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五 捨て扶持さえ拒んだ家

意外と評価が高くてビビってます。

 利権沼(りけんぬま)は毎年と言っていいほど水害を起こし、江戸に損害を与える。


 乙喜の前のその前のさらに前の老中が水害対策を始め、すでにX+50年。だいぶ効果は出て来たが、安定にはほど遠い。


 それでも働く人足には報酬が支払われ、経済が回る。永遠に水害対策を続けられれば良いのに、などと不謹慎な物言いをする者も出る。


 真実、水害対策が完了すれば失業者は大勢出るはずだ。


 褌一丁で土嚢を運ぶクリーム山ソーダ之助は、そんな事を考える。


 ソーダ之助は侍では無い。先祖は捨て扶持を得る事さえ拒んだ。彼もそうしている。


 刀を棄て町人になりきれば、もっと豊かな生き方ができる。しかしそれも選ばない。武人としての自己主張を一切しないから、道場にも人は来ない。


 他に利口なやり方はあるはずだ。彼が幼い頃出ていった母親の言葉が甦る。その利口なやり方など、思い付かない。


 雨が降り始める。今日の仕事は終わりだ。日当を受け取り着流しを着て家に帰るだけ。





 いや。


 悲鳴が聞こえた。


 日雇いで働く時は帯刀しない。盗まれると危ないからだ。


 とは言うものの、見て見ぬ振りの言い訳になどならない。刀が無いのになぜか左手で刀を押さえる動作のまま、ソーダ之助は走る。


「おやめくださいっ!」


 小さな神社の境内で、母と娘らしき旅人が十人のドスを抜いたならず者に絡まれている。ならず者はいずれも利権沼で見た顔だ。


「何をしているっ!」


 ソーダ之助は飛び出し、ならず者の1人に刀を向けようとした。


 ある種の意図しないパントマイムを見たならず者は、一斉に笑いだした。母と娘らしき旅人も下を向いて震えている。


 義憤にかられたせいか、それとも……助けた母娘にあわよくば童貞をとの思いが先行したか、自分が刀を持たない事実にまだ至らないソーダ之助は、えっ襲われてないの、と狼狽した。


「てめえ、沼で見た顔だな」


 ならず者の中で偉そうにしているリーダー的存在が言った。


「日当の何倍も働く感心な若者ですぜ」


 腰巾着が答えた。


「ええっと、小芝居の練習とかですかね?」


 妙にほんわかした雰囲気に飲まれたソーダ之助は、存在しない刀を存在しない鞘に納める動作をした。


 まだ気付かない。


「同じ現場で働くよしみってやつだ。混じれや」


 リーダー的存在が娘の帯を掴んだ。


「嫌ッッッッッ!助けてえええええええええええッッッッッ!」


「てめえ童貞だろう?女をおごってやるよ!ギャハハハハハ……」





 一線を越えたソーダ之助は、顔を真っ赤にしたまま存在しない刀を存在しない鞘から抜く動作をして、存在しない刀を両手で握り、存在しない刀の存在しない刀身を垂直に構えた。


 その姿、ストローの存在しないクリームソーダッッッッッ!


