表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

失恋通告ラブレター

作者: 道導 八重

剣呑な表情に、僅かに怯えを滲ませながら真っ直ぐに私の瞳を射貫いていた。

今日から私はクラスメイトから性悪女に彼の中で格下げになったのだろうと思う。


好きです、付き合ってほしい。みかちゃんの笑顔に惹かれました。

返事はいつでもいいので聞かせてほしい。


私の靴箱に短文が羅列された手紙がそっと靴の上に鎮座していた。てっきり、私宛だと思って開いてみると、みかちゃんと書かれていた。私はみかちゃんでなく、小夏ちゃんである。


そして、それを読んだあと、私はしっかり失恋した。

このドジな手紙の張本人を私は好きだったのだ。

そして、わかりやすく脅した。気持ちをばらされたくなかったら付き合って、と。


「俺はみかちゃんに出すつもりだったから、大崎と付き合うなんてしないよ」


「みかちゃん、ちっとも関目のこと好きじゃないよ。他校にいる彼氏にメロメロだし」


わかりやすく関目の顔が苦しげに歪んだ。

これは事実で、みかちゃんには彼氏がいる。だが、みかちゃんはたくさんの彼氏がいる。校内の学年違いに一人、他校に二人。修学旅行での恋バナにちょうど、みかちゃんはいた。恋愛遍歴は面白く、彼女は男が夢見るほど純粋ではなく現実的で冷めた性格をしていた。


天使のような微笑みで「だれが一番、自分にとって都合がいいか見極めているの」ととろけそうな声で発せられた時、私たちは怒りなどを覚えることなくただただその異質さにドンびいたのである。なんにともあれ、我々は少女漫画で恋を学んだのだ。感情度外視で語るその姿に高校生らしさなどなかった。


男子は顔が可愛い、その上で自分を肯定してくれる存在を好きになる。


その一人が関目だったのだろう。


「関目、高望みしてもさ、みかちゃんは振り向いてくれないよ、カモフラージュでも私と付き合ってモテる男としてアピールしないとモテ女は靡かないよ」


行けるかも、とどこで思えたのかわからないが彼は弾けているわけでもなくどちらかといえば大人しい性格をしている。

私は彼がじっと温めてきた想いを踏みにじろうとしていることくらいわかっていた。

それでも、私はダメ元でも付き合いたかった。


「わかった、でも大崎、俺はお前のこと、嫌いだからな」


ざっくり、心臓で切られたように一刀両断された。じくじくと痛む心は忘れるようににっこり笑った。


「よろしく、関目雄哉君」


最初の一か月目は、かなりぎごちなかった。まず口は聞いてくれなかった。

それもそうだろう、嫌いな女である。でも帰りも付きまとった。

先に置いていかれたこともあった。でも足は彼より速かったからすぐに追いついた。

彼にしつこく問いただした、みかちゃんの好きなところ。

優しく目を見て話してくれたから、とそれだけのことだった。

それだけのことで好きになるのに私のことは嫌いなのだ。

私はどれだけ嫌われるようなことをしたのだろう。


「化け物」


酷すぎる。


二か月目、少しずつほだされたのか会話してくれるようになった。

それでも、みかちゃんと話すとき彼は顔を赤くし緊張したように言葉が詰まっている。

彼はみかちゃんと話しているときも誰と話しているときも目を逸らす、長い前髪から自信なさげな瞼が見えるのだ。

彼がみかちゃんを好きな様子に、落ち込みつつも、当たり前だと言い聞かせる。


三か月目、初めて彼と手を繋いだ。見るより繋いだ時にわかった指の太さと長さにときめいた。繋いだのは道が混んでいたからだ。丁度お祭りがあるときで、混雑がピークになっていた。部活帰りで、その道を通らなかったらいけなかったからだ。


「はぐれる」


「わ」


痛いくらいに力をこめられる。彼はずんずんと前に進んで、私を引っ張り急かした。

後ろから見た彼の背中は私より広く、初めて知った。

黙って繋いだその手に私はときめくけれど、みかちゃんを私に重ねているのだろうか。

そう思うと胸が泣きたくなる思いでいっぱいだ。自分の罪なのに。

彼は自分に自信がないらしい、特に顔。でも横から見た鼻筋のラインも色素の薄いまつ毛も素敵だと思う。今は後ろにいるから見えないけれど。



付き合って半年、彼は余裕のある男になる。そして垢抜けた。私のことを、大崎と変わらず呼び手をあの日以降繋ぎたがる。戸惑えば、「嫌なのか」と不機嫌になってしまう。しっかり目を見つめられて、私が逸らすようになった。

堂々と恋人として公言するようになって、私はほとほと困惑した。


付き合って一年目、彼はおそろいのブレスレットをくれた。いつもの公園のベンチで、私が一人で話していた場所だ。そして、初めて私の名前を呼んだ。小夏、そういって彼が私の頬を包み込んだ。これは、あれなのか、キスなのか。

好きな人の顔が迫りくる中、私は唐突にみかちゃんの笑顔が浮かんだ。

数日前、彼女が私に彼氏かっこいいねと死刑宣告のように告げたときの般若の笑顔みたいな顔を。そして、嫌いな私に対して性的はけ口を求めているのではないか、そう感じてしまって。


