その日、人類は、悲願である世界平和を実現した――。
その日、人類は、悲願である世界平和を実現した――。
『速報が入りました。某国より先日打ち上げを予告していたものと思われる飛翔体が発射されたとのことです』
人類の歴史は戦いの歴史。
いつの世も人々は平穏を願い、その一方で、戦い争いも絶えなかった。
歴史を振り返れば、その記憶は血に濡れている。
人々は戦場へ赴き、個人の意思など関係なく戦わされ、数多の生命が亡骸も遺さぬまま散っていった。
しかしそのような残酷な日々も本日をもっておしまいとなる。
世界の東端とされる小さな島国から放たれた飛翔体、それは一度宇宙へと突き抜けるほどの高度に至り、そして、再び地球へと降りて――やがて、複数の物体に分裂し、それぞれから大量のハエトリグモをまき散らす。
◆
――とある平和な国。
「うわ、なんやこれ! 何か降ってきたで!」
「ちっさ!」
「何これちょっと調べてみるわ」
「ええと、ちっさくて何か虫……あ、これちゃう!? ハエトリグモちゃう!?」
人々は空から舞い降りたそれの正体を調べるべくスマホを取り出している。
「蜘蛛やん! ぎゃあああ!」
「屋根の下に入れー!」
「ちょっと! 踏まないでください! ハエトリっこは神の遣いですよ!?」
中には少々思想の強い者もいるが――それは無害な少数派である。
◆
――とある食糧不足の国。
「こ、これは……食べられる……!?」
「虫!? 食べよう!! これを食べれば飢えずに済むかもしれない!!」
想定外に驚きつつも、湧き上がる生への期待。
「皆、取り敢えず食べるんだ!」
「これを食べて生き延びよう!」
◆
――とある災害に見舞われた国。
そこでは、災害によって不幸にも近しい人を失い悲しみにくれていた人々にハエトリグモがそっと寄り添っている。
また、衛生状態の悪化によって害虫が過剰に発生せぬよう、多くのハエトリグモが害虫の発生状況を常に見守り状況に合わせたペースで害虫を食べ進めていっている。
◆
――とある戦争中の国。
放たれた大量のハエトリグモがあちこちを飛び交っているため、航空機はエンジン等が朝一番から故障し、誰一人空には飛び立てない。
ミサイルは発射後間もなくハエトリグモに包まれ、彼らが尻から出した糸に包まれた状態へ大気圏を抜け、遥か彼方遠い宇宙の果てで屑となった。
また、地表には着地した無数のハエトリグモがいてそれが山盛りになっているため、戦車どころか兵士一人の足の踏み場すらない。
「……なんかさ、もうどうでもよくない?」
「ちっぽけやなこの争い」
人々は何もできないことで戦意を失った……。
◆
その年の冬、某国にてハエトリサミットが開催された。
世界中の国の長が集まりハエトリグモについて学び語り合う催し物。
国家の力や思想は一切関係ない。
世界の国々、そのすべてが、皆同じ場所に立ってハエトリグモを囲む――その時人々の心には壁など必要ない。
誰もが人だ。
一人の人間である。
ただの人間であり、また、唯一の人間。
知性を持ちながらも個を重んじ自由な生を謳歌するハエトリグモは、まさに、それを象徴した生き物であると言えよう。
――人類に争いは必要なかった。
人々は決意した。
これからはハエトリグモという心と共に生きてゆくと。
◆終わり◆