1-5 「すれ違い相談室」
とにかく話せ会話しろと藍沢先生に散々言われてた奏さんが向かったのはオフィスのあるビル……ではなく、見知らぬマンション。聞けばここは同業者の持ち物で、奏さんの家でもあるらしい。
エレベーターに乗ってかなり上に行って、そうして辿り着いた階まるごと奏さんの居住区とかちょっと引いた。一階分まるごと……?
「恭也、あっちが寝室だから玲士見ててよ」
「わ、分かった」
奏さんが果たして樹とちゃんと会話出来るかは相当不安だけど、未だ眠ったままの玲士も心配で取り敢えず頷く。寝室のベッドに玲士を横たえて、ふと思い付いて耳に意識を集中させる。イメージするのとはちょっと違うけどもしかして、という淡い期待は、視界の僅かな揺らぎと奏さんの声に肯定された。
「樹、そこ座ってて。なんか飲み物とってくるから」
あ、まだ質問始まってない感じか。トトトっていう足音っぽい音が聞こえて、カチャカチャと作業するような音も入ってくる。……これどういう理屈で音拾ってんだろうな、もしかして距離減衰とかしない感じ?
「はい。ココアでいい?」
「うん……ありがとう奏さん」
……声だけじゃなくて活動音も入るの良いな……ある程度イメージできるもんな、グッジョブ俺のイメージ力。少しの間ココアを啜る音だけが響いて、落ち着いたのを見計らったかのようなタイミングで奏さんが口火を切る。
「ねぇ樹。さっき言ってた”捨てないで”、ってどういうこと?」
「……ごめん奏さん、気が動転してて……気にしないで」
最初から不穏なんだが?これ大丈夫かな、すれ違いまくってる気しかしないんだけど。音しか拾えてないから表情が見えないのがとても不安。
「気が動転……。そう、なら良いんだけど」
いやいや良くないだろ奏さん。藍沢先生に憂いを取り除くのが仕事だって言われてたじゃん!そんなに簡単に納得しないで!普段ならもうちょっと食い下がるだろ!
「一昨日の怪異の影響がまだ残ってる?頻度高いし、もしかして何か悩み事があるんじゃない?」
「っ……ううん、何でも、ない」
あ、流石に奏さんも食い下がった。少しだけ息を飲んで誤魔化す様に言葉を吐き出す樹。…………間違いなく無理してるのは声音からして分かるんだけど、なんせ奏さん原因分かってないのがなぁ……。
「本当に?」
「奏さんこそ、……俺なんかに構ってないで良いよ。忙しいでしょ?最近、色んな事してるし」
「ん?まぁそうだね」
そこで肯定するんじゃない奏さん……!樹が故意に距離をとろうとしているのはバレバレだし、そこに横たわる誤解が解けるどころか加速してるの本当に互いの解像度が低すぎる。正確には、心情に関する解像度が低すぎる。
「だったら……」
「俺がいてもいなくても樹が狙われることは判明したし、俺は樹がいないと駄目だし、藍沢先生にもいい加減説明しろって言われたから俺は樹に構いたいんだけど」
つらつらと理由を並べ立てた奏さんに対して、樹は沈黙を返す。大丈夫かな、正しく伝わってるのかな、不安になりながら次の言葉を待っていれば、まさかの奏さんが続けて言葉を紡ぐ。
「多分捨てないでっていう言葉は何らかの誤解があるものだと仮定した上で、樹は基本的に怪異に対する高い耐性があるから怪異による洗脳ではない、そしてあの怪異達に言語能力はなかった、よって外部、主に人間からの洗脳か該当者の行動の紛らわしさか。……そう俺は判断したんだけど」
……そうだね、大体奏さんの行動の紛らわしさと言葉の足りなさだよ。思わず深く頷いちゃったじゃん。何だかんだと樹の言葉が虚勢だって気付いてたんだなぁ。……何でそれは分かるのに肝心な部分はポンコツなんだろうなぁ。つらーっと言葉を吐き出してから一転して穏やかな口調で樹へとさらに言葉を重ねる。
「気が動転していたにせよ、俺が樹を捨てたという認識をしていた理由を聞きたい。樹、どうして?」
「……最近、奏さんの付き合いが悪くて。色んな事やってるから忙しいんだろうな、って頭では理解してるのに、してるはずなのに、……………もしかしたら、俺のせいで、俺が怪異に狙われるせいで、奏さんの足を引っ張ってるんじゃないか、って……」
言葉の途中で涙が混じり、鼻を啜る音が聞こえた。対する奏さんが無言なのめっちゃ怖い、無言どころか無音なんだけど……?
「……付き合いが悪かったのは、俺と樹が一緒にいることで樹が狙われる可能性を考慮した結果で、怪異の退治に関しては寧ろ本職だから気にしなくて大丈夫」
そうじゃない気がすごいする返しだな……いや合ってはいるんだけど、多分そうじゃない。なんでこんなに会話してるのに肝心のところですれ違ってるんだこの二人?
「樹が傷付いたら玲士だって恭也だって心配するよ」
「……うん」
そこで日和るな影宮奏!!!!!!!!そこはお前が心配するって言っとけ影宮奏!!!!!!!いや確かに俺と玲士も樹が傷付くのは嫌だけど!
「だからさ、なんかあったら相談してよ。友達でしょ?」
「そう……だね。うん。今度からはちゃんと相談する」
樹!!!!!!その目の前にいるスカポンタンはちゃんとお前のこと大切に思ってるぞ!!伝われ俺のテレパシー!!!!!!無理!!!!!そりゃこの二人拗れるわ……。