2.王太子アルフォンスと婚約者
「あ! サン・フォン様!」
「ああ、ジュリエット」
テラスの脇を通りがかったピンク髪の男爵令嬢、ジュリエットがぶんぶんと手を振りながら声をかけてきて、サン・フォンはほっとした。
このジュリエット、田舎育ちなこともあって乗馬は得意だが、礼儀作法は斜め上。
別に悪い娘ではないのだが、なにしろ規格外なので「野生の男爵令嬢」とあだ名されている。
サン・フォンにとっては、かつてのレティシアのように「話しやすい女子」だ。
ジュリエットの後ろには、宰相の次男ノアルスイユ、そして王太子アルフォンスとその婚約者であるシャラントン公爵令嬢ジュスティーヌもいる。
銀縁眼鏡をかけた秀才・ノアルスイユは、アルフォンスの将来の侍従候補と目されており、アルフォンスと一緒にいることが多い。
そしてジュリエットは、ジュスティーヌにやたら懐いているので、この4人でよく行動しているのだ。
サン・フォンとレティシアが立って礼をしようとしたところ、アルフォンスはそのままで、と手まねで止めて、4人はテーブルに近づいて来た。
「婚約者同士でお茶会です?」
レティシアにへこっとお辞儀をしながら、ジュリエットが2人を見比べてくる。
「ああ。父から、週に一度は定例として会う機会を設けた方がいいと言われて、毎週木曜はここでお茶をすることにしたんだ」
これは実際、そのとおりだ。
父と兄達に、最近レティシアにどう話しかけたらよいのかわからなくなったと相談したら、
「俺ら、しょせん脳筋だからなー……」
「令嬢とかいう高級な生き物のことは、ぶっちゃけよくわからん……」
「なんなら、嫁もいまだにヨクワカラナイ……」
とか遠い目をされ、「気まずいからといって会うのを避けていたら、さらに面倒なことになるから、週イチでなにか一緒に行動しろ」と強く勧められたのだ。
言ってしまってから、本当はレティシアに会いたくないのに父の命令で顔を合わせているように響いたかも、とサン・フォンは気がついた。
レティシアの方をこっそりと見たら、例のほんのりした微笑みを浮かべたままのレティシアと眼が合う。
サン・フォンは慌てて視線をそらした。
「まあ! それは良い考えね!
殿下、わたくし達もそういたしましょう」
銀髪紫眼の玲瓏たる超絶美少女、ジュスティーヌが食いついてきた。
「そうだな、それが良い。
君が茶を淹れてくれるのなら、菓子はわたしが用意するかな」
デレッと頷く金髪碧眼・絵に描いたようなイケメン王子アルフォンスに、ノアルスイユがあきれ顔になった。
「お二人は毎日、一緒に登校して昼食も共にされているではないですか」
生徒は全員、男女別の寮に住んでいるのだが、アルフォンスは毎日わざわざ、女子寮と校舎の間のわずかな距離を送り迎えしているのだ。
「でも、皆と一緒のことが多いから、殿下と二人きりの時間って、案外ないのよ」
「うむうむうむ!
週1度と言わず、2度3度設けてもいいな」
5歳の時に婚約して、ずーっと仲良しな王太子と婚約者は頷き合う。
というか、いつものようにナチュラルに手をつないだままだ。
「あー……
やっぱりお二人でゆっくりされたいですよね……」
ジュスティーヌが好きすぎて、「姫様姫様」といつもひっついているジュリエットがしょんもりした。
「いやいやいや、ジュリエットが邪魔とかそういうわけではない」
慌ててアルフォンスがフォローする。
ノアルスイユがキランと眼鏡を光らせた。
「では、週に2度、殿下とレディ・ジュスティーヌが2人きりでお茶を楽しまれている間、レディ・ジュリエットは私と歴史の勉強をするのはどうでしょう」
「げ! そんなの実質補習じゃないですかー!」
ジュリエットがあわあわと両手を振って、他の者達は思わず笑ってしまった。