1-1 「俺達の友人が行方不明です」
「……まだ樹と繋がんないの?」
「うん……」
俺の言葉に力無く頷く玲士の表情が暗い。一週間ほど前からずっと連絡のつかない友人、樹を案じているのは一目瞭然で、俺も正直なところ不安で仕方がなかった。
玲士は樹と特に仲が良いから心配なんだろう。玲士が無茶することを見越して押し掛けて三日、依然樹の行方は知れず、手掛かりはない。ピロンと音を立てたスマホの通知に、思わず吐きそうになった息を飲み込む。
俺と玲士はこんなに樹を心配してるのに、奏さんはいつも通り作品提出しやがって。忙しいのは重々分かってるけどさ、もう少しくらい心配したって良いんじゃねえの?と問い詰めたくなる。実際はただの八つ当たりだ。
ずっと前から思っていたけど、奏さんは結構人間関係にドライなところがあって、特に樹に関しては理解度も解像度も向ける感情も何もかもが軽かった。下手したら大学仲間としか思ってないレベルで。樹は雑談ですらしょっちゅう奏さんの話題を出すレベルで奏さんのことをよく見てたから、そのバランスはあまりにも偏りすぎていた、といっても良いだろう。
不安がる玲士を宥めながらSNSの方でも樹の履歴を漁る。やっぱり更新はない、当たり前だが全ての更新が止まっている。最後の投稿にもおかしいところは一切無くて、それが余計に不安を掻き立てる。
「どこ行ったんだよ樹……」
ピロン、と再び音を上げたスマホ。また奏さんの投稿かと流し読みしようとした指が止まった。なんのことはない明日の大学を休むという文面だが、俺の本能が何かを見つけて思考を回す。
休む理由は遠出するというありきたりなやつ、奏さんはストックを作らないタイプの人間だ、だけどそう、確か一週間分くらいのストックはあった筈で、模写は時間経過が分かりにくいから良いよねとか言ってなかっただろうか。直近の作品をざっと見返せば、案の定の模写が上がっている。
「……」
可能性は頗る低い。そもそもただの遠出だという可能性の方が高い。奏さんの樹に対する解像度の低さはお墨付きだし、俺達がこんなに探しても手掛かりひとつ無いのにあの人がもう王手だなんてことは考えにくい。何かあったら連絡するって約束したし、一人で動いているだなんて、そんな。
「(本当に?)」
沈黙。俺だって玲士だって”影宮奏”という人間に対する解像度は高くない。そもそもが謎に包まれている部分が多くて、本人も巧みに追求を逸らすから四人の中で一番謎が多いと言い換えても良い。少し落ち着けるように息を吐いてトークアプリを開く。目的の名前を見つけてタップして、簡潔に問いをひとつ。
「……」
答えはイエス。簡潔な返答はそれ以上の追求を良しとしないだろう。続いて送られてきた言葉の意味は、大事にしたくないと言う意味か俺に対する口止めか。どちらにせよ選択肢はひとつしかない。
次の日、玲士をおいて指定された場所へと向かう。玲士には町を見回ってくるとだけ。”恭也なら良いよ”だなんていって、よく分かんない地図を送ってくる辺り配慮がなってない。それでも来ちゃった俺もバカなんだけど。
指定された場所は人の気配がない廃倉庫で、周りも森になってて不安が膨れ上がる。一応隠れながら入り口を見ていれば、すらっとした長身が歩いていくのが見えた。
黒っぽいマフラーを巻いた奏さん。軽い足取りでぐんぐん進んでくから慌てて立ち上がって後を追う。奏さんの服装はいつもよりも地味で黒を基調にしている。影が薄いから派手な服装を心掛けてるって言ってた分、あんな奏さんを見るの初めてかもしれない。
俺が奏さんに追い付く前に奏さんが倉庫の中へと消える。続いて聞こえてきた妙にさっぱりとした声に、思わず足が止まった。
「こんな杜撰な罠で俺を殺そうとか、随分と過信しすぎじゃない?」
風を切る音がする。奏さんが発したのであろう言葉の意味を捉え損ねてあと数歩が踏み出せない。それでも、勇気を振り絞って倉庫の入り口から顔を覗かせる。
いやに倉庫の中が暗い。黒っぽい服装だったせいで奏さんが見えづらい。目を凝らして内部をよく観察すれば、暗い原因は大きな塊が蠢いているからだと知れる。何だあれ。奏さんがひょいひょいとステップでも踏むように動き回って……違う、あの塊が腕みたいを伸ばして奏さんを打ち据えようとしてるんだ。視認しづらい上に動きが早くて気付かなかった。