「「「「「クリームソーダだとッッッッッ!」」」」」


 前作または前々作のように、この時代にあるはずのないクリームソーダを幻視したならず者は叫んだ。


「「「「「クリームソーダって何だッッッッッ!」」」」」


 それは漂流の果てに辿り着くとされる、紺碧の中に満月を封じた黄金郷である。


「あの世で調べろおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!」


 存在しない刀身による、存在しない大上段。存在しない攻撃を受けたリーダー的存在は、存在しないダメージとソーダ之助の挙動に戦慄した。


「なっ、一歩も動かずに避けた……だと?」


 辛い、そして痛い現実に、ソーダ之助は気付かない。存在しない一撃を回避行動無しでやり過ごしたリーダー的存在に殺気を送る。


「おい、お前っ。な、何なんだ?若いの……お前、いったいッッッッッ!」


 リーダー的存在が指差すのは……中二病、いやもっとおぞましい怪物。


「この命に換えても……」


 怪物は存在しない刀を右に向け、存在しない刀身を地面に平行に構えた。


 にじりにじり、と草鞋の上から足の指を動かして、ソーダ之助はならず者に迫る。


 10人のならず者、守るべき母娘、揃って狂人からゆっくり距離を取る。


「そなたたちは守護る!」


 母娘の感じた恐怖は、ソーダ之助の一言で笑いに変換された。寝転がって腹を抑えて笑う母娘。


「ならず者どもめ……母娘に何をした。この馬鹿笑い……まさかアヘンかッッッッッ!」


 アヘンでもこうはなるまい。


「てめえ……頭がヤバ過ぎんだろ……むしろてめえがアヘンやってんのを疑うぜ……」


 ならず者たちの中に男気が芽生えた。笑い転げる母娘を、アヘン常習の疑いのある狂人から我が身で守護ろうと10人は前に立つ。


 善悪と攻守が入れ替わろうとした、その時。























 辛い風が吹いた。





「見ちゃいられない。そこの着流し。拙者が加勢するぞ」


 深紅。


 着物も袴も帯も鞘も。顔に口紅で書かれた『愛してる』も深紅。その周囲のキスマークも深紅。きっと色々なトコも深紅だろう。


 ソーダ之助は目を大きく開く。


「まさか、あなたは……」


「拙者か?拙者はデスソース島……ハバネロ郎ッッッッッ!」


 ハバネロ郎は、襟を開いてポリポリとかいた。その跡も深紅ッッッッッ!


「何なんだテメー……なんか辛いんだよッッッッッ!」


 リーダー的存在が男気を背負って突撃。


「よくわからん季節の花の花弁の……」


 ハバネロ郎はしゃがんで、雨に濡れた花を一輪摘んだ。辛い。


「口付けにて……」


 ドスがハバネロ郎に迫る。


「お相手いたそう」


 ハバネロ郎は一瞬でリーダー的存在の背後を取り、尻に花を押し付けた。


「てめえッッッッッ!」


 振り向いたリーダー的存在の額に花が触れる。リーダー的存在は固まった。


「吉原だったら……貴様はモテモテだろうな。花魁は貴様みたいな面白キャラが結構好きでな」


 プルプル震えるリーダー的存在は、どうにか口を開く。


「……………………その話ッッッッッ!詳しくッッッッッ!」


「「「「「兄貴ッッッッッ!おかしいッッッッッスッ!」」」」」


 確かに話の流れ的におかしい。子分たちも、母娘も、ソーダ之助も、作者も首を傾げる。


「うるせええええええ!俺はモテたいんじゃあああああッッッッッ!」


 だがリーダー的存在は、見たいモノだけを見て生きる決意をした。これが話術である。


「子分の皆さんもモテるぞ」


「「「「「嘘をつくなッッッッッ!」」」」」


「まあやってみなきゃわからんさ」


「おい、テメーらッッッッッ!吉原に繰り出すぞッッッッッ!」


「「「「「おかしいッッッッッ!」」」」」


「俺の奢りだッッッッッ!今からイクぞッッッッッ!」






















『奢り』


 これ以上強力なパワーワードが存在するだろうか?


 ハバネロ郎の話術が、リーダー的存在の……論客としての才能を開花させたのだ。


「「「「「一生ついてイキまーすッッッッッ!」」」」」


 それを証明するように、子分たちは明るいピンク色の未来を夢見てキラキラした笑顔を咲かせた。


 どしゃ降りの中、ドスを片手に吉原へ走るならず者たち。本当にモテるのか、あるいは未来の可能性がモゲたか。それは別の機会に。





「「キャアアアアアッッッッッ!抱いてええええええええええええッッッッッ!」」


 母娘はハバネロ郎にすがり付く。話術がツボに嵌まったのだろう。


「あの日の少年……」


 モテオーラを隠しもしないハバネロ郎は、優しい目でソーダ之助に声をかける。


「強くなったな」


 それだけ言うとハバネロ郎は母娘の肩を抱いて去ってイッた。やはりどしゃ降りの中を。


 ソーダ之助は、存在しない刀を存在しない鞘に納める。





 かつて逃げ出した相手からの称賛。


 研鑽した(わざ)が……通じなかった事実。


 圧倒的な話術による制圧。


 童貞を棄てるチャンスが水泡に消えた哀しみ。


 さらにNTR的な屈辱。


 いつ止むとも知れない雨を、深く傷付いたソーダ之助はただ眺めるしか無かった。

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