私はとうとう、聞いてしまった。関係を滅ぼす言葉を。


「みかちゃんにはいつ告白するの?」


彼の動きがとまり、みるみる血の気が引いた後、見下すように歪んで笑っていた。


「おもちゃの俺が全部思い通りに動くと思うなよ」


噛みつくようにキスされた。がつん、と歯があたり、鉄の味がした。


私は関目と、私の失恋の思い出に付き合ったという過去が欲しかった。

だけれど、実際、どんどん本物の恋人のような愛を注いでもらって、混乱したのだ。

これ以上関目が優しくすると、私は立ち直れそうになくて。


近くにいればいるほど、関目のいいところを知ってしまう。

他人から聞いたら健全な恋なのに、恋人の始め方を間違えたせいで全てに戸惑い恐れてしまう。


いつからこんなに真っ直ぐ目を見て話す人だっただろう。

不器用なりに私を受け入れるようになったのはいつだろう。

優しい人をこんなにも傷つけたのは私だ、怒っているのに私を否定する言葉を言わない。



「お前、俺をどうしたいんだよ」


やけくそに吐かれた悲鳴に答えることも出来ず、私はしゃくりあげて泣くことしかできなかった。




「こなっちゃん、別れたの?関目君と」


顔が急に強張った。みかちゃんは紙パックのいちごミルクをちゅるちゅる吸いながら、私の席にやってきた。関目は隣のクラスだった。


「別れてない」


「なんか人生のどん底って顔してたよ、関目くん。絶対、こなっちゃんじゃん」


それを正面切って話に来るのがみかちゃんの凄いところだ。しかもこのことに噛んでることも本人は知っているだろう。食えない。

そのことにいらついて、みかちゃんに八つ当たりをする。


「みかちゃんはどんな男でも手玉にできるんだから、私の彼氏慰めてあげてよ」


みかちゃんは嫌味をさらりとかわして、ひょうひょうと言ってのける。


「さすがに友達のおさがりは嫌だよ、まあ私も彼氏いるし今はいいかな」


「え?」


「今のところオンリーワン見つけたから、他がいらないーってなっちゃったのよね。意外でしょう」


うふふ、と笑うみかちゃんは邪気がない爽やかな微笑みを向けた。

思わず興味がわいて聞いてしまう。


「どんな人?」


「自分と対等に扱ってくれながらも、少女にさせてくれる人よ」


また、難しいことを彼女に言われた。いつも、思想の一つ、二つ先を行っている。


「こなっちゃんは?どんなところが好きなの?」


「わたしは…」




下校の時、靴箱に手紙が入っていた。

あの時と同じ便せんだった。


いつもの公園で待っています、伝えたいことがあります。


携帯電話を持っているけれど、あえて手紙というチョイスを彼はした。



彼は鉄棒にもたれかかって、ぼんやり携帯電話を見ていた。

少しだけ隈が濃くあって、寝不足なのが見て取れた。

公園に入るなり、彼は強張った顔をしてすぐこちらを向いた。


「よ、あー-ここ座る?」


指さされたのは、こないだキスしたベンチだ。

かなり気まずいので一つだけ頷いた。

お互い沈黙だった、彼は具合が悪そうな感じに顔色が悪かった。

私は大人しく白状した。


「まず、ごめんね。泣いちゃって。まず始まり方が私が最低なことをしたからだし。脅すような真似して、ほんとうにごめん。みかちゃんが好きだったのに、気持ちを伝えさすこともさせなくて、本当にやってはいけないことをしちゃった」


手紙の内容をばらす、最低な行為だ。

自分だってされたら死ぬほど嫌なはずだ。


「で、こんな酷いことをしてもなんだかんだで、私のこと嫌いなのに受け入れてるし。お人よしにも程があるんよ。私のことも知らないのに教科書貸してくれたりとか」


それがきっかけ。優しさにすぐに好きになった。

私も簡単に好きになったのだ。人のことを言えない。


「どんどん優しくなって、嬉しかったけど、嫌われててみかちゃんが好きなのに、自分のせいなのに不憫になった。それで苦しいのに、大事にしてくれているから」


最後のほうは言葉にならなかった、すすり泣くように鼻がひくひくする。


「俺がいった嫌い、でずっと苦しんでたんか、ごめん、本当に」


指で私の涙を拭うとき、ずっと辛そうに顔をゆがめていた。


「たしかに初めはなにこいつって思ったけど、話聞いてたら楽しそうだしいつもにこにこ笑ってて、かわいいし。みかちゃんはたしかに好きだったけど薄れていったというか」


手を繋いだ時にはもう、好きだった。

そう告げられた時、私は信じられないようなものをみる目をした。

ばつの悪そうに頭をかいて、「悪いかよ……」と呟いたのだった。


そのあと、もう大暴露会だった。

今に至るまでの葛藤から、もっと基本的な好きな食べ物やらなんやら。

お互い包み隠さず、全部思いのたけをぶつけた。


「喧嘩したらまた手紙で呼び出して、またこの公園でスタートするか」


「あり、だね」


どちらともなく手をつなぎ、付き合ってから初めてであろう笑い声をあげて帰り道を歩いたのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