けが空を茜色に染めていた。三人の乗った馬車はリウトの言った通り、黒騎士に追われることなく峠に近づいていた。




 夜通し馬車を走らせた老騎士は眠気と闘いながら、なんとかタズナを握ってはいたものの限界寸前といった表情をしていた。




「冷えてきたな。ここまで来れば安心だ」リウトが言った。「馬を休ませなきゃな。そのへんでキャンプしよう」




 小川のほとりに馬車を止めると、リウトは手際よく食材と薪を用意して、小さなナイフを取り出し食事の準備をはじめた。




 老騎士のほうはといえば、慣れた手つきで水を汲み、火を起こすとどっかりと木の根に腰かけパイプをふかしはじめた。




「おい、あの娘は怒っておるのか?」馬車の脇で座っているローズのほうにパイプを向けてリウトに聞いた。




「機嫌が悪いのは間違いないな」肉、野菜を鍋に放り込んでリウトが言う。「初めてみた白騎士ステイトの戦いが、あれじゃあ仕方ない。食材を泥棒して逃げただけだ」




「……白騎士にも、いろんな者がいる。いろんな仕事がある。それでいいじゃないか」




「ローズに言えよ。俺だって前線の軍隊には申し訳ないと思うけど、反省はしていない」


 


 老騎士は重い腰をあげると少女の前に立った。「飯にしよう、ローズ。儂らを見てガッカリさせたのはすまなかったな。あんたの鍵開けの技は大したものじゃった。ロザロの街に着いたら、本物の騎士を紹介するさ」




 少女は馬車の御者台に座ったまま、じっと聞いていた。うつむいたまま右手の指輪をもてあそんでいる。




「ダリル……私は呆れてるわけでも怒っているわけでもないわ。むしろ凄いと思ってる、本当に凄いって思ってるの」




「儂が、この臆病者の老騎士がかい?」




「うん。昨晩、あなたは一発で黒騎士を気絶させ、一蹴りで黒騎士を五メートル先の階下へ突き落していた」




「ははっは。ありゃ確かに良かったわい。だが殺さなければ騎士は失格なんじゃ」




 ダリルは少女の目が輝いているのを見た。そんな目で――まるで尊敬する剣士を見るような瞳を向けられたことは今まで一度としてなかった。




「……」




「どうして、殺せないの?」




「お、臆病だからじゃろうな」




「でも確かな腕を持っているわ」




「とどめを刺すことを考えると、冷静でいられなくなるんじゃ。だが殺さないと決めてから、儂の腕は上達した。あんな場面でも、少しは落ち着いて戦える」




 ため息を漏らして言った。「だが、殺すつもりで立ち向かったとたん――もう、手は震えて喉は枯れ、足は鉛のように動かなくなる」




「……」




「そういうのを、世間じゃ臆病者っていうんだ」リウトの声だった。「さあ、飯ができたぜ。食っちまおう」




 スープには大きな野菜とウサギの肉がたっぷりと入っていた。少女はスープから立ち上る美味しそうな匂いに喉を鳴らした。




「ありがとう。リウト、すごく美味しそう」




「へへへ、料理は任せてくれ。大学でいろいろ教わったからな、学生食堂でだけど」




「火を起こすのに五分も掛かる魔術師のくせに」ダリルが言った。「剣と魔法以外のことはなかなか有能じゃわい」




「食わなくてもいいんだぜ、クソ爺い」




「ほっほっほ。大学の話を聞かせてくれ、リウト。そろそろ話してくれてもいい頃合いだろ」




 露骨に老騎士を睨み付ける青年に少女も向き直る。「私も聞きたい。どうして黒騎士から簡単に逃げられたのかも」




「ふうーっ、やめようぜ。大学のことは思い出したくもない」リウトは頭を掻きむしるようにしてイライラとした態度を見せた。




「……」少女はスープ皿を荷台に置くとしばし黙ってから言った。「やっぱり私は怒ってたんだ。貴方たちに」




「えっ、えっ!?」




「だっておかしいわ。会った時から互いに馬鹿にしたり軽蔑しあったり。馬鹿とか臆病とか、無能とか、地を這うミミズ以下だとか」




「そ、そこまで言ってないと思うけど」




「いいえ、言ってたわ。屑でアホで間抜けで自己中で生きる価値のないゴミ虫だって」




「……」知らないうちに言ってたのかもしれないと反省する二人だった。リウトは黙って待っている二人を見ると諦めて口を開いた。




「わ、分かったよ。ちゃんと話すよ」




(俺がただの馬鹿じゃなく、本物の馬鹿だってことを――)




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