九 井手の音 辛い風
○|○|X
ーーーーー
X|X|○
ーーーーー
○|X|
「「「「「一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!」」」」」
「くそっ!また引き分けかッッッッッ!」
「ハバネロ郎殿、あいつらいつまで川の水飲み続けるんだッッッッッ!○Xゲームはもう飽きたぞッッッッッ!いつまでも決着付かないしッッッッッ!」
酔っぱらいの収集が付かないので、暇潰しにソーダ之助とハバネロ郎は○Xゲームで時間を潰した。
「はっ。なぜ俺は○Xゲームを……鮮やかな話術で誘導したなッッッッッ!」
ソーダ之助は戦慄した。
「いや……言い出しっぺはそなただろ……」
……ハバネロ郎も戦慄した。ハバネロ郎はIQ100未満とは言え、この時代では圧倒的インテリである。少なくとも作者より優秀なのは間違い無い。
「もうそろそろ奉行所が来るんじゃ無いのか?お上は奉行所に穏便に出頭してくれるに越した事は無いと言っていた。俺もそう思う。責任の取れる者に腹を斬らせて、その上でチェキラ藩との和解の道を模索すべきでは?」
ソーダ之助は話を逸らした。ハバネロ郎をどうしても斬りたくなかったのもある。
「「「「「一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!」」」」」
「ソーダ之助殿……あいつらを……………………説得できると思うか?どんな言葉を伝えれば………………………素直に出頭させられるんだ?」
「それは……その……………………巧みな話術、で?」
「「「「「一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!一気ッッッッッ!」」」」」
「クリーム山の家は宮仕えでは無いから……わからぬだろう。チェキラ藩の件の前から……色々あった」
「聞いてはいる。悪評など流す方が悪い」
ともに普代の悪猪肌偉大家と是前伝馬家。
悪猪肌偉大家は年がら年中チート級の幸運が舞い降りる。なんか適当に掘ったら埋蔵金や金鉱が出る。チェキラ藩に限らず。スコヴィル藩を除いた全ての地域で。
是前伝馬家は年がら年中……とんでもない不運が舞い降りる。それを努力で乗り越える。なのにまた不運が舞い降りる。
なろう小説で主人公になるのは後者。もてはやされるのは……前者だ。残念だが、是前伝馬家に……チート能力は無かった。
「我らはどんなに蔑まれても努力した。ひたすら働いた」
「悪猪肌偉大の殿が、是前伝馬家に何かしたのか?」
「援助をしてくれた。水田が干上がった時は米を援助してくれた。疫病が流行った時は何万人もの医者を寄越してくれた。金鉱が尽きた時はチェキラ守様自ら山を駆け鉱脈を探してくださった。残念な事に……見付かったのは、三体が合体する赤き色彩の銀河切り裂く巨人のみ……」
「スペースに……ラナウェェェ」
「言うなッッッッッ!感謝しているのだ。拙者はチェキラ藩のご好意に心より感謝しているッッッッッ!」
「誰が憎んでいるのだ?」
「憎むとか、そう言う問題では無い。良く言うだろう?『罪を憎んで人を憎まず』とかな」
ハバネロ郎は唾を吐いた。
「ソーダ之助殿と拙者が出会って一年後、本当にちょうど一年後だ。フフ……俺と同じ幼名を持つ将軍殿がな……我が藩を視察に来たのだ」
「まさか家X家……ハムスターか」
「なぜハムスターなのか知らんがやめろ。ハムスターが可哀想だろ。……上(本当に……本当に死ねば良いのに)様がな、山に入った。そして……遥かな轟きの巨人に乗って……」
「あいつか、あいつのせいか」
「わからん。だが護衛をした者は火縄銃の音を聞いたそうだ。なにやら剣撃も。さらに情けない命乞いもな……そうしたらな。フフフフ、そうしたら銃が波動を吹いて井手の音が響いたのだ。クフフフフ……アッハッハッハッ…………我らの誇るハバネロ畑は灰になったよ」
それで済んで良かったな、と言う言葉をソーダ之助は呑み込んだ。
「確かえぬてーあーるとか言うババアが言ってたな。『罪を憎んで人を憎まず』とか。ごうるでんはんまぁとか言うのが『その態度は何だ?これまで一人で生きてきたつもりか?』とも言っていた。なんか不謹慎にもおっきしてたヤツもいた」
