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悪役令嬢&ご令嬢物語

何度巻き戻っても王子に殺されるので、先手必勝で殺しに行くことにしました。止めないでください、長生きしたいんです!

「また、殺された……」


 窓から差し込む温かい日差しに殺意が芽生える。

 毎回、毎回、毎回、毎回!

 婚約者である第二王子エルヴィンに殺されるのだ、わたくしは。


 毎回十八歳の誕生日に王子に殺されて、わたくしの一生は終わりを迎える。

 そして、一か月前に巻き戻るのだ。


 最初は、ただの悪い夢だと思った。

 だから一度目と同じように、二度目もあっさりエルヴィンに殺された。


 三度目は、夢ではなく、巻き戻っているのだと自覚した。

 殺されるまでに一ヶ月しかない事も理解した。


 けれどその時も、エルヴィンに殺されたのだ。

 何か怒らせることをしたのかと思い、一か月間でいままで以上に一緒にいた。


 彼の好きな王都のミルクキャンディーを手土産に贈ったり、らしくもなく苦手な刺繍のハンカチも作って贈った。

 その都度、彼はこれまでと同じように、ううん、もしかしたらこれまで以上にわたくしに感謝をしてくれていた。

 彼の態度は、わたくしを殺す前日まで、それまでと変わらず優しく、わたくしを愛してくれていたように思う。

 けれど、駄目だった。


 四度目は、彼から離れてみようと思った。

 殺されるのは、決まってわたくしの十八歳の誕生日。

 なら、その日を回避すれば殺されないのでは、と。


 なので一か月間彼とあまり接触しないように気を付け、誕生日は適当な理由を付けて王都から離れていた。

 けれど魔導に長けた彼は魔力感知でわたくしを見つけ出し、殺害した。


 もう、なにがなんだかわからない。


 何度目かに殺されて巻き戻った時には、婚約解消を願い出た。

 何故かはわからないが、婚約さえ解消すれば殺されることも無くなるのではと。


 彼に会わないように過ごして、運命の誕生日。

 婚約解消手続きのために登城したわたくしはエルヴィンと出会い――殺された。

 

 そこから後はもう数えてもいない。

 巻き戻っても巻き戻っても、わたくしは彼に殺される。



 そこまで憎まれるような、何をした?

 浮気?

 ありえないわ、幼少期からずっと王子一筋。

 容姿?

 それもないわ、だって、彼からの一目惚れで婚約が成立したのだもの。

 性格?

 ……ない、とは言えない。

 わたくしの性格が決していいとは言えない類のものだってことは、理解できているし。

 醜い嫉妬だってしてしまうし、やられたらやり返してしまうし。


 はあっ……、と。

 ベッドの上に起き上がってため息をつく。

 

 これで、何度目だろう。

 二桁までは数えていたのだけれど、途中でつらくなって数えるのをやめてしまった。


 どうせ巻き戻るなら、幼少期まで戻りたい。

 殺したいほど何故恨まれたのかわからないが、婚約さえしなければそこまで恨まれもしないでしょうし。

 解消できないなら、そもそも婚約しなければいいのだ。


 わたくしはクレア・ブルークフレーム公爵令嬢だから、幼馴染にはなってしまうと思う。

 けれど婚約者でないなら、いままでのようにずっと二人でいることは少ないだろう。

 そうすれば、そもそも殺される理由がなくなると思うのだ。


 けれどそれはたられば話。

 実際に巻き戻るのはいつでも今日この日。

 誕生日の一か月前だ。

 幼少期に戻れたことなど一度もない。


 また、わたくしは殺されるためにこの一か月を生き続けるの?

 殺され慣れた、と言ってしまってもよいほどに殺され続けて。

 最愛の人に、何度も、何度も、何度も……。


「……っ」


 涙が零れた。


「クレアお嬢様っ、どうされましたかっ」


 丁度その時、侍女のベッティが部屋を訪れ、わたくしに駆け寄った。

 そうだわ、この時間にはいつもベッティがわたくしを起こしに来るのに。

 

「……少し、嫌な夢を見てしまって」

「お顔の色が真っ青です。主治医を呼んでまいりますっ」

「いえ、いいの、本当に、夢見が悪かっただけなのよ」


 実際には夢ではなくて、本当に殺されて時間が巻き戻っているのだが。

 ……そうだ。


「ねぇ、ベッティ。わたくし、夢の中で何度も殺されたの。逃げても逃げても、逃げられなかったの」

「それは、恐ろしゅうございましたね」

「殺されないように、殺される場所をさけても駄目。犯人に会わないようにしても駄目。そのままではまた殺されてしまうの。ベッティなら、どうするかしら」

「うーん、そうですねぇ……」


 ベッティは笑わずに、真剣に考えだした。

 考えながらも、わたくしの背中をさすってくれているのは、それほどにわたくしの顔色は悪いのだろうか。

 ……悪いのでしょうね。


 殺し方が多岐多様にわたっていて、いっそ他殺の死因をコンプリートしたのではと思えてくる。

 ちなみに今回は、刺殺。

 わたくしを刺殺したエルヴィンの、苦しげな顔と、貫かれた腹部の痛みを思い出して苦しくなる。


「お嬢様、夢、なのですよね?」

「えぇ」

「それならば、やり返してしまえば如何でしょうか」

「やり返す? 殺されているのに?」

「そうです! 犯人もわかっていらっしゃるのでしょう? それならば、殺される前に殺してしまえばよいかと」


 目から鱗だった。

 そうだ。

 何度も何度も何度も殺されているというのに、どうしてそんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。

