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第12話 牢獄の少女

 脱走兵は絞首刑に値する――。




 


 ローズが目を覚ましたのは、薄暗い牢屋の中だった。身体が自由に動かせない。




 蝋燭の灯りがゆらゆらと石壁を照らしている。喉はカラカラに乾いていたが壁を流れる水は、排泄物の匂いがしてとても飲む気にはならなかった。




 深呼吸をしてから、慎重に体を起こし、目を細めて周りを見た。板張りの粗末なベッドの下にはブロック状の石が敷き詰めてあり、黒くよどんだ水たまりがいくつかあるだけだった。




 手元は鉄製の手錠、足には重い石の塊が南京錠でぶら下げてある。錆びた鉄格子のドア。どうして自分が、こんな目にあうのか皆目見当がつかなかった。




「……」




 だが、取り乱して恨みや不満を叫んでも意味がないことをローズは知っていた。この手の拘束に、なんの意味もないことも知っている。




 解封師である父と、あらゆる錠前を開ける練習をしてきた。その中には拘束具もあった。足の指や歯と舌を使って開錠する技術も学んでいた。




 たいていの拘束具は単純な仕掛けだということを知るための訓練だった。




 解封師は相手の仕掛けに、決して乗ってはならない。落ちつこう――怖がらせるだけの単純な心理誘導には乗らない。




 不当な仕打ちを受ければ、犠牲者はあらゆる物事を正当化してしまう。聞かされた言葉をすっかり信じてしまう。




 少しでも間違っている考えは〈悪〉となる。恐怖や怒りは一番ハマりやすい罠のひとつ。自分を見失ったら、鎖は二度と外れなくなる。




 


『拘束されたとしても慌てないことだ』




 まだ十歳の頃だったろうか。ベッドの脇には、これに似た蝋燭が灯っていた。




 話し上手ではない父だった。それでも寝室ですわって夢中で聞き、もっと話してくれるのを待っていた。




 父、ノア・ジョードは一枚のカードをめくって見せた。中央に山羊の頭を持った悪魔が座っており、首に鎖を掛けられた二人の人間が前に立っている絵だった。




 それは十五番目のタロットカード〈悪魔〉だった。幼いローズは慌てて目を背けた。人間と獣の入り混じった生き物。悪魔の挿絵を本能的に恐れた。




「きゃあーっ!」




 鎖につながれている男女には小さな角が生えていたが、人間に違いなかった。あまりにも人道に外れた挿絵である。




「恐いわ、おとさま」




『あははは、恐がることは無いよ。見た目の恐ろしさは、人を試しているだけなんだよ』




「えっ? なんでそんなことするの。嘘よ、だって鎖で人を繋いでるよ。食べられちゃうよ」




 半獣人の前で肌をあらわにしている人間はあまりに弱々しく見えた。




『よく見てごらん。怖い顔をしているけど、山羊だよ。山羊は臆病で草食だし、鎖を首に掛けられてはいるが……ふふっ。ゆるゆるだ』




「あっ、本当だ。ゆるゆるだね。これなら直ぐに逃げられるね」




『可笑しいだろ? 殺す気も、食べる気もないのに何で捕まえているんだろうね。しかも、こんな鎖で』




 父はカードをくるりと回して少女に向けた。解封師の技能スキルを全面に表したカードは存在しない。




 解錠や魔法封印を解く資質は一般的に、職人のような鍛練でのみで培われると信じられている。だが、解放の技能スキルは〈悪魔〉のカードの逆位置に密かに存在しているのだ。





『何かこの子たちに気付いて欲しいって思ってるみたいだ。ほら、自分の頭で考えてごらんって。山羊さんは意外と、優しくて良い奴かもしれないね』




 父はそのカードが気に入っているようだった。おぞましいカードの裏に希望があるとすれば、まるごと受け止めなくてはならない。




「……やっぱり、嫌よ。悪魔は悪い奴に決まってるわよ。だって、だって悪戯にしては度が過ぎてるもの!」




『たしかに、そうだね。でも落ち着いて、ローズ。慌てていたら、実は簡単に逃げられることにも気が付かないし、悪魔が何の目的で拘束しているのかも分からないよ』





 もし人間に生えている小さな角が大きくなったら――この人たちが怒りや恐怖で自分を見失ってしまったら、小さな角は大きな角に育ってしまう。




 人の角は不安や怒りを食べて成長する。そうなれば、この鎖は二度と外れなくなる。そのことを教えている――そう、父は言った。




「でも、悪魔は嘘をつくのよ。イブをそそのかして知恵の実を食べさせたのよ」




『ははは、よく知っているね。さては学校で創世記の授業をやったね』





 ローズは父との会話を思い出して可笑しくなった。あの時は気付かなかったが、知恵の実を食べた人間は、前よりずっと成長している。




 見方によれば〈悪魔〉は人間にとって救世主なのかもしれない。自分たちの住む無惨な世界を救う方法を知っているのかもしれない。




 


