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第1話 馬鹿と臆病者

カクヨムから転載のためルビが表示されず、革鎧ボイルドレザーのように表示されます。


 二人の騎士を乗せた馬車が、緩やかな丘を越えると草原の先に一軒の小屋が現れる。鉄は不足しているため、ほとんどが木材で造られた粗野な小屋だった。




 早春の風は冷たく、伸びた雑草と歪んだ木の柵が乱雑に並んでいる。草の鳴る音と、ときおり遠くでなく鳥の声しかしない。静かで人の住まない辺鄙な場所である。




 馬車に揺られる二人は、対照的だ。 一人は(よわい)十八の若者で金髪、体は細く、白騎士ステイトの軽装備である革鎧ボイルドレザーが大きく不恰好に見える。




 名をリウト。運搬ばかり申しつけられて、まともな戦いの経験はない。ろくに字も書けない馬鹿〈運び屋のリウト〉と呼ばれていた。




 もう一人は、しっかりとした体つきの巨漢だが、髭も頭も真っ白な老体で名をダリルと言った。殺しあいを嫌う老騎士は〈臆病者のダリル〉と知られている。




 前線部隊が解錠できなかった宝箱を乗せた馬車である。戦利品の輸送業務を任されるのは、ふたりが戦力外であるからに他ならない。




 若者と老人、細身に巨漢、金髪に白髪、白騎士である以外に共通点は一つとして見当たらない。五日あった道中では口数も少なく、互いに目も合わせようともしなかった。




「見られておるな」




 白い眉を吊り上げて、波打った小屋の屋根を見あげると、みすぼらしいオリーブ色のチュニックを着た少年が座っている。




「ガキにな」




 御者台から颯爽と跳び降りようとする青年はスリングを引っ掛け、両手をバタつかせた。老騎士が手を突き出すと尻を打ち付け、地面に転げ落ちた。




「押したろ、このクソ爺い!」




「誤解じゃないかの、助けようと手を出したんじゃが。すまなかったのぉ」




「いいや、わざとだ」




 少年は屋根の上から二人を見ていた。尻に付いた土を払い、顔を赤めた青年が言う。「もう頭きた。この際ハッキリさせようじゃねぇか。どっちの実力が上か」




「はあ!?」




 老騎士はたじろいだ。恐れたからではなく、青二才の言葉をたしかに聞いたと、自分に言い聞かせなければならなかったからだ。




「まさかと思うが、儂に勝てると本気で思っているのか、その細腕で。馬鹿の運び屋というのは本当のようじゃな」




「ばっ、なんだと臆病者の耄碌ジジイ。怪力だとは聞いているが、役立たずの老害なんだろ。どうだ、勝負するか?」




「安心せい、儂は事実を言っただけじゃ。まるで剣が使えるみたいな口振りじゃないか」




「なら木剣で先に一撃入れたら勝ち。勝ったほうが、上官ってことで文句はないな」




 青年はゆっくり馬車を降りる老騎士に、用意した木剣を投げつける。拾いあげた木剣をくるりと回すと老騎士は不敵に微笑んだ。




「いつでもかかって来い」木剣を構えもせず、左手を突きだすと挑発するようにクイクイと指を動かした。




「お、おいおい。待った待った。あー、あぶないな、あのガキ。ひっ!」




 屋根の上を指して、声をあげる青年に釣られ、老騎士は小屋の上を振りかえった。




「……」




 たいくつな顔をしている少年は頬杖をついたまま、座っている。瞬間、頭上に木剣が振り下ろされた。




「!!」




 すかさず防御に打ち上げた木剣は真っ二つに割れた。木剣は頭に直撃し、めり込んだ兜を両手で持ったままバランスを崩して後ずさる。




「ひ、卑怯な手を使ったうえ……木剣に小細工までしていたのか。呆れたわい」




「まあ、勝ちは勝ちだ。安心しろよ、俺は事実を言っただけだ」




「……」




 兜を直すと、青年は既に十メートルも向こうにいる。老騎士は真っ赤な顔で手元の折れた木剣を地面に叩きつける。




「クズじゃな。恥を知れ、若造が!」そう言いながら馬車から新しい木剣を取り出すと、真っ赤な顔をしてうなった。




「ふん、勝負はこれからじゃ」




 言っているそばから、石つぶてが飛んでくる。涼しい顔をした青年は、スライダーのフォームで小石を投げつけている。




「な、何のつもりじゃ? 剣で勝負する気なんて全くないじゃないか」




 ほんの数瞬、老騎士が目を離したすきに青年は姿を眩ますように距離を取っていた。ますます頭に血の登った老騎士は剣を放り投げ、足元にあった大きな石を持ちあげた。




 三十センチはあろう大きな石を軽々と持ち上げ、投げ飛ばす。馬鹿力の老騎士に青年は目を丸くした。大きな石は、足元まで飛んできて地鳴りをあげて落下する。




「はっ!? まっ、まじかよ」




 さらに、大きな岩を持ち上げようとする老騎士に言う。「ぷぷっ、それ無理だろぉ。百キロ以上あるぞ」




「むん……ふおおおおっ!」




「す、すげえぇ。ひ、ひいいっ」




 凄まじい地響きと同時に地面に落ちた岩が、爆発するように砕け散った。驚いたことに、更に大きな岩を抱きかかえている。自分の身長に近い大岩を抱いたまま、ヨタヨタと青年に向かっていくではないか。




