1-3 「奏さんに呼び出されました」
「へぇ?奏くん、勝手に一般人巻き込んじゃったのかぁ」
「巻き込み先駆者に何言われても怖くないね」
「ふふ、生意気」
非常に険悪な……ただじゃれてるだけかな、奏さんと見たこと無いイケメンが会話してる。二人揃って顔面偏差値がバカ高いとかふざけてんのか圧が凄い。
奏さんに連れられて(因みに本当に樹は呼ばなかった。やっぱり解像度が低すぎる奏さんだった)やって来たのは一見普通のビルで、何の変哲もないそのビル丸ごと奏さんの言う”同業者”達のオフィスらしい。目の前にいるイケメンはずっと穏やかな笑みを浮かべてるせいか糸目じゃないのに糸目っぽい。
「奏さん、そいつ誰?」
「ん、こいつはシエル。うちの代表者でトラブルメーカー」
「僕がトラブルメーカーだったら僕より酷い子達どう説明するのかな」
代表者と言う割に奏さんが敬う様子がないのは珍しいような。さっきから煽ってばっかりで全然話が進まない。シエルさんの方も全然煽り返してるし、やっぱ仲悪い?
「で。君が恭也くん?」
「っす」
「赤でイメージと理解度が重要になるタイプ。強いて言うなら”解析者”」
奏さんの言葉にシエルさんはふむ、と一言。何を言ってるかは分かんなかったけど取り敢えず俺のことだろうという検討はついた。赤ってなんだろ、イメージカラー?
「安定してそう?」
「まだ不明」
「そう。説明はどこまで?」
「なあんにも?」
「うーん童子くん今出てるんだよね。説明だけだし藍沢先生に頼む?」
奏さんの言葉にシエルさんが示したのは奥に続くであろう扉。先生って呼ばれてる相手が奥にいるの?特に何も書かれてないけど先生って何?
俺がちょっと考えてる間に奏さんは躊躇いなく扉を開けて俺に手招きしてくる。情緒ぶっこわれ奏さんには配慮という二文字も無かったらしい。普段より幾分か傍若無人な奏さんはこれが素なんだろうか。
「奏か?珍しいな」
「怪我してないでーす」
「冷やかしなら帰れ」
奥から淡々とした声が聞こえた。奏さんについて入った扉の奥、多分医務室っぽい場所で椅子に座ってる白衣のイケメンがいる。……ここイケメンしかいないのかな。
「新入り……違うな、お前の言ってた巻き込んだ相手か」
「シエルから藍沢先生に説明をしてもらえって言われましたー」
さらっと責任転嫁したぞこの人。瞬きを二回して深々とため息を吐いた藍沢先生は、おざなりに奏さんに向かって手を振る。
「説明はしておく。会いに行くなりなんなりして回復しろ。その状態でいられる方が迷惑だ」
「一昨日会ったから大丈夫」
「たった数十分で回復出来るほど頻度は高くないだろ」
一昨日、一昨日といえば樹を助けに行った日だ。あの日奏さんは誰かに会いに行ってたのか?定期的に会いに行かないといけないってどういうことなんだろう。気になることがどんどん増えてく。
「でも……」
「でもじゃない。コイツが心配なら連れて来い。離れても駄目だったのに渋る必要性はねえだろ」
うん?これってつまり……樹のことか?確か奏さんは最近樹と距離置こうとしてたらしいし、樹をここに連れてくるのも渋ってたし。
「樹なら今日玲士と一緒だけど」
「なら余計駄目だよ。俺はシエル達と違って契ってる訳でもないし」
ちぎる、って何だろう。取り敢えず奏さんには樹が必要だけど、ここには絶対呼びたくないって言うことしか分からない。あとシエルさんも奏さんの同類なんだろうか。
「……なら説明動画でも見てろ。落ち着くまで口を挟むな」
奏さんにヘッドホンを渡してベッドに押しやってから、改めて藍沢先生は俺の方に向き直る。座ってるだけなのに圧が……何だろう、こう絶対逆らっちゃいけない感じがして緊張が走る。奏さんが敬語口調だったのなんかわかるな……。
「改めまして、俺は藍沢。見ての通り医者だ」
「恭也です。奏さんの……大学での友人?です」
「そうか。色彩は?」
「色彩……は、多分赤?」
奏さんの言葉を思い出しつつ自己紹介をすれば、藍沢先生は緩い笑みを浮かべる。ていうか名字は言わなくていいんだろうか、奏さんもはしょってたし良いのかな。逆に藍沢先生は名前言ってなさそうだし。
「説明……説明か。どこから話すか……取り合えず、ここがどんな場所かは?」
最初に奏さんが言ってた説明を記憶を漁りつつ答える。なんか誘導尋問みたい。
「えと、奏さんの同業者が集まってる場所、オフィスみたいなとこって」
「そうだな。じゃあその奏が人間じゃなく、妖怪の類であることは?」
「知ってる。変なものに絡まれやすくて、死の概念が薄いもの」
「最低限の知識は詰められてるか。次、お前の能力は?奏がなんか言ってなかったか?」
何だっけ……奏さん色彩赤であな……あならいだー?違うな、アナライザーとか言ってなかったっけ。
「えーっと、アナライザー?とか……イメージと理解度?」
「”解析者”……イメージと理解度と言うことは、相手を理解していれば理解しているほど攻撃が通りやすく、攻撃手段は自身のイメージに準拠、といった具合だろうな」
だから髪の毛が燃えたのか、と一人納得する。人形の髪の毛だって分かってたから燃えやすかったのかな、分かりやすい説明は有り難い。
「色彩赤ならまぁ初心者でもある程度対抗できるだろうな。それでも大分稀有な気はするが」
「色彩?」
さっきも言ってたなそれ。俺が赤って本当に何?
