7.レティシアは……レティなんだな
黙り込んだまま階段を上がり、だいぶ錆びている上げ蓋をサン・フォンがえいや!と押し上げて、二人は屋上にたどり着いた。
胸壁に囲まれた屋上は、教室くらいの広さで、真ん中に大きな鐘を吊るした櫓が立っている。
地上を見下ろすと、だいぶ人が集まってきていた。
「あ、マズい!
魔法を使い出した」
この「物見の塔」は、かつてこの地にあった砦の名残。
閂をかけた扉を普通に破るなら破城槌くらい持ってこないと無理だが、炎魔法を打ち込まれたらそう長くはもたない。
「振り綱がなくなってるわ!」
ここの鐘は、鐘の中に「舌」がぶら下げられており、「舌」に結び付けられた綱を引いて鳴らすタイプだ。
なのに、綱が朽ちたままになっていたようだ。
レティシアは鐘の下でつま先立ちになった。
鐘の舌に指はぎりぎり届くようだが──
「私がなんとかするから、上げ蓋を抑えて。
向こうを向いていて!」
「あ? ああ!」
勢いに負けて、サン・フォンは言われた通りにした。
上げ蓋に鍵や錠はついていない。
自分が抑えていなければ、みんながすぐになだれ込んでくるだろう。
しかし、どうするつもりなのかとこっそり振り返ると、レティシアは腿まである黒いソックスを脱ぎ、振り綱の代わりにしようとしているところだった。
生足を見せないのが鉄則の令嬢としては、かなり思い切った行動だ。
ギロリと睨まれて、慌てて顔をそむけると、すぐにカンカンカンと鐘が鳴りはじめる。
「レティシアは……レティなんだな」
「なんですの、それ?」
眼をそらしたまま言うと、仏頂面の声が返ってくる。
「いや、なんというか、その……
しとやかなだけの『ご令嬢』じゃなくて、『レティ』だ」
「なによそれ」
今度は少しだけ笑みを含んだ声が返ってきた。
「む。来た」
わいわいと騒いでいる気配が下から近づいてきて、上げ蓋が勢いよく突き上げられた。
体重をかけて、上げ蓋を必死で抑え込む。
これが敵なら、逆に迎え撃ってその身体で下の階段を塞ぐところだが、まさか王太子や侍従候補の首をへし折るわけにもいかない。
「誰でもいいから、早く気づいて!」
レティシアは必死に鐘を鳴らす。
学院は王都の郊外にあるが、付近には人家や騎士団の訓練場、魔導研究所などもある。
なにしろ王太子が在学しているのだから、騎士団が気づけばすぐに来てくれそうなものだが──
「あああッ!?
人面鳥が!!」
レティシアが悲鳴を上げた。
振りあおぐと、極彩色のバカでかい人面鳥が、塔の周囲を旋回している。
「なんでこんなところに!?」
サン・フォンも思わず叫んだ。
人面鳥とは人間の女性の頭部を持つ巨大な鳥型の魔獣。
本当なら、この国からはるか離れたメネア山脈の奥地に生息しているはずだ。
狙いを定めたように、人面鳥がレティシアの方へ突っ込んできた。
バカでかい鈎爪が凶悪に光る。
サン・フォンは、全力でレティシアに飛びつき、かばうように抱きかかえながら屋上を転がった。
重しを失った上げ蓋がぱかーんと開いて、「サン・フォン!」「逃げるな!」「アイシテル!」とアルフォンス達がなだれ込んでくる。




