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第11話 砕け散った宝珠

 ローズは、まさにリウトのはらわたから血が噴き出す瞬間、目を背けた。二本の槍はシャツを切り裂いてはいたが、彼の両脇をすり抜けて背中へ突き出していた。




「り、リウト……」滴る出血は、はじめからあったものだ。




 皮一枚。最小限の動きで、針が通るほどスレスレで槍を躱かわしていた。さらに、槍は執拗にリウトを襲うが、空を斬るばかりでまるで当たらない。


 


 二本の槍がくるくると激しく動いているにも関わらず、リウトの身体をすべるように素通りしていく。




「ッキイイイイ!!」




 二匹のゴブリンは何度も、確実に仕留めたと思った。既に腕も上がらないような瀕死の青年に、足元もおぼつかない弱りきった怪我人に、それほどの動きが出来るはずはなかった。




 だが二本の槍はリウトの身体を捉えることなく空を切り、最期には地面に突き刺さってしまった。リウトは右手を前に出して突っ立っているだけだ――間抜けのように。


 


「キイイイ――……キイイイ――……」





 ゆっくりと広げたその右手に、その石はあった。菱形に輝く宝珠アクセサリ――賢者の石。それは魔力の根源へのアクセスを可能にし、すべての潜在能力を引き出すと言われていた。




 リウトの全身はひどくこわばり、どこも動かしづらかった。指先は恐怖と疲労で震えていたが、それでも少女の悲痛な叫びを受け止め、応えなければならないと感じていた。




「これが〈かくれんぼ〉の本来の能力……目の前の相手への防御魔術。俺のおえぇっぷ!」




 乗り物酔いに近い状態になっていた。ズキズキと頭が痛み出すと急激な吐き気に耐えきらず、朝飯を噴き出した。




「っげえっ、お、おうっ……ぷぁ」




 リウトは何かに取りつかれたように天を仰ぐと、ひき付けを起こしたように体を震わせて叫んだ。




「う、うああああああああああああっ」


 


 キィ……イン――。




 手元の賢者の石が砕け散った。「どうしたの!」ローズはリウトの目が真っ黒になっているのを見た。「何を見ているの? リウト!」






 巨大ピラミッド、パスカルの三角形、フィボナッチ数列、ピタゴラスの定理、大嫌いな魔法数列が、頭の中に流れ込んでくる。





 その先には見たことも無いような大樹が現れる。図書館でよんだ「ユグドラシルの樹」というワードが頭によぎる。





 そして、その真上には大きな白い球体が浮いている。太陽でも月でもない大きな球体だ。





 そこから光のシグナルのようなものが世界中に飛び回っているのが分かる。





 これに触れたい。魔術師なら誰もが一度は本や授業で見たことがある、未解の精霊界アストラルへの扉、魔力の根源。





 これは……これが……魔力の根源なのか。見た……俺は……手が、手が届きそうだ……すぐそこに。




 違う……柔らかくて、マシュマロみたいで……なんか突起があるな。これはまるで……おっぱいみたいだ……ローズの。




『きろ、起きろ、起きろ、起きろ、リウト!』


 


「……」





 いつもそうだ、これは夢か――。





 そうやって馬鹿にすればいいさ。人類すべての知的探究心を満たそうと、前進しようとする若者をもてあそべばいいさ。





 ああ、俺は馬鹿だよ。だが、誰もが目の前の栄光を掴みにいくような普通の馬鹿だとは思わないことだな。





 俺は本気で頑張って、遠回りして、這いつくばって、痛い目にあって駄目になったタイプの馬鹿であって、初めからやる気のない馬鹿とは違う。





 だからさ、こっちの球体パイを選ぶよ。だって、また一人になって、孤独に過ごすあいつの姿なんて見たくないだろ。





 知的好奇心より性欲が勝ったとか、そんなんじゃないんだ。誰に言ってるのか、分かんないけどさ、格好いいこというみたいだけど、こっちの柔らかい感触で十分さ。




 今の俺はさ――。





「……」





 ローズは、リウトの肩を掴んで力いっぱい揺すった。「あと少しで、手が届きそうだ」




「駄目よ。起きて、リウト。それに触ったら駄目。二度と戻って来られないよ!」




 瞳孔だけの真っ黒な眼。ローズは彼の頬を思い切りピシャリと叩いた。「起きろ、起きろ、起きろ、起きろ、リウト!!」




 直感的にローズは、彼が伸ばした震える腕を引き戻し、全身と胸で包み込むように押さえつけた。空くうを掴もうと、もがく腕は彼女の胸を優しく掴む。




「パイを選ぶよ……俺はさ……馬鹿だからさ」うつろな声だった。「ああ、ローズ、ローズ、ローズ……ぶぶーっ!?」




 瞬きをするリウトの目は元の色に戻っている。「しょ、正気に戻ったなら、その手を離して、はやくっ」




「なっ、なんか、色々な意味でごめん」


 


 慌て立ち上がり、よたつくリウトに向かって尻込みしていたゴブリンが近づいてくる。そこへ森の中から二本の青い光が――マジックアローが放たれた。




 眩しい光に、ローズは目を細めた。光の玉は動いている標的の頭部に見事に着弾していく。




「!?」




 二匹のゴブリンの頭部は風船が割れたように弾け飛んだ。二匹はしんなりと女のように倒れ込んだ。頭を無くして。


 