「能力発動時の瞳の色。同時に、能力の傾向の指標にもなる」
発動時、と聞いて思い出すのは奏さんと樹。奏さんは水色だったし、樹は緑だった。いや、樹に関しては能力の発動かどうか微妙なところだったけど。じゃあ俺も目の色赤くなってたってこと?
「青が体質、黄色が鍛練、赤が精神同期。つまり、奏のように生まれつきなのが青、鍛練すればするだけ能力が上がるのが黄色、その時のテンションや思い込みで変動するのが赤だ。混色は二色のハイブリッドと思えばいい」
つまり、俺はテンションで実力が変わるってことか。樹は緑だから青と黄色、体質と鍛練ってことで奏さんは体質オンリー。……なんか普段の性格に沿ってるような、沿ってないような。
「青系統は先天性ということもあってあまり数は多くない。混色は多いが人外という偏見が強いな」
「人外……」
「体質準拠っていうだけで別に全員が人外な訳ないんだが。実力者に人外染みた奴が多いのは否定出来ない」
樹はどうなんだろう。奏さん曰く”今は”人間だって言ってたけど、人間じゃないときもあるのか、人間じゃなかった、が正しいのか。少なくとも純粋な人間じゃなさそう。
「……ところで、さっき変なもの呼ばわりしてたが、具体的に奴らがどういった存在なのかは分かってるのか?」
「え、……なんだろ、妖怪?」
奏さんも変なものとしか言わなかったし、俺が見たのは人形だったけどあれって人形以外もありそう。奏さんも妖怪の類って言ってたしなんか線引きがあるのかな。
「そこが曖昧なのか……。奴らは怪異とよばれるもの、人の力が及ばぬ異形の存在。妖怪と言うと奏を含むこちら側の存在を指すから覚えとけ」
ちゃんと呼び分けされてた。味方が妖怪で敵が怪異、よし覚えた。怪異ってもっと不定形の存在をイメージしてたけど、その辺りは呼び分けるために敢えて眼を瞑ってるのかな。
「お前は一応自衛メインだと聞いてる。大まかな立ち回りとしては相手をよく観察、弱点を突く行動を強くイメージするという流れだ。よく分からないままイメージしても意味がないのがお前の能力だからな」
「はーい……」
咄嗟の行動は意味ないけど、弱点さえ分かればどうにかなる、あとはイメージ力の問題か。俺割と直感的に行動しがちなんだけど大丈夫だろうか。一旦落ち着く、って結構難しい気がする。人形の髪の毛燃やしたときも、結構イメージを強く持たなきゃいけなかったし、実は応用が効きづらい能力なんじゃないだろうか。慣れたらどうにかなるのかな。
俺が思考していると、もぞもぞと奏さんがヘッドホンを外して寄ってきた。さっきまでと比べるとどことなく落ち着いてるし、俺達の会話が切れたタイミングを見計らってる。配慮出来てるいつもの奏さんだ。
「藍沢先生」
「ん。……少しは落ち着いたか」
「うん。明日会えないか聞いてみます。説明丸投げしちゃってごめんなさい」
へにゃっと笑う奏さんに藍沢先生も穏やかに会話してる。チラッと見えた画面には樹の製作動画が映ってて、声を聞いて少し落ち着いたんだろうなということがぼんやりと察せられた。
「別に良い。ところで……」
プルルルル、ワンコールで切れた着信に沈黙が降りる。続けて二回、計三回のワンコール着信。動画から不在着信の画面に変わっている奏さんのスマホ、相手は樹。
「ワンコール三回、怪異ですね」
慣れた様子の奏さんは本当に慣れてるんだろう。ただいつもと違うことがあるとすれば、今日樹は玲士と一緒にいるということで。
「……奏さん、玲士も巻き込まれてたり……」
「すると思うよ。今回は履歴で追えるから、すぐ行こっか」
実は人形に拐われたときスマホは置いてかれたらしくて、そのせいで場所の特定に意外と手間取って結果的に大事になったけど、基本的にはスマホの位置情報から居場所は割れるらしい。こんなに信頼されてるのに感情部分の解像度が低すぎる奏さん、やっぱり樹の解像度全体的に低いのかもしれない。