「ま、待て、待て! わかったよ」青年は真剣な目をした。まるで自分だけは冷静だという顔で続けた。




「キリが無い。それ以上やるなら、俺は地の果てまで逃げるし、真剣で殺やりあうのと変わらないよな? これは木剣でやる試合だ。真面目にやろうぜ。岩を投げるのは無しだ」




「お、お前のせいじゃろうがっ」




「……なあ、ダリルさんよ」落ち着いた優しい声だった。「お互い何の得にもならないから、休戦といこう。隙があったら、俺に一発いれてくれちゃって構わないからさ。ちゃんとルールを決めてもいいんだ。お互いに誤解があったんじゃないかな」




「わ、分かるもんか……お前は、儂らが置かれてる状況を分かっとらん。任務が果たせなけりゃあ死罪も免れんのじゃぞ」




「揉めてる場合じゃないってか。臆病者っていうのは本当のようだな。単なる運び屋だぜ、俺たちは」




「わ、儂は騎士じゃ」




「わかったよ。爺いは騎士だよ」




 屋根から覗いている少年はあくびをして顛末を見ていた。青年が握手を求めると、警戒しながらも老騎士は手をとった。




「!?」




 その手が握りつぶされるのを見て少年は息をのんだが、すぐに偽物の手だと分かった。血は一滴も出ずに木片が散っただけだった。




 もう一方の手で青年は木剣を振り下ろしていたが、やすやすと老騎士は剣を掴み、へし折った。いつまでやるのだろうか――。




「耄碌もうろくしても、まだ白騎士のつもりかよっ!」




「まともに剣も振れないお前が言うのかっ!」




 剣には火薬のようなものが仕込まれていたようで、大きな音をたて破裂した。尻もちを着いた老騎士は、ポカンとして青年を見る。




 そうとうレベルの低い手品師と腕力だけの老人が本気でいがみ合っている。そんなやり取りが数時間も続けられた。




「……」




 日が傾き、馬は茂みで草をはんでいた。やっと小屋の前まで来て声が掛かると、二人を説得力のある大人だとは思えなくなっていた。むしろ哀れだった。




 偉そうに金髪の青年が声をあげる。「大人は留守か。まさか、こんな村はずれで子供が一人暮らしじゃあるまいよな?」




「あんたも子供じゃないか」少年は屋根に座ったまま応えた。




「いやいや」右手を振って言う。「いやいやいや。お前よりはずっと上だぞ……失礼なやつだな、誰もいないじゃないか」




 使い古された鍋と、水が溜めてある樽。薪や食器類は整理されて置いてある。




「もう三か月たつけど、父さんは必ず戻ってくる」




「……」ドアを開けるが、家の中にも人影はなかった。「そいつはどうかな」




「必ず戻るって言ったもん」




 馬車には綺麗な宝箱が積んであった。赤い漆塗りの木箱に、金の縁取りがしてある。少年の目はその美しい箱に釘付けになっていた。




「鍵が掛かっておる」ひと騒ぎしてむくれたまま御者台に座っていた老騎士がぼそりと言った。「お前の親父さんなら、開けられると思ったんじゃが」




「私……ぼ、僕がやってみていい?」




 薄汚れた顔をした少年は屋根から身軽に飛び降りると、腰のポーチから銅製の針金を取り出した。




「触るんじゃねぇよ」青年が止めた。「そんな玩具で開くわけがないだろ」




「玩具じゃない」




「まあ、それだけじゃ開かないんだよ。ガキには分からないだろうが、魔法封印されてんだ」




「知ってるよ」少年はグッと右手を差し出し薬指を見せた。「ソロモンの指輪だよ。模造品だけど。魔力にアクセスするには、宝珠アクセサリーが必要な事ぐらい知ってる。コレを開けたら報酬を貰える?」




「ふん、開けられなかったらピックと指輪をぶっ壊してやるよ。こんくらいの宝箱はな、普通なら円形の魔法陣を引いて数列を分解してだな――」




「偉そうに……逃げまわってたくせに」




「はあ? なんて言った、いま何て言った!?」




「ふぉふぉ、いいじゃないか」馬車から降りようともせず老騎士が口を開いた。「やらせてみようじゃないか。分け前を一つやるっていうのはどうだ」




「うんっ、ありがとう!」




「どうせ開けられないだろうしな。けっ、壊すなよ」




 少年は冷たい視線でふくれる青年を一瞥すると、まっすぐ馬車の上に飛び乗った。そしてブロンズ・ピックを鍵穴へゆっくりと差し込んだ。その先端が奥のシリンダーに触れると、今度はゆっくりと削るようにピックを引き出していく。




「大戦前の錠前師が作った鍵だね」




「ほう、わかるのか」老騎士は膝を立てて身を乗り出した。




「やっぱり五層構造だ。よく出来ているけど、この時代の黒騎士ヴィネイスにはゼロの概念が無かったんだ。だから単純な仕組みを作るのにも大げさな魔法数列を必要としたんだ。魔法数列は一が五個並んでいるだけだから単純だね。一万一千百十一の二乗。一二三四五四三二一の順で唱えればいい」




「誰の受け売りだよ。算数なんて興味ねぇんだけど」青年は腕を組んで少年に言う。「口より手を動かしてもらいたいね」




「もう、開いたよ」




 ガチャリと音がすると、老騎士は慌てたように目を丸くして立ち上がった。「リウト、どれだけかかった?」




「二分。いや、もっと早かったかもしれない」青年は肩をすぼめて言った。「待てって、まだ開けるんじゃないぜ。そんな簡単に開く訳がない。起爆トラップかポイズントラップ、それともモンスタートラップか何かがだな――」




 少年は二人の騎士に目を向けると、微笑みを浮かべて宝箱に手をかけた。「安心して。開いたっていうのは……事実を言っただけだよ」




「ま、待てって! ばっ! ばか野郎!!」




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