黒い塊は何なんだろう。奏さんは当然のように対峙してるけど、人間でも動物でもなさそう。さっき話しかけてたっぽいけど言葉とか通じてるのかな、そもそも、奏さんは何をしてるんだ一体。
「単調な攻撃ばっかでつまんないや。お前らごときじゃ俺は倒せない、残念だったね」
ダンッ、と足音高く踏み込んで跳躍。宙返りでもするような綺麗な飛び方で、アニメみたいな高さまで飛び上がる。黒い塊が反応するより先に奏さんのマフラーが不自然に蠢いた。
口角を上げた奏さんが何かを呟く。奏さんの瞳が眼鏡越しだったけど一瞬色を湛えて、それに気を取られた瞬間マフラーが一気に膨張、全てを包み込む。空中で見事な二回転を決めた奏さんは着地も満点で、振り返ると何もない倉庫の中へと俺を誘った。
「えーっと。ああここかな」
木箱とかが雑多に積んであるのを適当に崩して、現れた扉を躊躇いなく開ける。奏さんは全く気にせず入っていったけど、中にびっしり置いてある西洋の人形が不気味で入りづらい。中央の椅子に座ってる樹も人形みたいな服を着て目を閉じていたから、ホラーゲームみたいだなんて場違いな思考が過った。
「あ、入らないで扉押さえてて」
「え、うん」
腹を決めて一歩踏み出した瞬間に奏さんに指示されて思わず気の抜けた声が出た。ぺちぺちと頬を軽く叩く奏さんと、やっぱり反応のない樹。
「樹」
普段とは違う、ちょっと甘ったるい声で奏さんは名前を呼ぶ。正直さっさとこの部屋から離れたいけど、樹が起きる気配はなくて、奏さんも無理矢理引きずり出そうとはしない。
「うーん。ちょっと深いな」
かがみこんで視線を合わせたと思うとそんなことを呟いてまたマフラーが蠢く。心なしか重くなった扉を支えつつ、緊張感のない奏さんの行動を見守った。手と手を恋人みたいに絡めて、指先にひとつずつキスを落としていく。よく見えないけど明らかに甘い雰囲気で、こんな場所じゃなければ俺はお邪魔虫だ。こんな場所じゃなければ。
奏さんのキスに合わせて樹の反対側の手が反応する。指先から手の甲に移った頃には固く閉じられていた瞼が震えて、綺麗な緑色がゆらゆらと揺れていた。さっきの奏さんの瞳とは違って、瞬きを繰り返しても樹の瞳は緑のままだ。服装も相まって本当に生きてるのか疑っちゃうほど芸術的。
「おはよ、樹」
「か……さん……?」
やけにスローな動きで樹が奏さんの輪郭をなぞり、ゆっくりと身体を預ける。安心しきった樹の表情に、さっきまでの無機質さはない。横抱きにして抱え上げた奏さんが立ち上がれば、一斉に強い視線を感じて鳥肌が立つ。明らかに重くなった扉を支えながらも、奏さん達から目が離せない。
「樹は物持ち良いし優しいからね。大きな作品が終わってプロジェクトも一段落ついて、少し油断したんだろうなぁ」
全部の人形が奏さんのことを見ている。奏さんは樹から目を逸らさないし反応もしない。視線に気付いてるだろうに完璧なスルーを決め込んでいる。
段々と重くなる扉は焦ったけど、結局人形達が何かしてくることはなくあの部屋を脱出できた。部屋から出てからはしきりに奏さんは樹の着せられてる服について文句を言っていて、確かに今着させられている服は樹が好んで着るようなものとは思えないけど。なんだかずれてるんだよなぁと密かに思う。ぼそぼそと文句の合間に呟かれた言葉ですら、俺達の知らない影宮奏だ。
「樹に触れたんだし、全部喰っておけばよかった」
誰だよ影宮奏は守世樹に対する解像度が低いだなんて言ったやつ、この人下手なヤンデレより質が悪いぞ。
扉から離れて、取り敢えず説明しようかだなんて言われたから大人しく座り込んだ。奏さんも樹を抱えたまま俺に向かい合う形で腰を下ろす。
「俺はそもそも人間じゃなくてさ」
口火を切った瞬間から既に嘘みたいな発言だけど、取りあえず反論も質問もなしで話を促す。人じゃなくて、変なものに絡まれやすくて、死という概念が薄いもの。今も時折蠢くマフラーがなければ信じきれないような、あの黒い塊がなければ一笑に付していたであろうカミングアウト。
「騙しててごめんね」
「いや……それは、別に良いけど。樹も?」
「うん?いや、樹は人間だよ。今はね」
なんだよ今は、って。含みのある言葉の真意を問いただしたいような放置しておきたいような。細かい説明をする気はないのか、抱えてる樹を撫で回すばっかりで俺が質問しなきゃ口を開く気配がない。
「今回のって……樹は巻き込まれただけ?」
