2-8 「この青こそ美しく」
水面を揺らす細い足先。降りしきる水に指先で触れて、慈しむように白魚のような指を滑らせる。水に濡れて何色にも反射する白銀の髪がさらりと全ての視線をさらい、白い衣を纏った神秘が今、人の姿をとった。
「ソウ、さん……?」
「守られてばかりは、性に合わないから」
宙を見上げ、呪いと対峙する。かたや黒く輝く美の集積、相対するは白く眩い奇蹟の美。青い青い、空でもなく海でもない蒼を湛えてソウさんは動き始める。
まるで踊るようにしなやかな体捌きでソウさんはツタを回避する。乱反射する光は雨と共に降り注いで、回り回るソウさんを殊更に輝かせる。ソウさんからの攻撃はなく、ただ躱し、ただ全ての視線を奪うだけ。雨と共に舞い、雨を纏って白に染まる。間違いなく今、この場で注目されてるのはソウさんだ。
「水に正体がないように、俺という容は存在しない、から」
ツタが切り裂いたソウさんは蒸気となって霧散する。水面の反射から滴る水に飛び乗って、ツタを濡らす雫すらソウさんを取り巻く光の粒と変わりない。
「咲き誇る花はいつか枯れる。形あるものたちが永遠を語ることは一抹の夢に過ぎないよ」
『煩イ!』
いくつものソウさんが切り刻まれて、いくつもの水滴がソウさんを映し出す。髪の一本すら本当の意味で傷つけることが出来ないじゃん。
『美シイノハ私……!』
「それを決めるのは、いつの時代も俺達じゃない」
水が手のひらに収まることがないように、光を閉じ込めることなんて出来ないように、重力を感じさせない跳躍で高く高く天を舞い、物理法則を無視した位置で雨を纏って静止する。
「大雅」
「ソウ、さん」
甘い声に聞こえるのは向ける視線の柔らかさ故だ。ソウさんの指先は大雅の胸へと当てられて、毒にもなりうる蜜を注ぐ。
「こっちを見て、大雅」
『ッマサカ!?』
何かに気付いた青の呪いが動く、けどここで水を差すのは野暮ってもんだよなァ!?感動シーンに乱入はナシだナシ!!もう気付いてるかもしれねえけど今この場でお前の美しさは俺を止められるだけの圧倒性をもう持っちゃいない!!
「大雅から見て、一番美しいのはだあれ?」
笑みを浮かべてソウさんは聞く。子供の戯れのような微笑ましさと、大人の駆け引きのような倒錯加減。いつの間にか雨が止み、僅かな距離すらもほどけ散る。
口が開き、閉じられる。周囲の雫は音も色も時間すらも吞み込んで、同じく言葉を飲み込んだ大雅の頬をゆっくりと伝う。指先に拭われて、触れた温もりがその言葉を促す。
「――――…………ええ。それは勿論、ソウさん、貴方ですよ」
認識が書き換わる。定義が挿げ替えられて、青の呪いはただの呪いへと成り果てる。美しさという根本的な優位性を覆されたなら、後に残るのは純粋な呪いとしての狂気だけだ。
「……本当は、俺も戦えたら良かったんだけど」
「いいえ。貴方が生きている、それだけで俺はもう充分です。貴方がくれたこの一手、決して無駄にはしませんよ」
「うん。お願い」
どろりとソウさんだったものが溶ける。水の塊が崩れていくその向こうで、初めて大雅の瞳が色を湛えて世界が加速する。
ツタはもう大雅を捉えられない。世界が大雅を描写するのすら追いつけない速度で、周囲のツタが刈り取られ、邪魔の入らない完璧な王手を叩き出す。
「美しい青は一人で充分でしょう?」
『フザケ……!』
「散り際くらい潔さを見せてください」
ツルハシが脳天を打ち抜く。金切声のような叫びが室内に響き渡って、それでも尚足掻こうとする残りの胴体を、更に大雅のツルハシが完膚なきまでに叩き潰した。
「さようなら、過去の貴婦人」