 リウトは、目の前の血だまりを呆然と見ていた。たった今みたものを整理したかった。触ったものは勿論のこと。




 出血している肩の傷はズキズキと痛み、両腕は思うように動かず、頭の中は見たことの無い映像が一気に流れ込んできたことでボンヤリと陶酔しきっていた。




 最悪の気分だった。肩からの出血に、全身の靭帯が切れたような痛みと吐き気。傷の酷さを想像しながら、青ざめてシャツを捲まくる。




 不思議なことに、出血は止まっていた。賢者の石が砕けたことと何か関係があるのかもしれない。でなければ、生きて立っているのが不思議なくらいだった。





「貴方たちは?」ローズが言った。リウトは間の抜けた顔をしたまま、森から現れた二人の白騎士ステイトに目をやった。




 一人は筋骨たくましい髭面の男、もう一人は頬に傷のある男。二人とも革のストラップに銀のショートソードを携行している。




「た、助けてくれて有難うございます」リウトが言い終わる前に、男は手を振り遮った。




「坑道に黒騎士ヴィネイスは居たか?」頬に傷があるほうだ。ローズが首を左右に振ると「そうか……黒騎士ヴィネイス狩りも宝珠アクセサリ集めもハズレか。なら、ここにもう用はないな。その坊主は、ついてこい。反逆罪で締め上げてやる」




「……子供は逃がしてやれよ。さっさと行こう」髭面のほうがそういうと、傷のある騎士の背後から白いローブを纏った女魔術師が現れた。


 


 右手に持っているのは魔法使いの定番アイテムである火属性ワンド。マジックアローは、この魔女の仕業らしい。




 女はめいっぱい深くかぶっていたフードを持ち上げ、顔を見せて言った。長い黒髪に白い肌、長いまつ毛をした妖艶でグラマーな魔術師だった。




 ひとたびローブを捲ると露出の多いレース使いの衣装と長い素足が覗いた。一流の魔術師ほど、目立って薄着の衣装を纏うというが。




「私たちは白騎士隊の特殊部隊〈シビラ〉だ。峠の向こうからきたのなら、何か情報は持っているか」




「ヴェルファーレ峠に黒騎士が待ち伏せているって聞きました」




「人数は?」と白い女は、流し目で見定めするように眺めるが、ローズはまた「分からない」と首を振った。




「お前はナイフ使いか?」 




「いいえ、解封師かいふうしです」




「ほお、ここを抜けてきたのなら役に立つかもしれん。まさか宝珠を持ち出したのは、お前のしわざかな。ならば――」




「こいつは、ロザロに連れて行きます」リウトが口を拭って言った。「それより、この坑道にまだ白騎士の仲間が一人いるんです。手助け願えませんか」




「吐いたのか、寄るんじゃない。匂うぞ」女は袖をあてて応えた。「仲間の白騎士だと。お前も白騎士だと言う気か、鎧はどうした?」




「せ、戦闘で……壊れました」




「貴様、まさか捨てて来たんじゃないだろうな」髭面が割って入った。




「とんでもない。それより仲間を助けてくれませんか。老騎士のダリルは四番隊の男です。名前を知ってませんか。二つ名は〈臆病者のダリル〉です」




 そう聞いても髭面の騎士は、表情ひとつ変えることなく、声を低めて続けた。「本当か、貴様。剣も鎧も持たず、白騎士を名乗るか」




「お、お願いです。俺なんか、どうでもいいんです。爺さんがまだ中にいるんです。助けてください。お願いですから」




「うるせぇ。近づくんじゃねぇ」髭面の騎士はリウトを押しやってきびすをかえす。




「仲間が、仲間が危ないんです。すぐ、そこで戦っているんです」




「寄るなと言っているだろぉが。俺たちの部隊は、騎士一人を救うために動いたりしねぇんだ。馬鹿野郎!」




 リウトは茫然と立ち尽くしたまま、懇願した。「あ、あんた」向きを変え、こんどは女魔術師をじっと見た。




「えっ……あ、あんたを知っているぞ。まちがいない。レンギルでその顔をみたことがある。あ、ああ、アネスだ。同輩の魔術師アネスだろ」




「だったら何だ。貴様など知らん」




「お、俺だよ。魔法大学で一緒だった」




 顔を引きつらせてリウトは食い下がった。それほど熱心にしつこく自分の話に耳を傾けてもらえるように求めた。




「ほら、馬鹿で間抜けなリウト・ランドだよ。みんな卒業式で可笑しかったろ。俺を見て笑った事を覚えていないのか?」




「ああ、だったら何だ? 知っていると言えば助かるとでも思ったか」




「お、覚えていないのか。おかしいな。字も書けない馬鹿で、大学始まって以来の恥さらし。生きる価値も、授業での使う椅子もない変人って呼ばれてただろ、あの俺だよ。懐かしいだろ?」




「ははっ、言っていて恥ずかしくないのか」




「だったら、その杖を貸してくれ。俺が自分で助けに行く」




 蔑むような目を掻い潜るように、リウトは女魔術師に歩み寄る。だが、ドガッと鈍い音がすると髭面の騎士に後頭部を叩き付けられて気絶していた。




「……」




「どうして!」ローズが叫んだ。「なんで、なんで同じ白騎士なのに、そんなことをするの。どうして信じてくれないの!」




 女魔術師は、ありえないというように皮肉な薄笑いを浮かべて指示した。「ふん、この脱走犯を連れて行け」




 ローズは取り押さえられ、気絶したリウトと共に連れて行かれた。口をふさがれ、白騎士の兵舎へと引っ張られていった。




「離して!」最後まで坑道の入り口に目を向けたローズだったが、そこにダリルの姿は無かった。「離してったら」




「やかましい」抵抗を続けたローズは騎士に腹部を殴られた。「黙らないとワインのコルクみたいに、その首を引っこ抜くぞ」




「うっ……うっ……ううっ、ダリル……リウト」




「………」





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