 何をどうやってもエルヴィンはわたくしを殺しに来る。


 それならば、罠を張ることだってできるのではないか。

 エルヴィンほどでなくとも、わたくしだって魔導は扱える。

 その気になれば戦えるのだ。

 殺られる前に、殺れ。

 

「ありがとう、ベッティ。目が覚めたわ」

「そのようですわね。お身体の震えも治まったようでうれしゅうございます」


 震えてもいたのか。

 自分で気づかなかったが、ベッティが主治医を呼ぼうとしてしまうわけだ。


 けれどそのお陰で、絶望的だった一か月後の解決策を手に入れた。 

 わたくしは、エルヴィンを殺そう。

 逃げることなど叶わないのだから。



◇◇◇◇◇◇



 一か月後。

 わたくしはこれまで以上にエルヴィンから距離をとった。

 彼は、いつだって誕生日の前日までは優しいのだ。

 殺される前に殺すと決めたいま、あの優しさに耐えられる気がしない。


 どうして、誕生日の日に彼の気持ちが急変するのか。


 何度考えてもわからない。

 最初の頃の記憶はもうずいぶんと昔のようで、上手く思い出せない。


 けれど、殺されるときの、わたくしを殺すときの彼の顔ならいつだって思い出せる。

 わたくしを情け容赦なく殺す癖に、自分の方がずっとずっと辛そうな顔をしているのだ。


 ふるふると、頭を振る。

 駄目だ。

 心を無に。


 

 今日は、お茶会に誘われている。

 誕生日だから、夜はわたくしの家で盛大に祝う予定だ。

 けれどその前に、二人きりでお茶をしたいと、わたくしの方から申し出た。

 あっさりと誘いを受けられて少々拍子抜けしたが、好都合だ。


 お茶に、こっそりと、睡眠薬を混ぜるつもりだ。

 そして眠る彼をどこかへ転移して、そこで、一思いに……。


「よく来たね、クレア」


 殺害方法に思いをはせていると、エルヴィンは常と変わらない優しい笑みでわたくしを歓迎してくれた。

 彼のエスコートで中庭にあるガゼボに向かう。


 このガゼボがある中庭は、エルヴィンの専用だ。

 当然、出入りの人数も限られていて、警備も手薄になる。

 二人きりで過ごすのに侍女も下げることもあるから、何もかもが丁度よかった。

 

(わたくしに、彼が殺せるだろうか?)


 わたくしを愛おし気に見つめる黒い瞳に、罪悪感が募る。


(いいえ、迷っては駄目よ。ずっと、ずっと、何度も何度も殺されたのだから……っ)


 殺さなければ、殺されるのだ。

 どんなに、愛していても。


 彼が席を立った隙に、こっそりと睡眠薬をいれなくては。

 薬はすぐに取り出せるように、袖の中に隠してある。


 彼が自ら淹れてくれた紅茶を飲みながら、機会をうかがう。


(あ……れ…………?)


 視界がぐらつく。

 座っていられなくなって、テーブルに手をつく。


「やっと、効いてきたね……」


 立ち上がり、わたくしを見下ろすエルヴィン。

 何か、薬を盛られた?

 視界がかすみ、意識が遠のいていく。

 

(あぁ、何で気づかないの? 人が来ないガゼボは、彼にとっても……)


 わたくしを殺す、絶好の場所だった。



◇◇◇◇◇◇



 薄暗い室内で目を覚ます。



(…………?)


 ゆっくりとあたりを見渡すが、ここは?

 わたくしは、まだ生きているのだろうか。


 身体が上手く動かない。

 

「クレア。目をさましたのかい?」


 暗がりからエルヴィンの声がして、びくりと身体が強張る。

 逃げなくては。

 そう思うが、薬がまだ切れていないのか、力が入らない。

 何とか、ベッドの上で上半身を起こすのが精いっぱいだ。 


「クレア……」


 エルヴィンがベッドに乗ってきて、ギシリと音を立てる。


(だめっ、だめっ……このままじゃ、またっ)  

 

 ずりずりと後ろに下がろうとするが、無駄だった。

 エルヴィンの手が、わたくしの首にかかる。


 軽く力を入れられるだけで、わたくしはあっけなくベッドに押し倒された。

 馬乗りになったエルヴィンの手に力がこもる。


 けれどこれまでのように、一気に殺されはしなかった。


(……エルヴィン?)