「俺には、悪猪肌偉大家を狙う理由がわからない」
どう考えても幕府が悪い。
「家X家様は、色々不快だが善良なお方だと思う。ちょっとだけ腹を切ってたし。心根以外の全てがダメダメなだけだ」
「いや……将軍家……幕府を恨めよ。むしろ将軍の腹心が根源ではないか?」
「まあ聞け。世間は言う。『憎しみは連鎖する』とか『怨みを堪えろ』とか『復讐は何も生まない』とか『世の中は辛く厳しい』とか『これを機会に自分を変える努力をしなさい』とか『寛大さを身に付けろ』……『根性が足りないからこうなった』とか『気合を入れてやるから歯を食いしばれ』とか『お前が悪い』とかな。『人を恨むな』ってよぉ、我が藩の民はさんざん言われた」
ソーダ之助は言葉が出ない。
「だから……我が殿は……罪の無い者を憎む事にした。復讐に当たらない暴力を振るう事にした」
「馬鹿な」
「拙者は止めた。………………これは言い訳だな。流されてとは言うものの……なんだかんだチェキラの世間知らずを斬った。辛い誅って三秒くらいでサッと考えたのも拙者だ。なんかなんとなく嫌々従って来たが……楽しんでいたかも知れん。実際、馬鹿笑いしながら『世の中は辛く厳しい』ってはねた首に説教かました気がする」
「ハバネロ郎殿、変わってしまわれたのだな」
「『これを機会に自分を変えた』んだ。お前こそ、悪猪肌偉大家やチェキラ藩のヤツらに言ってやれよッッッッッ!『憎しみは連鎖する』ってよぉ!『復讐は何も生まない』ってな!我らがそうされたようにチェキラ藩に言ってやれッッッッッ!」
「もう一つ……なぜ『赤穂浪士』何だ?」
「なぜ?なぜって?」
ハバネロ郎は目を逸らす。真逆には川。『一気』のかけ声がうるさい。
「なぜ……こうなったんだろうな?」
「…………俺にとって忠臣蔵はただの物語でしか無い。天涯孤独の身として、敵討ちについてうまく共感できん」
ソーダ之助の父は武者修行中に他界。幼い時分に家を出た母は再婚し、やはり武者修行中に他界。父方、母方の親戚はいない。
友もいない。奉行所に顔見知りはいるが、友情は感じない。
幕府に忠誠心のような気持ちはある。実感が薄いから『ような』に留まる。
ソーダ之助のモチベーションは『家を存在意義ごと守りたい』だ。クリーム山家の存在意義は、大衆のまま武家として振る舞う事。極端に言えば、幕府が無くても存在意義は消えない。
「それでも縁のない故人を……縁があってもだ。悪行の正当化に利用するのは、あまりにも酷い。人の所業では無い」
「酷いか……」
ハバネロ郎は赤い刃を抜く。
「んなこたぁわかってんだよぉッッッッッ!」
刀身を上に上げ、半身になり、手首をねじりながら赤い刃をソーダ之助に向けた。
「ソーダ之助、お前さ……お前はなぁ、手を引けッッッッッ!」
涙と鼻水が、辛い風に吹かれた。
「見てたぞ、ならず者に絡まれていた母娘を必死に助けようとしてた勇姿をッッッッッ!」
「……助けたのはあなただ」
ソーダ之助は刀を抜いた。
「どんなに鍛えても、きっと俺はあなたに及ばない」
「なら去れッッッッッ!オレらみてえのに関わるなッッッッッ!真っ直ぐな生き方をするお前は、そのまま生きろッッッッッ!オレはお前を斬りたく無いッッッッッ!」
「それでもあなたを斬る。犯した罪を償うつもりは無いのだろう?後ろの有象無象もまとめて斬る!弱さや劣っている事は退く理由にはならぬッッッッッ!」
「ソーダ之助えええええええええええええッッッッッ!」
辛い風が吼えた。
いつの間にかソーダ之助は花畑にいた。
ハバネロ郎の生み出した幻影だと、すぐに理解した。
「何を見せる?ハバネロ郎殿ッッッッッ!」
鳥が鳴く。辛い。
花の上を旋回し、花に向け急降下。ついばむつもりか。
が、ついばんだのは花。辛い。
急降下する鳥を待ち受けた花が、逆に鳥をついばみ肉片に変える。辛い。
「剣●がーー●狼が時を越えるように……我がスコヴィル獅子闘流も時を越える」
鳥を貪る花の向こうに、ハバネロ郎が構えている。見ているだけで、辛いッッッッッ!
「この小さく美しい花はーーハバネロ。それを狙うのは資本主義の豚鳥ッッッッッ!」
「ハバネロ郎殿ッッッッッ!時代考証を「時を越えたと言っているッッッッッ!」
今さらの指摘は……もうハバネロ郎には届かない。