4.モテてモテてモテまくる呪術
「んん?」
カタリナは、たまたま開いた手稿のページに眼を留めた。
やたら古びた羊皮紙には、物々しい魔法陣のようなものが描かれ、今のものとは異なる文字──古代魔導語でなにやら記してある。
魔法に関する解説かなにかと思って、パラパラめくっていて、ふと手が止まった。
現代語に訳すと「モテてモテてモテまくる呪術」と書いてある──ように見える。
カタリナは思わず半笑いになった。
この世界、魔術と呪術ははっきり異なるものとして扱われている。
魔術の発動メカニズムは論理的に構築されており、適切な魔力を持つ者ならば、誰でも行使することができる。
斧を振るえば木を切り倒せ、乾いた薪に火を移せば燃え上がるのと同じだ。
一方、呪術は異なる。
古き象徴に祈りを捧げたり、特定の儀式を行うことによって発動させる──らしいのだが、なぜ発動するのか、まともな理屈らしきものは全然さっぱり存在しない。
同じように手続きを踏んでも、発動したりしなかったり、まるで当てにならない。
だから、何世紀も前に呪術は廃れてしまった。
魔力とは異なる「霊力」なる力が作用すると言われていて、魔導研究者のごく一部は探求を続けているそうだが、一般的にはもう神話というか伝説というかホラ話扱い。
カタリナは高飛車ではあるが、公爵家の令嬢として十分な教養を積んでいる。
つっかえつっかえだが、古代魔導語も読めるので、愛の女神ヴェヌーシアの眷属である星々の精霊に呼びかけている呪文を音読してみた。
唱えてみてから、精霊の頭文字を取ると、「ヴェヌーシア」となるのに気づく。
なるほど、秘教っぽさはこういうところで演出するのか。
「イモラ・ダェ・ヴェヌーシア・サングイネム……?」
続くセリフ、「女神ヴェヌーシアに血を捧げる」とつぶやいた瞬間、左手の薬指の腹にピリッとした痛みを感じた。
見ると、小さな血の珠が浮かんでいる。
まさか呪文に応じて、切れたのだろうか。
いや、紙をいじったのだからその時に切れていたに違いないと、カタリナは不安を押し殺して続きを読んだ。
「ダ・ミ・パピリオネム・アモリス」
我に愛の蝶を与えよ、と唱えた瞬間、無数の光の粒がゆっくりとカタリナの傷口に集まり始めた。
あっという間に、手のひらより大きな光の蝶のかたちとなる。
「な、なにこれ!?
どうすればいいの!?」
カタリナは後ずさった。
呪術なんて、昔の人間の妄想だと思っていたから戯れに読んでみたのに、なぜこんなものが普通に出現してしまうのか。
蝶はゆったりと羽ばたいて、舞い上がった。
慌てて手稿を見ると、「香り高き茶を供せば、蝶はみずから茶に溶ける。蝶が溶けた茶を飲め」とある。
「お、お茶!?」
そんなことを急に言われても、図書室に茶なんてない。
「あああッ」
開け放ったままだった窓から、蝶はすいーっと外に出ていった。
身を乗り出して手を伸ばすが間に合わず、蝶はテラスで茶を飲む生徒達の上をひらひらと一周する。
カタリナにははっきり見えているのに、あんなに大きな光の蝶に誰も反応していないのはどういうことなのだろう。
そして、蝶はサン・フォンの紅茶茶碗に舞い降りた。
「ぁぁぁぁぁぁ……」
ちょうど、そろそろ腰を上げるタイミングだったのか、カタリナが止める間もなくサン・フォンは茶の残りを飲み干してしまった。