「ある意味ではそう。樹は元々こういうのに好かれやすくてさ、俺と知り合ってからは何度も巻き込まれてる。普段は日帰りなんだけど、今回は色々とイレギュラーが重なっちゃって」
これが初じゃないという事実に納得と驚きが半々だ。俺達の知らないところで樹はこんな被害を受けてて、それを秘密裏に処理してたのが奏さんってことか。
「あんまりにも頻度が多いからさ、少し距離置こうと思ってたんだよね、意味なかったけど」
そういえば奏さん、最近付き合いが悪かった。色々やってるから忙しいんだろうと思って気にしてなかったけど、樹が気落ち気味だったのはそのせいか。絶対変な方向に樹思い悩んでたぞあれ。
「……てか、樹は自分のせいで奏さんの負担が増えてるとか思ってたんじゃ……」
「えー?負の感情は巻き込まれやすくなるから抱かないと思うよ?」
そういうところだぞ影宮奏……!とは流石に言わなかったけど、思いはした。多分奏さんは樹に対する解像度じゃなく、樹が奏さんに抱く感情の解像度がむちゃくちゃ低い。つまりどういうことかっていうと、鈍感。
「で?なんで俺まで巻き込んだの」
「玲士は樹タイプだけど恭也は自衛が出来るからね。巻き込まれてから説明するより、先に自衛方法を教えておいた方が楽」
やっぱり奏さんは奏さんだった。信頼されていると見るべきか雑だと突っ込むべきか。ああでも、玲士が樹と同じタイプなら守る力が俺にもあることに喜ぶべきかもしれない。
流石に人間だから奏さんほどぶっ飛んだ能力はないという前提で話を聞く。精々が足止め、弱いやつ一体なら辛うじて倒せるかもしれない、人間の精鋭でもさっきの黒い塊一体を倒せるかどうか。聞けば聞くほどこの人の異質さが露になる。
「その内能力の開花と制御方法とかを教えるよ。あと同業者達にもね」
「同業者」
「そ。俺みたいのとか人間の精鋭とかが集まってるの。あいつら色々呼び込むから樹には紹介してないし多分興味もないだろうけどさ」
「樹に対する解像度低すぎでは……?」
「解像度?」
「ああいや、こっちの話」
どうしても奏さんは樹が抱く感情について鈍すぎる。人じゃないから感性がずれてるのかっていうレベル。単純に色恋沙汰に疎いだけか?
「っと……そろそろ帰ろっか。足止めも効かなくなる頃だろうし」
「足止め?」
奏さんが樹を抱えて立ち上がるのと、人形の部屋の扉が吹き飛んだのはほぼ同時だった。少し眉を上げた奏さんはすぐに地面を蹴って大きく横へ飛ぶ。突風と共になんかうぞうぞしたものが勢いよく奏さんがいた場所を抉っていった。あれ人形の髪の毛か。
「奏さん!」
樹を抱えたまま器用に猛攻をかわしていく。とにかく出口に向かおうと視線を向けたその先で、人形の髪が集まって大きな塊になっていく。
「うっそだろ……」
まさに窮地、どうにもなんねえ。奏さんに攻撃が集中してるのは樹を狙ってるからか、流石に奏さんでもこれは厳しいんじゃ、思考がぐるぐる回る。俺は完全に無視されてるけど、髪の毛の塊が出口前で陣取ってるからどっちにしろ逃げられない。
人形の髪の毛と、それが独立して発生した黒い塊。俺に出来ることは邪魔にならないことと、精々が足止め。人形の素材は多分布とか糸、だとしたら燃えるか?燃えるとして……そもそも燃やせるか?まったく注目されてない今ならいける?ライターとか持ってたっけ俺?
「……!恭也!強くイメージして!」
思考の海で溺れてた俺を引き戻した大声。突然で何をイメージするかも分からないけど、取り敢えずさっきまで考えてた通り黒い髪の毛達が燃える様を強く考える。現実に想像を重ねて、境目を曖昧にしていく。
ちり、と視界に星が飛んだ。何かが俺の視界を被さってくる。もっと!だなんていう声にイメージをどんどん強めていく。めまいと頭痛でぶっ倒れそうなくらい強く思考をもって、夢よりも鮮明に、過去よりも色鮮やかに世界を定める。色と音と匂いと温度と、燃え盛る炎は髪を焼き尽くす。くっそ熱い……ってあれ?
「本当に……燃えてる!?」
「おーよく燃えるねえ」
「奏さん!」
いつの間にか隣に戻ってきた奏さんがからからと笑ってる。びったんばったん熱さに悶える髪の毛は追跡する余裕を失ったらしい。奏さんのマフラーが頻りに蠢く。
「あはは、教える前に開花しちゃった。これは喰べちゃダメだねぇ」
ずる、だなんて重い音がして、地面が一瞬無くなったような錯覚がある。髪の毛も炎もなくなって、奏さんのマフラーがちょっとだけ煤を吐き出した。