(自分の頭で考えるわ……)




 誰にも聞こえないほどの小声で口に出す。そして、冷静に対処すると自分に言い聞かせた。




 錠破りについては、誰よりも詳しいという自負があった。この手錠は見たことがある。丈夫なだけで単純な構造。足にある南京錠は……これもたいした構造ではない。




(術式封印やトラップは、ないわね)




 鍵でボルトを直接動かす形式の錠は、必ず鍵穴とボルトの間に隙間が生じる。これなら勘のいい錠前破りならだれでも簡単にこじ開けることが出来る。




 問題は牢の鉄格子に付いているレバー式の大きな仕掛け扉だろう。こういった大掛かりな仕掛け扉は日々、高度に成長し続けていて都市部の鍛冶屋の収入源になっている。




 ポーチからピックを取り出そうと、もぞもぞと体を動かした。だがポーチもナイフもベルトごと奪われていた。




 指輪までなくなっていたのは悔しいが、封印術が施されていないなら問題はない。




 ヴァッレで貰った可愛らしいブーツ。折り返しに仕込んである簡易ピックを探したが見当たらない。靴底の針金までが抜かれている。




「……」




 小さくため息をつくが、代用になるものは必ずある。ローズが辺りを見回すと鉄格子の前に太い脚が見えた。




「!!」




 ゆっくりと頭をあげると、気配もなく恰幅のいい長髪の男が鉄格子の前に立っていた。




 動物にたとえるならライオンのような、威厳のある風貌。太い首に肩まで伸びた黒髪、野獣めいた顔つきだが醜くはない。




 鉄格子に小さな逆十字のシルバーアクセサリーがあしらわれた白騎士のロングソードが掛けられている。




「目を覚ましたかい。お嬢ちゃん」ローズは、ドキリとして身をのけ反った。いつからこの男がここに立っていたのかも分からなかったが、実際に声をかけられて、その男の存在感の大きさに改めて驚かされた。




 少し飛び出た灰色の目が冷ややかにこちらを見ている。彼女は体勢をたて直して、騎士を見上げた。




「まずは、ひとつめのテストだ」その男はしゃがみこんでローズの顔を見た。




「食事が終わったら、また見に来る。それまでに手錠を外して見せろ。足枷あしかせもだ」




「ま、待って。ここはどこ? 私と一緒にいた騎士たちは何処にいるの?」




「質問があるのはこっちだ。それも、テストが終わってから――」




「一緒にいたリウトは? 坑道にいたダリル、老騎士は?」




「ここは地下牢。目を覚ましたと思ったら、まったくよく喋る娘だ。このわたしを尋問するつもりか。そんな連中は知らん」




 ローズは錆びた鉄格子のドアに向かって鉄製の手錠を押し当てた。




 ガチンと鉄を鳴らして「どうか教えて欲しい!」と懇願した。またガチンと音を響かせて「ちょっとしたことでも構わないから!」と激しく繰り返す。




「……」




「私のポーチは?」すっかり希望を失ったようにうなだれて、足元の南京錠に目を落とした。「ピックなしで、どうやって開けろっていうの?」 




「……さあな。健闘を祈ってやる」




 長髪の騎士は肩をすくめた。うんざりしたように口を閉じたまま、ロングソードを手に立ち去っていった。




 ローズは汚れたワンピースをなで下ろして、すわった。だが、うなだれた少女の目に絶望の色はなかった。




 牢獄に誰の視線もないことを確かめると、手錠の隙間から逆十字のシルバーアクセサリーを取り出した。




 強く、二度、打ち付けられた銀のロザリオは細く形を変え、南京錠の鍵穴にぴったりと収まった。指先が素早く、器用に動いた瞬間、止め金が持ち上がった。





(祈ってなんて欲しくないわ。自分で考えるから――)











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