 わたくしの首を絞める手が震えている。


「クレア。なぜ、君はそれほど私を恨むようになったのだ、教えてくれ……っ」


 苦し気に問うエルヴィンに、怒りと悲しみがこみ上げる。


「逆にわたくしが聞きたいです……なぜ、貴方はわたくしを何度も殺すのですか……っ」


 いいながら、涙があふれてくる。

 何度も、何度も、何度も。

 なにをどうしても、エルヴィンはわたくしを殺すのだ。

 理由すらわからないまま、わたくしは誕生日に死ぬのだ。 


「まさか……クレアも繰り返しているのか?」


 漆黒の瞳を見開くエルヴィンに、わたくしは息を呑む。


『クレアも繰り返しているのか?』


 それはつまり、エルヴィンも繰り返しているという事なの?

 

「答えてくれ、クレア! 以前の、時間が巻き戻る前の記憶があるというのか?!」

「えぇ、あるわ! 何度も、何度も、何度も貴方に殺された記憶が! どうしてわたくしを殺すの? わたくしは、貴方に何をしてしまったのですか……っ」

「それは、君が私を殺すからっ」

「えっ」

「今日だって、君は僕を殺すための毒を持ち込んだのだろう?」


 彼の手には、袖に忍ばせておいた睡眠薬が握られている。

 

「そ、それはっ、そうよ?! 殺され続けたから、今度こそ、生き延びたくて。貴方に殺され続けるのなら、いっそわたくしが殺してしまおうって!」

「クレア。君は、私に殺されたから私を殺そうとしている?」

「そうよ、そういっているじゃないっ」

「私はね、クレア。君に、何度も殺されているんだ。すでに数えるのを諦めたほどに繰り返しているんだ」

「そんな……。わ、わたくしは、今回初めて貴方を殺そうと決めたわ。失敗してしまったけれど……これまでは、一度だってあなたを殺そうとしたことなんかない」

「そうだろうね……今までの君は、こんなに手際が悪くなかった。君は、私に殺されない為に私を殺す。私は、君に殺されない為に君を殺す」

「それって……」

「巻き戻る時間軸がずれていたんだね……」

 

 つまり、すでに二人とも何度も巻き戻っていた。

 そして最悪な事に、巻き戻る回数がずれていた、ということ。


 わたくしはもう何十回もエルヴィンに殺されている。

 そしてエルヴィンも何十回もわたくしに殺されて。


 つまり最初にわたくしが殺されたとき、すでにエルヴィンは何度もわたくしに殺され、逆に殺しに来たエルヴィン。

 そして最初にエルヴィンが殺されたとき、わたくしはもう何度も殺されて、逆に殺しに来たわたくし。

 同じ回数を巻き戻っていたならきっとこうはならなかったのに、戻る回数がずれたがために、お互い殺される前に殺し合う世界が出来上がってしまったのだ。


「じゃ、じゃあ、貴方は、わたくしが憎くて殺し続けたわけじゃ、なかったの……?」

「クレアを憎んだことなどないよ。君を殺した後は、いつも自害してた……」

「そ、それじゃ、わたくしを殺す意味がないじゃないっ」

「君を失った後の世界で生きていても、虚しいだけだったんだ……」


 わたくしを押し倒したまま、苦しげにつぶやくエルヴィンに愛しさがこみ上げる。


「きっと、わたくしも、同じようにしたのだと思いますわ……」


 エルヴィンを愛しているのだ。

 殺されたくなくて、ならば殺そうと心に誓った。

 けれど暗殺が成功したとしても、わたくしはきっと、王子と同じように自害したのだろう。

 エルヴィンがいない世界で生きていけるだなどとは思えない。


「愛してる、クレア」

「わたくしもです……」


 口づけられて、涙がこぼれる。

 彼は、わたくしを憎んでいなかった。

 エルヴィンの唇が、わたくしの首筋に当たる。


「えっ……まっ……」

「待てない。ずっと、ずっと、何度も君をこうしたかった、もう離すことなどできないっ」


 ベッドに強く押し付けられるように抱きしめられる。

 ――そのまま、朝までずっと彼に翻弄され続けた。





 窓から差し込む朝日の暖かな日差しに、目を覚ます。

 ぼんやりとする頭を振って起き上がると、身体がけだるい。


「……?」

「おはよう。いい朝だね」

「っ?!」


 隣で、エルヴィンが微笑んでいる。

 昨日のことが思い出されて、かっと頬が熱くなる。


「愛してる」


 ぐいっと腕を引かれて、彼の腕の中に抱き込まれた。

 

「ひ、人に見られたら」

「私達は婚約者だよ。なにも問題はない」


 いや、あるでしょう?

 婚約者であっても結婚はしていないのだから。

 

「言ったでしょう。私は二度と君を手放さないし、失う気はないよ」


 声に宿る暗さに、胸が詰まる。

 何度も、何度も、何度も。

 彼はわたくしを失っているのだ。

 ぐっと、わたくしは彼の背に手を回して抱きしめる。

 

「どこにも、二度と行きません。わたくしも貴方を失う気はないんです」


 城のメイドがエルヴィンの部屋をもうすぐ訪れる。

 さて、どんな言い訳をしようか。

 どんな困難が訪れようとも、エルヴィンと殺し合うよりはずっとずっと素敵な未来だろう。


 読了ありがとうございます。

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